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31時間目
無事に沖縄での3日間も終了し、あっという間に8月も最終日となった。
明日からいよいよ2学期の開幕である。
最終日は家でゆっくり過ごそうかと考えていた花澄だったが、殺せんせーがわざわざ自分の部屋まで訪ねてきて「夏祭りに参加して欲しい」と懇願してきたので、夜は祭りに出掛ける事にした。

みんな、浴衣とか着てくるのかな。

散々迷った末に、花澄は箪笥の奥から浴衣を引っ張り出す。


「やば、時間ない!」


時計の針が6時を差している事に気が付いた彼女は、慌てて用意をし始めた。





殺せんせーに指定された集合場所へと急ぐと、そこには既に何人かクラスメイトが集まっていた。


「やっほー、花澄!」

「あ、カヤちゃん」


良かった、カヤちゃんも浴衣着てる。

胸を撫で下ろしたところで、他のクラスメイト達にも声を掛けられる。
倉橋陽菜乃は「花澄ちゃん今日髪お団子だ〜」と言って後ろから花澄に抱き着き、私服だった矢田桃花は「花澄も浴衣かぁ」と残念そうに呟いていた。


「あ、千葉と速水が戻ってきた」


岡島が指をさす方向を見ると、明らかに落ち込んだ様子の2人が、景品を両手いっぱいに抱えながらこちらに向かってくる。
訳を聞くと、射的で調子に乗って遊んでいたら出禁を食らったらしい。

−今凛香ちゃん達があっちから帰ってきたって事は、此処に集まってる以外にもまだお祭りに来てるE組の生徒がいるって事か……


「ねえカヤちゃん、カルマって今日来てる?」

「え、カルマ君?カルマ君なら確かおみくじの屋台に……あ、いた!」


茅野が指し示す方向に顔を向けると、カルマが小さめのノートを片手に屋台の店主と交渉をしている所だった。
最初から大当たりがない事を見抜いた上で、ゲーム機を手に入れる為に5千円を投資したようだ。
数分後、彼は満足気な笑みを浮かべてゲーム機を片手にこちらに向かってきた。


「あれ、花澄来てたんだ。ていうか今日は浴衣?似合ってんね」

「そうかな?ありがと」


花澄は前髪を弄りながら恥ずかしそうに礼を告げた。


「てか、他の奴らは?」

「磯貝君と前原君は金魚掬いにいて、渚とカヤちゃんはヨーヨーのとこにいて……あとのみんなは分かんない」

「ふーん。で、花澄は?」

「えと、私はこれからぐるぐる見て回ろうかなって」

「そっか。じゃあ、俺と一緒に回ろうよ」

「え、良いの?」

「うん、寧ろ嬉しいし」


じゃあ行こ、と言って、カルマはゆっくりと歩き始める。


「あ、待って」


花澄も慌てて浴衣の裾を上げて歩き出そうとすると「ゆっくりで良いよ」とカルマに苦笑いされた。


「で、どこ行く?さっきちらっと見たら、結構向こうの方まで屋台並んでたみたいだけど」

「うーん、そう言われると迷うなあ。取り敢えず私、お腹空いちゃった」

「じゃあ、何か食べよっか」


花澄はカルマの提案に頷き、2人はきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていく。
その後、彼らはクレープ屋に並び、互いに違う種類のクレープを買って道端に座り込んだ。


「カルマって見かけによらず甘党だよね」

「あはは、よく言われる。ねえ、それ一口ちょうだい」

「良いよ。はい」


花澄はそう言って自分のクレープを差し出す。
彼女はカルマにそれを手渡しするつもりで差し出したのだが、カルマは花澄の手首を掴んでそのままクレープを一口齧った。


「ん、おいし」


そう言ってペロリと唇を舐めるカルマに少女はドキリとする。
そんな花澄に対して、カルマは「俺のも食べる?」と言って、自分のクレープを花澄に差し出した。
彼女は「ありがとう」と言ってそれを受け取る。


「あ、これはこれで美味しいね」

「でしょ?」


花澄から自分のクレープを受け取ったカルマは、ニコリと笑いながらそう答えた。
互いにクレープを食べ終わると、再び屋台をぐるぐる歩いて回る。
人混みに紛れてはぐれてしまわないように、花澄は無意識にカルマのシャツの裾を掴んで歩いていた。


「あ、ねえ、もうすぐ花火打ち上げられるんじゃない?」

「あ、ホントだ。じゃああそこの川沿いの土手で待ってようよ。あそこなら花火も見えるし、人もあんまりいないんじゃない?」

「それ名案」


花澄の提案にカルマは頷き、2人は土手へと足を進める。
彼女が予想した通り、川に沿って歩いて行くにつれ、辺りはより一層人が少なくなっていた。
目的地に着くと、2人は腰を下ろして空を眺める。


「花火、まだだね」

「んー」

「……」

「あのさ、花澄」

「ん?」

「今、好きな人いる?」


何気ない口調で突然言われたその言葉に、花澄の頭は真っ白になった。


「え、ななな、なんで?」

「んー?別に、ただちょっと気になっただけ」


カルマはそう言ってラムネを一口飲んだ。
思えばカルマとそう言った話をするのは初めてで、動揺のあまり口の中がカラカラになる。
花澄はそれを誤魔化すようにかき氷を飲み込んだ後、「そういうカルマはどうなの?」と話を逸らした。


「俺? いるよ、好きな人」


その答えを聞いた瞬間、ズキン、と胸に痛みが走る。

−何で、どうして私。

その感情に蓋をするように、花澄は精一杯口角を上げてこう言うのだ。


「……そっか。上手くいくといいね。カルマの恋」


−カルマの顔をちゃんと見れない。
−私は上手く笑えていただろうか。

気付きかけている自分の感情に見て見ぬ振りをして、少女はひたすら笑みを浮かべる。
そんな彼女の顔を見て、カルマは何か言いかけたようだったが、彼の声は直後に打ち上げられた花火の音に打ち消されて何も聞こえなかった。


「見てカルマ、花火綺麗だよ!」


花澄は明るい口調でそう言うと、立ち上がってカルマの脇を通り抜けて空を見上げる。
彼女の後ろを着いてきたカルマは、「そうだね」と何処か寂しそうに呟いた。




翌日。
いよいよ2学期の始まりだ。
折り返しの9月、殺せんせーの暗殺期限まであと半年である。


「おはよ、花澄」

「あ、カヤちゃん、渚。おはよーう」


茅野と渚に挨拶をしてから、花澄は教室の後方に向かう。


「……あ」

「……おはよ」

「うん、おはよ」


遅刻の多い彼が珍しく時間通りに来ていることに驚きながら、花澄は自分の席に着いた。
昨日の夜以来、何となくカルマとは気まずいままだ。





2学期初の全校集会となる始業式。
その最後に、竹林考太郎本人から、今日から自分はA組に編入するという発表があった。
その際彼はE組を地獄呼ばわりした為、一部のE組生徒達は教室に戻ってから憤慨している。
多くのE組メンバーが放課後に竹林の元に向かう中、花澄は1人で別の人物の元を訪れていた。


「浅野君」


生徒会室で、花澄は彼の背中に呼びかける。


「どうしてこんな事するの?」

「……何のことかな」

「竹林君の事だよ」


何か唆したんでしょう?

そう尋ねると、浅野はこちらを振り向いてにこりと笑った。


「勘違いしないでもらいたいな。僕は特に何もしてないよ。理事長が竹林君にE組脱出を打診したら、彼が快くそれを了承したまでだ。本当は若山さんに来てもらいたかったみたいだが……君はかつて理事長の誘いを断った事があるんだろう?」

「うん、断ったよ。前にも言ったけど、私はこの先もE組を抜けるつもりはないから」

「……それは、赤羽がE組にいるせいか?」

「……は?」


完全に虚を突かれ、花澄は頭の中が真っ白になる。


「……どうして、此処でカルマの名前が出てくるの」

「どうしてかなんて、僕が答えを言わなくとも君自身が1番理解しているんじゃないのかい?」

「……何、言ってるの?」


そう返した花澄の声は震えていた。
浅野はそんな彼女を見て不敵な笑みを浮かべる。


「そうか、君はあくまで白(しら)を切るつもりか。
それなら、無理矢理にでも解らせるまでだ」


そう言った瞬間、浅野は花澄を生徒会長用の事務机に向かって突き飛ばす。
花澄はその勢いでそこに仰向けに倒れ込んだ。


「いッ……!」


少女は一度起き上がるが、再び浅野に机に押し戻され、更に両手首を頭上で固定されてしまう。


「何、してるの!?離して!」

「若山さん、君は僕が理由もなくこんな事をすると思っているのかい?」

「知ら、な……ひッ!?」

「それで?結局、君は赤羽の事をどう思っているんだ?」

「や、だッ!やめて浅野君!」

「君が答えてくれるまで僕はやめるつもりはない。
それにしても、君は耳が弱いんだね、若山さん」

「ちが、いい加減に……!ひぁッ!?」


浅野は花澄の言葉を全て無視して彼女の耳朶にかぷりとかぶりついた。

これはまずい、と花澄は自分の危機を察して懸命に手を動かそうとするがびくともしない。
ならば、と彼女は浅野の足を思い切り蹴り上げた。
流石の浅野もそこまでは予想していなかったようで、咄嗟に花澄の手を離す。
その隙に、彼女は彼から距離を取った。


「浅野君、何か勘違いしてる。私はカルマの事は友達としてしか見てない!それに、カルマには今好きな人がいるの。だから、浅野君の変な勘違いに、私とカルマを巻き込むのはやめて!
それと、」


花澄は生徒会室のドアに手を掛けながら言葉を続ける。


「私がE組に残っているのはカルマがいるからじゃない。私はE組のみんなの事が大好きだから残ってるの!
だってE組(あそこ)は、私にとってかけがえのない存在だから。
竹林君だって、心の奥底ではきっと私と同じ事を考えてる。
私達は自分達が納得するまで竹林君の事は諦めない。何でも浅野君や理事長の思い通りに行くなんて思わないで」


そう言い残し、彼女は生徒会室を去っていく。
1人取り残された浅野学秀は、険しい顔つきで誰もいなくなったドアを見つめていた。

−勘違いしているのは君の方だよ、若山さん。
−1番僕の思い通りにならないのは、他でもない君なのに。





夢中で走って逃げた花澄は、本校舎の外へ出るとほっと溜息を吐いた。

−思わず、ムキになって否定しちゃった。

カルマの名前を出された時の自分の言動を振り返り、花澄は1人反省をする。

早く帰ろう。

そう思った彼女が、正門を出て横断歩道を渡ろうとしていた時だった。


「……花澄?」


背後から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
恐る恐る振り返ると、赤い髪の背の高い少年が、通学鞄を気だるげに持ちながらそこに立っていた。


「っ、」


花澄は咄嗟に耳朶を押さえる。


「どーしたの、こんなとこで。今花澄が歩いて来たの、どー考えても本校舎の方角からだよね?」

「……カルマこそ、どうしてこんな所にいるの?」

「俺は、クラスのみんなと一緒に、竹林に話を聞きに行って来たとこだよ。
で、花澄は?」

「……ちょっと、浅野君に用があって」

「……へぇ?」


カルマはそう言って片方の眉を吊り上げた。


「つまり、何?クラスのみんなが仲間の事を心配してる間に、花澄はノコノコ浅野クンに会いに行ってた、って訳?」

「何それ、そんな言い方しなくても良いじゃん!私は私なりに、ちゃんと竹林君の事を考えて浅野君のとこに行ったんだから」

「そうだったとしても、何で誰にも相談しないで1人で行ったの?」


−相変わらず、痛いとこ突いてくるな……

花澄はカルマのその質問に思わず俯く。


「……誰に相談したとしても、きっとみんな『行くな』って言うと思ったから」

「だろうね。俺が相談されたとしてもそう答えてる。
それで?浅野クンと何を話したの?」

「……カルマには関係ないでしょ」


花澄は再び耳朶に手をやった。


「……何それ」


彼女のその言動に、カルマの中で何かがプツンと切れる音がする。


「『俺には関係ない』? ふざけるのも大概にしなよ。関係あるからこうして今アンタに色々尋ねてるんだけ、どッ!」


彼はだんだん声を荒らげながら花澄に近づき、彼女が耳を押さえている方の腕を掴んだ。


「痛っ……! 離して!」

「さっきから気になってたんだけどさぁ、何でずっと耳押さえてんの?まさかとは思うけど、浅野クンに何かされたとかじゃないよね?」

「!」


カルマの言葉に、花澄がビクリと肩を震わせる。


「は?」


大した考えもなくさらりと口にした言葉がどうやら図星だったようで、カルマは一瞬目を見開き、花澄の手を掴む力を緩めた。
その隙に、花澄はもう片方の手で思い切りカルマを突き飛ばす。
そして、そのままカルマに背を向けて走って行ってしまった。
そして、カルマはと言うと−行き場のない手をゆっくりと降ろしながら、その場に暫く立ち尽くしていた。


「……あのエリート、」


俺にケンカ売ってるとしか思えないんだけど。


本校舎にいるであろう好敵手の顔を思い浮かべ、カルマはパキポキと指を鳴らす。

−良いよ、売られた喧嘩は買ってあげる。
−ただし、お返しは3倍返しだ。


彼はそう決心すると、今日のところは大人しく帰ろうと思い、駅に向かって歩き始めた。



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