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26時間目
ある程度落ち着きを取り戻した花澄は、渚に礼を告げると、本校舎の生徒会室へと足を向けた。

カルマの事は今考えても仕方ない。
私は今この瞬間に集中しよう。

花澄はそう自分に言い聞かせると、生徒会室のドアをガラリと開ける。


「浅野君はいますか?」

「!……やぁ、若山さん」


浅野学秀は花澄の姿を目に捉えると一瞬目を丸くしたが、すぐにニコリと人の良い微笑みを見せた。


「……ちょっと話したいことがあるの。
できれば2人で」

「良いよ。じゃあ外に出ようか」


浅野に促され、彼らは誰も使っていない空き教室へと足を進める。


「それで?僕に話って、一体何?
もしかして、この賭けから下りる……とか?」

「違うよ。今日はただ、浅野君にお願いがあって来たの」

「お願い?」


浅野は花澄の言葉に首を傾げる。


「あの賭けの話なんだけど……担任の先生にだけは、相談しちゃ駄目かな?」

「……何故?」

「急にA組に行く!……ってなった時、担任だけは事情を知っておいた方が、何かと好都合かな、と思って」

「……」


花澄の言葉について、浅野学秀は顎に手をあてながら考える。

−E組の担任……あの堅苦しそうな若い男か。
−確かE組の担任は、ほぼ全ての教科を1人で教えていた筈だ。


「……担任に話したところでどうするんだい?そんな事を担任に話したら、この賭け自体がなかった事になってしまうかもしれない」

「それはないよ。私達の担任は、寧ろそういう話だったら全力で私の応援をしてくれる人だから」

「へえ……証拠はあるの?」

「ない、けど……」


花澄はグッと拳を握り締める。


「私、もう耐えられないよ!クラスのみんなにも先生達にも話せなくて、隠そうとすると素っ気なくなっちゃって、カルマに八つ当たりしたせいでカルマと喧嘩になっちゃうし、渚にもまた迷惑掛けちゃったし。こんな精神状態が続くなんてもう嫌だよ……!」

「!」

「だから、せめて担任の先生だけでも話しておきたいって思ったの……」


話しているうちに、花澄の視界はぼやけていく。

泣くな私。
浅野君にはこんな情けない姿見せたくない。

一方で浅野は、花澄が発した内容について驚きを隠せなかった。

若山さんが喧嘩?
しかも、あの赤羽と?


「……解った。じゃあ、担任にだけは話すことを認めよう」

「本当!?」

「ああ。そんな精神状態でテストを受けたらフェアじゃないからね」

「ありがとう……!」


花澄は浅野に向かって安心したようにふわりと微笑みかける。


「!」


浅野は初めて自分に向けられた柔らかい笑みに目を丸くした。


「意外だな。若山さんが僕にそんな笑顔を見せてくれるだなんて」

「何で?だって私、別に浅野君のこと嫌いじゃないよ?」

「!」

「だって、私が本校舎にいた頃は、浅野君は私にとって憧れの存在だったもん。……まぁ、今は憧れって言うより、ライバルって感じだけどね」


花澄はそこまで言うと、「あ、やばっ喋りすぎた」と言って口元を押さえる。


「じゃあね、浅野君。テスト、負けないから」

「! あ、ああ……」


走り去っていく花澄の後ろ姿を、浅野学秀は呆然と見つめる。

−やはり僕の目に狂いはなかった。
−彼女は明らかに『こちら側』にいるべき存在だ。
−そうだ、僕が彼女を支配するべきなんだ。

結論を導き出した浅野の目に闘志が宿る。

丁度いい。赤羽と若山さんも今は仲違いしているようだし……今が絶好の機会だ。
この隙に、僕が彼女を手に入れる。


「……せいぜい足掻いていれば良いさ」


−この勝負、勝つのはこの僕だ。





あの後、すぐに旧校舎に戻った花澄は、職員室のドアをガラッと開けた。


「失礼します。殺せんせーはいますか?」

「……生憎だが、奴は今倉橋さんの家に勉強を教えに行っている」

「そうですか……」


烏間の答えを聞いて、花澄は少し落胆する。


「……伝言なら、俺がアイツに伝えておくが」

「! いえ!直接殺せんせーと話したいので、先生が戻るまで教室で待ってます」

「……そうか」

「はい」


花澄が職員室の扉を閉めようとすると、不意に烏間は「若山さん」と花澄の名を呼んだ。


「先ほど、赤羽君と何やら揉めていたようだったが……大丈夫なのか?」

「……はい。きっとそのうち、カルマも解ってくれますから」

「……そうか。無理はするなよ」

「はい。ありがとうございます」


ウチの先生達はみんな優しいな。
花澄は小さく微笑むと、今度こそ職員室のドアを静かに閉めた。




数十分後、殺せんせーが教室に入って来た。


「若山さん、私に何か話したいことがあるそうですね」

「……はい。どうしても殺せんせーにしかお話できない事です」


花澄はスウッと息を吸い込む。


「今から話す事は、他の人達には絶対に内密にしていただけますか?」


花澄の問いに殺せんせーが頷くと、彼女は安堵の笑みを浮かべて話を始めた。

浅野学秀とテストの総合点において賭けをしている事。
その賭けに負けると、自分はA組に行かなければならないという事。
この話は他の人には話してはならないという事。


「……私、どうしてもこの教室に残りたいんです。だから今回はいつになく真剣に勉強に取り組んでいます。だけど浅野君との約束があるから、賭けの内容を友達には話せない。それで、たくさんの人を傷つけてしまっていたみたいで……友達を傷つけてまで、私がこんな努力をしてる意味って何なんだろうとか、自分1人の我侭のせいで多くの人を傷つけてる自分が情けなく思ったりして……」


花澄の目から、ポロポロと透明な雫が流れ落ちる。


「っ、ごめんなさい先生。私、今ちょっと精神的に色々キテるみたいで……」

「いえ、大丈夫ですよ。寧ろ言いたい事があるのなら全部吐き出した方が良い。楽になりますよ」


殺せんせーはそう言って花澄の頭を撫でた。
少女はそれに導かれるようにしてどんどん思いを口に出していく。


「私は、カルマにはE組に入ってから凄く親切にしてもらったのに、そんなカルマをいとも簡単に傷つけた。渚にも凄くお世話になってるのに、私は幼馴染さえも傷つけたんです。だけど私は弱い人間だから、きっと今すぐには謝れないと思います。
でも先生、私、今回のテストで絶対浅野君に勝ちたいんです。何が何でも勝ちたいんです。勝って、カルマや渚に、ううん、クラスのみんなに、堂々と、ちゃんと謝りたいんです!だから、だから……!」


花澄は殺せんせーに向かって頭を下げる。


「もっともっと私に勉強を教えてください。お願いします!」

「若山さん……」


殺せんせーは暫く花澄を見つめていたが、考えが纏まったところで口を開く。


「……解りました。若山さんがそこまでしっかりした考えを持っているのなら、先生は何も言う事はありません。放課後、一緒に勉強しましょう。
……とはいえ、テストまで残された時間はほんの僅かですが」

「それでも構いません!ありがとうございます!」


花澄は顔を輝かせてそう答えた。





それから数日後、いよいよ期末テストの日がやって来た。
花澄が殺せんせーに浅野との賭けの話を打ち明けたあの日、他のE組のメンバー数名と五英傑との間でも何やら賭けの話が出たらしいが、花澄はそちらの方はなるべく気にしないようにしている。
そちらの賭けは、浅野との賭けに勝ちさえすれば、どうにかなるものだと思っているからだ。
それに、自分以外にも、一教科だけならば充分1位を狙える人はE組にもいる。
しかも、殺せんせーからも、『各教科で1位を取った人は触手1本破壊できる権利を持つ』という条件が下された。
きっとみんな、今回のテストは本気で掛かってくるだろう。
だが、問題もあった。
結局カルマとは未だに仲違いしたままで、あれから碌に口も聞いていなかったのだ。


「花澄、大丈夫?あれからまともにカルマと喋ってないみたいだけど」

「うん、大丈夫だよ莉桜ちゃん。心配かけてごめんね」

「花澄、悩み事があるなら、僕でよければいつでも話を聞くからね」

「ありがと、渚」


3人がそう話しながら本校舎のテスト会場に入って行くと、既に1人の人間が席に着いていた。
それは、E組には存在しない人物で。

誰だ!?

3人とも内心でそうツッコミを入れた。
烏間によると、彼女は律の代役らしい。
流石に人工知能の参加は許されなかったようだ。


「律と合わせて俺からも伝えておこう」


そして烏間は、3人に向かって柔らかい表情を浮かべる。


「頑張れよ」


その一言に、3人の胸の内はじわりも暖かくなった。



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