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29時間目
カルマと男の攻防戦が始まった。
カルマは烏間の防御テクニックを目で見て覚えたのか、男の攻撃を全て躱し、そして捌いていた。
避けれるけどこっちから攻めこんだら捕まるからな〜
カルマはどうしたものかと考えながら攻撃を防ぎ続ける。
「……どうした?攻撃しなくては永久にここを抜けれぬぞ」
男は一旦攻撃を休めてそう言った。
そんな彼に、カルマは相変わらず飄々とした態度で言葉を返す。
「どうかな〜。あんたを引きつけるだけ引きつけといて、そのスキに皆が抜けるってのもアリかと思って」
「……」
「……安心しなよ。そんなコスい事はなしだ。
今度は俺から行くからさ。
あんたに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着つけるよ」
こっちから攻め込んで、ホントに大丈夫……なのかな。
花澄は不安いっぱいに彼の背中を見つめる。
2人は再び戦闘を始めた。
カルマは宣言通り、自分からも相手に向かって攻撃を仕掛けていく。
その中で、脚への攻撃がクリーンヒットしたようで、相手は初めてカルマに背中を見せた。
チャンス!!
カルマが彼に向かって走っていったその瞬間−
ブシュッ!
男は自分の背後に迫ってきていたカルマに向かって、スプレーのようなものを吹き付ける。
そのスプレーは、先ほどの男−スモッグが持っていた麻酔ガスが入っていたもので。
カルマはふらりとその場で膝から崩れ落ちた。
「カルマッ!!」
誰もが驚きで声も出せない中、花澄は悲痛に満ちた叫び声を上げた。
汚い、狡い、卑怯だ。
花澄の中で様々な不満が入り混じり、視界が涙でぼやけていく。
そんな彼女の気持ちを代弁してくれたのは吉田大成で、男に向かって反論を唱えていた。
そんな彼らに対して、男はカルマの頭を掴んだまま、勝ち誇った顔で「自分は一度も素手だけとは言っていない」と告げる。
「至近距離のガス噴射。予期してなければ絶対に防げぬ」
男がそう言い、花澄が彼を涙目で睨みつけたその時だった。
ブシュッ。
先ほどと同じような音がして、男の顔にスプレーが発射される。
「奇遇だね。2人とも同じ事考えてた」
そう言って不敵に微笑む、気を失っている筈だった少年−赤羽業は、腹黒い表情を浮かべていた。
「ぬぬぬうううう!!」
男は困惑と怒りに塗(まみ)れた表情でナイフを取り出しカルマに攻撃する。
彼はあっさりとそれを躱すと、男の手首を掴んだまま自分の全体重を男の背中に預けた。
「ほら寺坂早く早く。
ガムテと人数使わないとこんな化けモン勝てないって」
「へーへー」
そう答える寺坂は、呆れた表情を浮かべていて。
「テメーが素手で1対1(タイマン)の約束とか、もっと無いわな」
その声を皮切りに、全員が男に乗りかかった。
花澄も潤んだ目を擦りながら笑顔を浮かべる。
烏間の指揮の元、男は完全に身動きが取れないように縛り上げられてしまった。
素手しか見せていなかったのに、何故自分の作戦を見破ったのか、と問うその男に、カルマはけろりとした顔でこう告げる。
「とーぜんっしょ。
素手以外の全部を警戒してたよ。
あんたが素手の闘いをしたかったのは本トだろうけど、この状況で素手に固執し続けるようじゃプロじゃない。
俺等をここで止めるためにはどんな手段でも使うべきだし、俺でもそっちの立場ならそうしてる」
そして、彼の前に胡座をかいて、一言。
「あんたのプロ意識を信じたんだよ。
信じたから警戒してた」
それを見た男は、敵わないとでも言いたげにふっと笑う。
「……大した奴だ少年戦士よ。敗けはしたが楽しい時間を過ごせたぬ」
「え、なに言ってんの?
楽しいのこれからじゃん」
わさびとからしのチューブを両手に持って瞳を輝かせる少年を前に、男を含め、皆の思考は停止する。
どうやら、カルマは男に向かって得意の嫌がらせをするつもりらしい。
暫くその場では、わさびとからしを鼻の穴に突っ込まれて苦しみもがく男の声と、ケラケラ笑う少年の声が響き渡っていた。
「い……悪戯はもう終わったの?」
花澄は楽しそうな顔つきでこちらに向かってくるカルマにそう尋ねる。
「うん、まーねー。
あんまりおじさんぬにばっかり構ってらんないし」
そしてカルマは花澄の顔を覗き込んだ。
「花澄、また泣いてたの〜?」
「な、泣いてないよっ」
「あはは、強がってんのバレバレだよ。目ぇ赤いし。
本ト泣き虫だよね」
カルマはそう言いながら、花澄の目元を自分の指で拭う。
「だって、カルマがほんとに殺されちゃうかもしれないって思ったんだもん……」
花澄は俯いて小さな声でそう言った。
カルマは苦笑いを浮かべながら花澄の頭をクシャリと撫でる。
そして、
「……心配してくれてありがと」
彼は少し照れ臭そうにそう言ってから、花澄の元を離れて渚の方に向かって行った。
残された彼女はと言うと−自分の頭を押さえ、ほんのりと頬を赤く染めている。
「花澄、どうしたの?熱でもあるの?」
様子を見兼ねた速水凛香が、心配そうに花澄に話しかけた。
「う、ううん!何でもないよ、大丈夫」
「そう。それならいいけど」
−凛香ちゃんに不審に思われちゃった。
−私、こんな時になんでドキドキしちゃってるんだろう。
花澄は両手でぺチンと自分の頬を軽く叩き、自分に叱咤を入れるのであった。
6階のテラスラウンジに辿り着いた。
『男手は欲しいが男にはチェックが厳しい』という訳で、この階の偵察は女子+女装した渚が行うことになった。
岡野ひなたの綺麗なキックと矢田桃花の華麗な交渉術によって、E組女子達は大したトラブルに遭遇することもなくスムーズに事を進めていく。
「危険な場所に潜入させてしまいましたね。
危ない目に遭いませんでしたか?」
全員で合流した後、殺せんせーが女子組にそう尋ねると、彼女達は笑顔で「ちっとも!」と答えた。
「渚、ごめんね。そんな格好させちゃって。ホントは嫌だった……よね」
花澄は申し訳なさそうな顔でひっそりと渚に謝罪をする。
「別に花澄が謝るようなことじゃないよ。
でも、結局今回女子が全部やってくれたし……僕がこんなカッコして意味って……」
「面白いからに決まってんじゃん」
2人の会話に入り込んできたカルマは、そう言いながら楽しそうに写真を撮った。
「撮らないでよカルマ君!」
カルマは渚に向かってにやりと笑った後、花澄の方に向き直った。
「花澄は大丈夫だった?」
「? 何が?」
「中にいる変なおっさんとかに声掛けられなかった?」
「あ、うん。大丈夫だったよ」
「そっか。なら良かった。
花澄ちょっと抜けてるとこあるからさ、心配だったんだよね」
「そんな事ないよ。私、やればできる子だもん」
「あはは、それ自分で言っちゃう?」
そんな話をひそひそと繰り広げながら歩いていると、一行は7階のVIPフロアに辿り着いた。
このフロアでの警備はホテルの従業員だけではなく、客が個人的に雇った警備員も置けるようだ。
そして早速、上へと向かう階段に屈強な形をした男の見張りが2人立っていた。
此処は木村の俊足と寺坂、吉田が隠し持っていたスタンガンで敵を倒すことができた。
寺坂曰く、『ちょっとした臨時報酬』でスタンガンを殺せんせーに試そうとしていたらしい。
「いい武器です寺坂君。
ですが、その2人の胸元を探って下さい」
「あン?」
「膨らみから察するに……もっと良い武器が……手に入るはずですよ」
その言葉通り、男達の胸元からは、もっと良い武器−本物の銃が姿を現した。
そして殺せんせーは、その2丁の拳銃を、千葉龍之介と速水凛香に持つように言う。
恐る恐るといった様子で銃を受け取った2人は、少し不安を顕にしたような面持ちをしていた。
「さて、行きましょう」
殺せんせーが予測するに、残りの敵の数は恐らく1人か 2人。
交渉期限も迫りつつある。
一行は8階のコンサートホールへと足を進めた。
ホールの座席に隠れて息を潜めていると、舞台上に1人の男が現れる。
その男は、じっと座席の方を見つめてからこう言った。
「15……いや、16匹か?
呼吸も若い。ほとんどが10代半ば。
驚いたな。動ける全員で乗り込んで来たのか」
ズギュ!
男は後ろを振り向かずに後方のライトを見事に撃ち抜く。
そして、自分が全員撃ち殺すまでは誰も助け来ない、大人しく降伏しろと全員に告げた。
だが、その時。
バァン、という音とともに、男の脇を『何か』が掠めていった。
男の銃を狙い撃ちした速水凛香が外してしまったのだ。
男は少しの間呆然としていたが、すぐに楽しそうににやりと笑うとステージの照明を最大限に明るくした。
眩しい!
皆の目が眩んだ隙に、男は座席の隙間を通して速水が隠れている場所に向かって発砲する。
「一度発砲した敵の位置は絶対忘れねぇ
もうお前はそこから一歩も動かさねえぜ」
そして男は語った。
下にいた2人とは違い、自分は軍人上がりだと。
この程度の一対多戦闘は何度もやっている、と。
「速水さんはそのまま待機!
今撃たなかったのは賢明です千葉君!
君はまだ敵に位置を知られていない!」
突如聞き覚えのある声が響き渡る。
どうやら殺せんせーは座席から隠れることなく思い切り敵に見える位置にいるようだ。
今の殺せんせーは完全防御形態。
だからこそ、銃撃されても絶対的に安心なのだ。
「木村君!5列左へダッシュ!」
殺せんせーはその状態で指揮を執り始めた。
「寺坂君と吉田くんは左右にそれぞれ3列!」
「磯貝君左に5!」
「出席番号12番!右に1で準備しつつそのまま待機!」
「ポニーテールは左前列へ前進!」
誰がどこにいるのか解らないように混乱させ、なおかつ死角を縫って、確実に距離を詰めていくという秀逸な作戦だ。
「さて、いよいよ狙撃です千葉君」
「速水さんは状況に合わせて彼の後をフォロー。
敵の動きを封じる事が目標です」
その言葉を聞いた瞬間、千葉と速水の顔が明らかに強ばる。
殺せんせーは、あまり表情を表に出さない仕事人の彼らにアドバイスをした。
「君達の横には同じ経験を持つ仲間がいる。
安心して引き金を引きなさい」
その時、速水の左手が温かいものに包まれた。
「凛香ちゃん」
速水の隣に待機していた花澄は、ぎゅっと彼女の手を握って微笑む。
速水はそれを見て少しだけ安堵したように笑みを浮かべると、花澄の手を握り返した。
「ではいきますよ」
殺せんせーの合図に合わせて、出席番号12番が立ち上がる。
その瞬間、敵の男は立ち上がった男の眉間を真っ直ぐに撃ち抜いた。
だが、男が撃ち抜いたのは、菅谷創介が作った人形のダミーで。
その後立ち上がった千葉龍之介は、とある一点に向かって銃を撃った。
一瞬の静寂の後、暗殺者はの背中に照明が勢いよくぶつかる。
千葉は、吊り照明の金具を狙ったのだ。
その隙に、すかさず速水が男の持つ拳銃に向かって自分の銃を撃つ。
速水の銃弾も見事にヒットし、武器を失った男はその場に倒れ込んだ。
E組の完全勝利である。
「よっしゃ!ソッコー簀巻きだぜ!」
寺坂の声と共に、ワッと全員がステージに集まった。
「凛香ちゃん」
花澄はすぐに安堵した様子の速水に近づく。
「凛香ちゃん、すっごいかっこよかった。私が凛香ちゃんの立場だったら、きっと緊張してビクビクしちゃって、成功なんてできないよ」
「ううん、私だって、最初は失敗しちゃうんじゃないかって思って、すごく怖かった。でもきっと、殺せんせーの言葉にすごく励まされたから、成功できたんだと思う。
……それと、花澄が手を握って送り出してくれたの、すごく嬉しかった。
ありがとう」
速水はそう言って花澄の手を握ると、にこりと笑う。
花澄はその言葉を聞いてパッと顔を綻ばせた。