■ ■ ■
27時間目
テスト明け、3日後。
「さて皆さん。
全教科の採点が届きました」
殺せんせーの声に、一同の間に緊張感が走る。
「ですがその前に……
若山さん、前に出てきて下さい」
「え……」
花澄は一瞬顔を強ばらせたが、スウッと息を吸い込むと、ゆっくりと教壇に向かって歩いて行った。
「答案を返す前に、若山さんから皆さんに話があるそうです」
「ッ、殺せんせー!でも……」
「若山さん。話すなら今しかないと思いますよ」
「……」
花澄は暫くじっと床を見つめていたが、覚悟を決めたようで顔を上げた。
「私、みんなに謝らなくちゃいけない事があります。
みんなは今回、殺せんせーから出された条件をクリアする為、そして、A組との賭けに勝つ為に、精一杯頑張って来たんだよね。
実は私は、今回みんなの賭けとは別に、浅野学秀君個人とも、ある賭けを行っていました」
「!」
花澄の告白に、カルマを始め、多くの生徒が目を見開いた。
「その賭けの内容は−『総合点で浅野君に勝ったら私はE組残留、負けたらA組行き』というものでした」
「はぁ!?」
「マジかよ……」
「聞いてねーよそんなの!」
更なる衝撃的な一言に、聞き手側から次々と声が上がった。
「この賭けの話は、担任の先生以外には話さない約束でした。
だから、みんなには今まで話せなかったの」
「……」
苦しげな表情の花澄を見て、皆も悔しそうな表情を浮かべる。
だがカルマだけは、目を見開いたまま放心状態のようだった。
「浅野君との約束だったとはいえ、みんなに今まで黙ってたのは悪かったと思ってます。
だから、その……ごめんなさい。
こんな事言えるような立場じゃないって解ってるんだけど……もしも私が浅野君に及んでいなくて、A組に行くことになってしまっても、これからも仲良くし続けて欲しいです」
「花澄……」
渚の顔が苦痛に歪む。
「皆さんの気持ちはよく解ります」
その時、殺せんせーが静かに言葉を発した。
「若山さんには、話したくても話せなかったという苦しみがあり、そして皆さんには、どうして若山さんの力になれなかったんだろう、という悔しさがある。
ですが、若山さんも皆さんも、闘ってきた相手が違えど、同じ目標に向かって努力を積み重ねてきたという事実に変わりはありません。
ならば、皆さんはどう応えますか?若山さんの思いに」
「私、花澄ちゃんとずっと友達でいたい」
殺せんせーからの質問に、倉橋陽菜乃が即答する。
「だって、花澄ちゃんはすごく勇気があって、優しくて、頭が良くて、私の憧れみたいな人だもん。だから私は、もしクラスが変わっちゃったとしても、ずっと花澄ちゃんと友達でいたいよ」
「わ、私もそうです!」
倉橋の後を引き継いで、奥田愛美が立ち上がる。
「最初、若山さんがこの教室に来て、私の後ろの席に座った時は、正直、若山さんの事を『怖い』って思いました。
でも、修学旅行で同じ班になってから、気が付いたんです。
若山さん、すごく友達想いなんです!自分の事よりも、友達を優先しちゃうような、そんな人なんです!私は、若山さんのそういうところを尊敬しています。
だから、たとえ離れたとしても、若山さんはずっと私の友達です!」
「私もそう思う」
人前に立つことを嫌う速水までもが、珍しく手を挙げた。
「花澄は努力家だし、私の事をちゃんと解ってくれた。私はそんな大切な友達を、たかがテストごときで失いたくない」
「俺も、若山とはずっと友達でいたいな」
男子で初めてそう口にしたのは、学級委員の磯貝悠馬だった。
「若山は単に頭が良いだけじゃなくて人徳もあるから、俺達のクラスには必要不可欠な存在だ。それは、若山がどこに行っても同じだと思う。
……暴走しそうになったカルマを止められるのも、若山だけだしな」
「みんな……ありがとう」
花澄は皆の温かい一言に心を動かされてじわりと目頭が熱くなったが、零れそうになる涙を必死に堪(こら)えた。
「『これからもずっと友達でいてほしい』だなんて、私が言うまでもなかったんだね。みんな本当にありがとう。私はもう何も思い残すことはないよ。ようやく覚悟を決められたから」
「そんな……もうA組行きが決定したみたいに言わないでよ。点数の開示はこれからなんだから」
茅野カエデが苦笑いを浮かべてそう呟く。
「確かにそうかも。ごめんね、カヤちゃん」
花澄は茅野に向かって両手を合わせて謝ると、殺せんせーに向かって真剣な顔を見せた。
「殺せんせー、試験結果の発表、お願いします」
「ええ、解りました」
殺せんせーはそう言って花澄に向かってコクリと頷く。
「では発表します」
そして、1教科ずつ点数と順位を発表していった。
英語−1位 中村莉桜、若山花澄。
共に100点。
因みに、2位の浅野学秀は99点だ。
国語−1位 浅野学秀。
100点。
E組1位は若山花澄の99点で学年では惜しくも2位。
E組の国語のエース、神崎有希子は96点で3位だった。
社会−1位 磯貝悠馬。
97点。
若山花澄は96点で2位、浅野学秀は95点で3位だった。
理科−1位 奥田愛美。
98点。
2位は浅野学秀と若山花澄で、共に97点だった。
「3勝1敗!数学の結果を待たずしてE組がA組に勝ち越し決定!!」
殺せんせーがクラッカーを鳴らす。
ひとまず、E組とA組のクラス対決はE組の勝ちに終わった。
クラスメイトも、ガッツポーズで勝利を喜び合う。
何故なら、E組が勝った時に賞品にしようとしていたものは、とても素晴らしいものだったからだ。
だが、花澄の顔はまだ晴れなかった。
数学の結果がまだ発表されていなかったし、何より−
途中でフラリと消えてしまった隣の席のクラスメイトの様子がいつもと違っていて、気になっていたからだ。
「浅野君」
数学の結果が発表されるや否や、花澄はすぐに本校舎に向かった。
浅野学秀はちょうど理事長室から出てきたところで、眉間に皺を寄せ、唇を真一文字に結んでいる。
「私も浅野君も総合点が491点。つまりこの勝負は同点に終わった。だから、今回の話は、無しって事で良いんだよね?」
「……そういう事になるね」
数学−1位 浅野学秀。
100点。
2位 若山花澄。
99点。
総合−浅野学秀、491点。
若山花澄、491点。
2人の勝負は、引き分けに終わったのだ。
「じゃあ、私はこのままE組にいても良いんだね?」
花澄が念を押すように尋ねると、浅野学秀は「好きにすれば良いさ」と素っ気なく言って、花澄に背を向けた。
「浅野君!」
花澄は去りゆく背中に呼びかける。
「もし私と浅野君が次のテストで同じ賭けをして、私が負けてA組に入ったとしても、私は浅野君の思い通りになるつもりはないよ。
だって、E組のみんなは、私がどこにいようとずっと友達だって、言ってくれたから。
だから私も、E組を差別するつもりは断じて無い。
それだけは覚えていてほしいな」
「……」
浅野は花澄の言葉を立ち止まって聞いていたようだが、彼女に何の返答もせずにそのままその場を立ち去った。
花澄は彼の後ろ姿を、黙ってじっと見つめていた。
花澄が本校舎から旧校舎に戻る道のりを歩いていると、遠くから見覚えのある赤髪がこちらに向かってくるのが見えた。
「カルマ……」
赤髪の少年−赤羽業は珍しく苛立ちを顕わにしながら歩いている。
花澄の存在には、まだ気がついていないようだ。
「カルマ!」
花澄が勇気を振り絞って彼の名前を呼ぶと、カルマは漸(ようや)く花澄に気がついたようだった。
「ねえカルマ、大丈−」「ごめん!」
花澄の言葉を遮り、目の前の少年は花澄に向かって深々と頭を下げた。
「俺、花澄が浅野クンとあんな賭けしてたなんて全然知らなくて、花澄にすげー酷い事ばっか言った。俺達のこと見下してるとか、最低な事言った。ごめん、ごめん、ごめん!」
カルマが必死に謝る姿を見て、花澄は若干パニック状態になる。
「か、カルマ、落ち着いて。取り敢えず顔上げて!」
そして、スウッと深呼吸を1 回。
「私の方こそ、ごめんね。
カルマはいつも私の事を気にかけてくれてたのに、私、E組に残りたいって我儘を貫きたくて、どうしても話せなかった。
カルマが言った通り、私、今までみんなの事見下してたのかもしれない。
ううん、見下してるっていうより、みんなの事信用しきれてなかったのかも。
だから、ごめんね」
「花澄……」
カルマは花澄の肩にコツンと額を乗せた。
「あー良かった。
俺、もう花澄と話せなくなるかもって、ぶっちゃけすっごい不安だった」
「うん。私も、カルマに酷い事言って、ずっと後悔してた」
花澄はゆっくりとカルマの背中に自分の手を回し、ポンポンとそこを優しく叩いた。
「……あのさ、花澄」
「ん?」
「結局、花澄はA組に行くの?」
弱々しい声が、耳元で聞こえる。
花澄はその瞬間、何故だか無償にカルマの頭をクシャリと撫でたくなってしまった。
だが、そんな欲を飲み込んで、花澄は明るくこう答える。
「行かないよ!」
その答えを聞いたカルマは、顔を上げると、ホッとした表情でふわりと微笑んだ。
「良かった」
いつもの大人びた笑顔ではなく、あどけない笑顔でこちらを見る赤羽業に、花澄の心臓が小さく悲鳴を上げた。
殺せんせーの触手を破壊できる権利を持つ者は当初4人かと思われたが、寺坂組4人が家庭科のテストで100点を採ったことから、結局人数は8人に増えた。
本来ならば、英語においても総合点においても1位だった花澄には2本の触手を破壊する権利があるのだが、花澄はその内1本については自ら辞退をした。
「今回、皆に話さず勝手に動いていた部分もあったから」
花澄のその言葉に、クラスメイトも殺せんせーも気にするなと反論したのだが、花澄の意志は固いものだった。
そして、今回E組がA組との賭けで勝ち取った戦利品とも掛け合わせ−殺せんせーの触手8本は、夏休みの椚ヶ丘中学校特別夏季講習−沖縄離島リゾート2泊3日において破壊することになったのである。
「1学期で培った基礎を充分に生かし、夏休みも沢山遊び沢山学び、そして沢山殺しましょう!!」
「暗殺教室 基礎の1学期、これにて終業!!」
こうして、殺せんせーのその言葉と共に、彼らは無事1学期を終わらせたのであった。
夏休みが始まってから、花澄は茅野カエデとカラオケに行ったり、速水凛香と水着を買いに行ったりと、充実した毎日を過ごしていた。
夏休み中も暗殺の計画や練習は着々と進められていて、沖縄での決行に向けて皆士気を高めている。
そうした夏休みの練習にカルマは殆ど参加していなかったが、花澄は渚がビッチ先生の師匠であるロヴロから直々に暗殺の指導を受けているところを目撃した。
「渚、ロヴロさんと何話してたの?」
ロヴロの元からこちらに戻ってきた渚に、花澄は早速そう尋ねる。
「殺し屋のことだよ」
「……殺し屋?」
渚、殺し屋の世界に興味があるのかな。
花澄の訝しげな表情から何かを悟ったのか、渚は慌てて「別に殺し屋に憧れてる訳じゃないよ」と付け加えた。
「単に聞いてみたくなったんだ。1番優れている殺し屋は誰なのかって」
「ふうん……それで?」
「本名は誰も知らないけど、仇名で『死神』って呼ばれてる殺し屋が、ロヴロさんが知ってる中で最高の殺し屋だって。僕達がこのまま殺せんせーを殺せずにいたら、そのうち姿を現すかもしれないって、そう言ってた」
「死、神……」
今もどこかで、私達のことを見ているのかもしれない。
そう思うと、花澄はゾッとする思いだった。
「……沖縄で決着つけなきゃだね」
「……うん」
渚のその一言に、花澄の表情は自然と引き締まる。
−私達の手で、終わらせるんだ。
花澄は青い空を見上げながら、そう胸に誓った。