■ ■ ■


24時間目
「みんな!」


息も絶え絶え辿り着くと、殆どの生徒は無事に救出されている様子で。
殺せんせーは、全身水浸しになりながらも、イトナの攻撃をすんでのところでかわしていた。


「まじかよ……あの爆破はあの2人が仕組んでいたとは」

「でも押されすぎな気がする。あの程度の水のハンデは何とかなるんじゃ?」

「水だけのせいじゃねー」


片岡のこの問いに答えたのは、今しがたやってきた寺坂竜馬だった。


「見ろ。タコの頭上」


彼の指差す方を見ると、触手の射程圏内にいる原寿美鈴が木の枝から今にも落ちそうになっていた。


「そっか、殺せんせー、原さん達の安全に気を配ってるから……!」

「ああそうだ若山。だからなお一層集中できない。
あのシロの奴ならそこまで計算してるだろうさ。恐ろしい奴だよ」

「呑気に言ってんじゃねーよ寺坂!!原たちあれマジで危険だぞ!」

「お前ひょっとして……今回の事全部奴等に操られてたのかよ!?」

「……フン」


次々と自分に詰め寄る生徒達に対し、寺坂は何かを決心したかのようにこう話し始めた。


「あーそうだよ。
目標もビジョンもねぇ短絡的な奴は、頭の良い奴に操られる運命なんだよ」

「寺坂君……」

「だがよ、操られる相手ぐらいは選びてえ。
奴等はこりごりだ。賞金持って行かれんのもやっぱり気に入らねぇ。
だからカルマ!」


ドンッ、と、寺坂はカルマの胸板を叩く。


「テメーが俺を操ってみろや」


2人の間に、一瞬の静寂。


「その狡猾なオツムで俺に作戦与えてみろ!!カンペキに実行してあそこにいるのを助けてやらァ!!」

「良いけど……実行できんの、俺の作戦?
死ぬかもよ」

「やってやンよ。
こちとら実績持ってる実行犯だぜ」


そう威勢良く突き進む寺坂を、E組のメンバーは温かい目線で見送っていた。





「思いついた!
原さんは助けずに放っとこう!」


それは唐突だった。

どうやら作戦を思いついたらしいカルマが、ポンっと掌の上でもう片方の拳を叩きながら皆にそう言ったのだ。

一同はカルマの一言に暫く何も言えなかったが、


「おいカルマふざけてんのか?
原が1番危ねーだろうが!
ふとましいから身動きとれねーし、ヘヴィだから枝も折れそうだ!」


痺れを切らした寺坂が口を開いた。


「……寺坂さぁ、昨日と同じシャツ着てんだろ。同じとこにシミあるし」


寺坂の怒りを綺麗に無視して、カルマは彼に話しかける。


「ズボラだよなー。やっぱお前悪だくみとか向いてないわ」

「あァ!?」

「でもな、頭はバカでも体力と実行力持ってるから、お前を軸に作戦立てるの面白いんだ」


褒めているのか貶(けな)しているのかわからない口ぶりで、カルマは寺坂のシャツのボタンを容赦なく引きちぎっていく。

そして−


「俺を信じて動いてよ。
悪いようにはならないから」


カルマが寺坂に見せた綺麗な微笑みに、花澄の心臓が一瞬だけ踊った。


「……?」


何、今の。
何で私、今一瞬ドキンとしちゃったの。
今のカルマの笑顔は、寺坂君に見せたものだったのに。

花澄は自分でも自分が解らずに首を傾げる。


「花澄」

「!? ひゃいッ!」


突然ふいっとカルマが顔を覗き込んで来たため、花澄は声が裏返ってしまった。


「……え、何、どーしたの?」

「なんでもないなんでもない!それより寺坂君は?」

「寺坂ならもう行ったよ。
あのさぁ、花澄に1つ、頼みたいことがあるんだけど」


耳貸して、と言って、カルマは花澄に手招きをしてみせる。
花澄がカルマに近寄ると、彼は花澄にボソボソと作戦を話し始めた。


「……うん、解った。やれるだけやってみるね」

「ん、さんきゅー。じゃ、また後で」


2人は互いに頷き合うと、それぞれの持ち場に移動した。
花澄は片手に水鉄砲を持って、出来るだけプールの近くへと移動する。
下に近づくと、寺坂がイトナに対して自分とタイマンを張れと挑発しているところだった。
殺せんせーは今すぐやめるようにと声を上げるが、寺坂は既に覚悟はできている。
花澄も作戦を知っているため、寺坂を止めることはなかった。

−『俺を信じて動いてよ』
−『悪いようにはならないから』

大丈夫。
私も寺坂君も、カルマのこと、信じてるよ。





凄まじい音と共に、寺坂の腹部にイトナの触手が直撃する。
寺坂はその触手を、Yシャツ1枚で何とか防いだ。


「よく耐えたねぇ。ではイトナ、もう1発あげなさい。背後のタコに気をつけながら……」


シロがそこまで言った時だった。

くしゅんっ、くしゅんっ。

イトナのくしゃみが止まらなくなった。
シロはそんなイトナを呆然と見つめている。
花澄もイトナを見つめながら、カルマに囁かれた言葉を思い出していた。


『寺坂のシャツが昨日と同じってことは、昨日寺坂が教室に巻いたスプレーの成分を至近距離でたっぷり浴びたシャツって事だ。
それって殺せんせーの粘液ダダ漏れにした成分でしょ?イトナだってただで済む筈がない』

『で、イトナに隙を作れば、原さんはタコが勝手に助けてくれる』

『だからそのタイミングで花澄は−』


「思いっきりイトナ君に水鉄砲で水を掛ければ良いって事だよね!」


花澄は確かめるようにそう言いながら、思い切りイトナに向かって水を浴びせた。


「寺坂君!」

「解ってる!
おい吉田!村松!!
お前らは飛び降りれんだろそこから!」

「はァ!?」

「水だよ水!デケーの頼むぜ!」


吉田と村松は呆気にとられていたが、寺坂の言葉でカルマの意図に気がついたようで、その場から思い切り下に向かって飛び降りた。
他のクラスメイトも、カルマの指示に従って、次々と水に飛び込んで行く。

次の瞬間。

イトナの周りに水柱が立ち、彼はずぶ濡れになってしまった。


「だいぶ水吸っちゃったね。殺せんせーと同じ水を。
あんたらのハンデが少なくなった」


呆然と触手を見つめるイトナに、カルマはニヤニヤとしながらそう言った。
そして、花澄の隣に座り込み、更に言葉を続ける。


「で、どーすんの?
俺等も賞金持ってかれんの嫌だし、そもそもみんなあんたの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂もボコられてるし、」

「まだ続けるなら、こっちも全力で水遊びさせてもらうけど?」


その言葉に、シロは観念したようだった。
一方、イトナは悔しげに歯を食いしばっている。
そんなイトナに対し、殺せんせーはそろそろちゃんと学校に来ないかと誘ったが、彼は結局シロと共に立ち去ってしまった。


「ふぃー、なんとか追っ払えたな」と杉野。

「良かったね殺せんせー。私達のお陰で命拾いして」


岡野ひなたは殺せんせーにそう話しかけていた。


一方で……


「そーいや寺坂君、さっき私のこと散々言ってたね。ヘヴィだとかふとましいとか」


先ほどまで枝にしがみついていた女子生徒−原寿美鈴は、寺坂にそう話しかける。


「い、いやあれは、状況を客観的に分析してだな……」

「問答無用! 動けるデブの恐ろしさ、見せてあげるわ」


どうやら先ほどのカルマと寺坂の会話が聞こえていたようで、彼女は大層ご立腹である。


「あーあ、ほんと無神経だよな寺坂は。
そんなんだから、人の手の上で転がされんだよ」



カルマは寺坂に向かってからかうようにそう言った。


「うるせーカルマ!!
テメーも1人高い所から見てんじゃねー!!」


寺坂はカルマに対してそう言った後、制服姿の彼を水の中に引きずり込む。


「か、カルマ!?」


盛大な音と共に飛び降りた赤羽業は、案の定びしょ濡れになった。


「はあァ!?何すんだよ上司に向かって!」

「誰が上司だ!!触手を生身で受けさせるイカれた上司がどこにいる!!
大体テメーはサボリ魔のくせにオイシイ場面は持って行きやがって!」

「あーそれ私も思ってた」

「この機会に泥水もたっぷり飲ませようか」


寺坂の言葉に片岡と中村も賛同し、更に前原や原なども加わって、彼らはワイワイギャーギャー騒ぎ始めた。


「ほら、花澄も何か言ってやんなよ!カルマにいっつもちょっかい出されてるでしょー?」


中村が花澄をそう煽る。


「……カルマ!」


花澄は未だ皆とじゃれている彼に向かってそう話しかけた。
花澄の呼びかけで、皆はピタリと動きを止める。


「カルマはたまに意地悪だし、てか割といっつも意地悪だし、だけど偶に優しくて狡い!狡い狡いカルマは狡い!
……だけど、ホントは誰よりもみんなの事をよく見てくれてるカルマも、私はちゃんと解ってる。
殺せんせーを、寺坂君を、そしてこのクラスを救ってくれて、ホントにありがとう!
かっこよかったよ!」


そして、水鉄砲を構えて、カルマの顔に勢いよく噴射した。


「あははっ!若山さんそこで普通水鉄砲使う!?」


片岡が花澄の行動に爆笑する。


「最後の最後で褒めてからの噴射って……やるな若山」


寺坂もそう言って苦笑いを浮かべていた。

一方のカルマは−
花澄が立っている岩のすぐ傍まで来て、不意に花澄の手をつかんだ。
そして、勢いよく自分の方へと彼女の腕を引っ張る。


「う、わっ!?」


花澄は一瞬体勢を崩したが、カルマがしっかりと支えてくれたお陰で彼ほどずぶ濡れにはならずに水の中に入ることができた。


「はぁ……。なんであーゆーこと恥ずかしげもなく言えるの、花澄は……」


珍しく、カルマが花澄の前で溜息を零している。


「……ねえ、もしかしてカルマ、照れてる?」

「……」


カルマはその問いには何も答えなかった。
代わりに、自分の態度をごまかすような言葉を紡ぐ。


「……まーいいや。花澄も上で見てないで一緒に混ざろーよ。仲間でしょ、俺ら」

「……うん!私もたまにはカルマに反撃したい」

「……後で覚えてなよ」


そう言うカルマの言葉も、今は負け惜しみにしか聞こえなくて、花澄は思わず笑みを零してしまった。


(うわぁ……カルマが目に見えてデレてる)

(ヌルフフフ、若いですねえ、良いですねえこういう展開)

(……殺せんせー、いつになく楽しそうだね……)



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