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33時間目
その日は1日、コードネームで呼び合う事になった。
E組の皆が各自クラスメイト全員分のコードネームを考え、その中から殺せんせーが1枚ランダムで選んだものが、その日の彼らのコードネームとなる、という仕組みだ。
(……これ覚えるの、軽く頭の体操になりそう)
クラスメイト全員分ののコードネームが書かれた表を見て、花澄は乾いた笑みを溢していた。
「『性別』!『キレると怖い』、どこに行ったか解る?」
「あー……多分今日は『中二半』とお昼食べてるよ」
「えー、また〜!?」
「最近いつもそうじゃない?」
「いい加減、見てるこっちが焦れったくなるよね」
『性別』の答えに、『永遠の0』、『ゆるふわクワガタ』、『ギャル英語』が次々と不満を洩らす。
『中二半』と和解してから、『キレると怖い』はほぼ毎日昼食を一緒に食べていた。
それでもまだ付き合っていないと言うのだから、周りがヤキモキするのも無理はない。
「どうしてアイツ、まだ告白しないんだろうな」
「『キレると怖い』も『中二半』も両片想いだからじゃない?」
『ギャルゲーの主人公』の言葉に、『ツンデレスナイパー』は溜息を吐きながらそう答える。
「誰が見ても明らかに両想いなのに、妙なところで鈍感というか……」
「2人共、もっと自分の気持ちに素直になれば良いのにね」
『ギャル英語』と『ポニーテールと乳』は、そう言って苦笑いを浮かべている。
「気持ちの問題じゃないでしょ。今の関係が崩れるのが怖いだけ」
ポツリとそう溢したのは『E組の闇』。
「アイツらが臆病になったところで地球の危機に変わりはないんだから、時間の無駄だと思うけどね」
あんなだから生徒会長に目付けられるのよ、と彼女は言葉を続ける。
その鋭い一言に皆は押し黙った。
だが、これはあくまで彼らの問題であり、他者が口出しできる立場にはない。
(浅野君、か)
−また、面倒な事にならなきゃ良いけど。
『性別』は窓の外を見ながら『キレると怖い』を思い浮かべていた。
一方で、何も知らない当人達は、屋根に登って昼休みを共に過ごしていた。
最近寒くなって来たとは言え、今日は朝から太陽が出ていて、日向ぼっこをするには丁度良い。
「それにしてもさあ、私のコードネーム酷くない?『キレると怖い』って」
彼女は不満げに唇を尖らせる。
「それ、考えたの『性別』らしいよ」
「えっマジ?」
幼馴染にまでそう思われてたのかー、と彼女は頭を抱える。
「『中二半』は?不満じゃないの?」
「んー、俺は別に。寧ろ俺にぴったりじゃない?」
「うわあ……」
−自分が拗らせてる事、多少なりとも自覚してるんだ……
花澄は思わず引きつった笑みを浮かべる。
「因みに『キレると怖い』が俺につけたコードネームは何だったの?」
「……『赤髪の悪魔』」
「あはは、正直だね」
『キレると怖い』の答えを聞いて、『中二半』は楽しそうに笑う。
「……そーいう『中二半』は、私にどういうコードネームつけたの?」
「んー……内緒」
「え、何それ狡い」
教えてよ、と駄々を捏ねる彼女に対し、気が向いたらね〜、と告げる『中二半』。
これ、絶対教える気ないじゃん。
『キレると怖い』は眉間に皺を寄せ、不貞腐れたようにそっぽを向いた。
体育祭が近づいてきた。
だが今回の体育祭でも、浅野学秀が何か企んでいるらしい。
花澄は詳しい事情は知らないが、現場にいた渚ら数名のクラスメイト曰く、磯貝悠馬がアルバイトをしている事が浅野ら五英傑にバレてしまったようで、違反行為に目を瞑って欲しかったら体育祭の棒倒しでA組に勝て、と浅野に告げられたらしい。
浅野の目的が、本当に棒倒しで勝つことだけなのか。
その疑問に対する答えは、イトナが造った録音機搭載のラジコンカーを本校舎に仕込んだ事で明らかになった。
浅野はこの棒倒しの為に屈強な外人の助っ人を4人呼び出した。
そして、来週に迫る中間テストに影響を及ぼすほどE組を痛めつけ、赤っ恥をかかせようという魂胆らしい。
『A組全員トップ40』という前回の目標を達成するべく、組織の長としてチーム全員を確実に勝たせる為の作戦なのだろう。
E組の男子達はA組の企みを知ってから磯貝を中心に棒倒しの作戦を練っていたようだが、やはり当日を迎えると流石の磯貝にも不安になったようで、ぽつりぽつりと殺せんせーに本音を溢していた。
殺せんせーはそんな彼に、「仲間を率いて戦う力、その点では君は浅野くんをも上回れます」と言って励ます。
磯貝は殺せんせーの一言で完全に吹っ切れたのか、清々しい表情で皆と一緒にグラウンドに出ていった。
花澄はE組の男子達が次々とグラウンドに出ていくのを見守っていたが、ふと視線を感じてそちらに目をやる。
−あ、カルマだ。
``頑張って``
口パクで彼にそう告げると、カルマは小さく笑って頷いた。
それを見て、花澄の中に僅かに残っていた不安な気持ちが、スッと消えていくのを感じた。
−大丈夫。きっと勝てる。
花澄は自分にそう言い聞かせると、ぎゅっ、と胸の前で拳を握り締めた。
A組の圧倒的な人数と外人部隊を駆使した姑息ともいえる手段に対し、E組は常識外れともいえる技を鮮やかに繰り出して対抗していた。
棒倒しの棒を防御に使ったり、客席までもを巻き込んで逃げ回ってみたり。
そんな異形な試合を観ている全校生徒の目は、E組を蔑むようなものからE組に対する興味の視線へと変わっていた。
そして会場中が大混乱になり、互いの戦略が意味をなさなくなってきた中−
戦況が動いたのはE組だった。
始めにアメリカ人留学生によって客席まで飛ばされた村松と吉田が、唐突にA組の懐に入り込んで来たのだ。
これには流石の浅野も対処できず、判断が遅れた。
その隙に、客席で逃げ回っていた6人が一気にA組の棒に向かって突進していく。
「ッ!」
一瞬だけ、こちらに向かってくる赤羽業と目があった。
不敵な笑みを浮かべつつも、その目はまるで捕食者のように鋭く光っている。
−まさかコイツ、あの時の校門でのやり取りを根にもって……!
浅野は脳裏に1人の少女を思い浮かべた。
次の瞬間、ぐらり、と足下が不安定に揺れる。
いよいよE組が棒に突進してきたのだ。
「こないだはどーも。お陰様で花澄とは今も楽しくやってるよ、浅野クン?」
耳許で気だるい声が聞こえる。
言わずともがな、憎きの好敵手の赤髪のそれだった。
かなりの小声だったから、恐らく自分にしか聞こえていないのだろう。
浅野は歯軋りをするだけに止めてそれを無視すると、徐ろに装着していたヘルメットを取り外した。
そしてまずは吉田を投げ飛ばすと、次に岡島を棒の外に向かって思いきり蹴り飛ばす。
−こんなところで負ける訳にはいかない。
浅野は武術を駆使して巧みに棒を守り抜く。
だが、E組の増援は更に増え、浅野はA組に指示を出す余裕がなくなってきた。
だがA組も黙ってやられるだけではない。
客席に散っていたメンバーが、次々とA組の棒に向かって戻っていく。
E組が棒を倒すのが先か、浅野が棒を守りきってA組の防御体勢が戻るのが先か。
皆が固唾を呑んで見守る中、決定打となったのは隠し兵器、イトナの存在だった。
イトナは転校生という立場を利用し、今回の体育祭では最後まで高い運動能力を隠し続けていたのだ。
磯貝、イトナの見事な連携プレイによるハイジャンプを受けて−A組の棒は床に向かって倒れていった。
E組の完全勝利である。
体育祭が終わってE組が余韻に浸っていると、浅野が体育祭の後片付けの指示を出しているのが見えた。
前原が浅野に呼び掛ける中、花澄は咄嗟に茅野の肩を掴んで背後に隠れる。
……もっとも、茅野の方が花澄よりも身長が低いため、彼女の行動にはあまり意味は無かったのだが。
「花澄? どしたの?」
「んー……ちょっと浅野君恐怖症、みたいな?」
「え、また何かされたの?」
「い……いやいやいや、そんな事ないよ〜」
あはははは、なんて張りつけたような笑みを浮かべてみれば、茅野は「……本当に大丈夫?」と訝しげに花澄に質問してきた。
大丈夫だよ、そう言おうと口を開きかけた瞬間、
「すっげ、肉食動物にびくびくしてる小動物みたい」
「ひぃいっ、か、カルマ!?」
突如背後から愉しそうな声が聞こえ、花澄はびくりと肩を揺らした。
カルマはそれを見て再びケラケラと笑うと、ポン、と花澄の肩に手を置く。
「ちょっと付き合ってよ」
カルマはそう言うと、返事も待たずに花澄の肩を抱き寄せて歩き始めた。
「うぇ、え、ちょっと!?」
カヤちゃん助けて!
目線でそう訴えかけてみるも、茅野は苦笑いを浮かべて此方に向かって手を振っているだけ。
何でいつもこうなるの!?
花澄はなんだか泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「やっほー、浅野クン」
そして辿り着いたのは、予想通りと言うべきか、A組の絶対的エースの目の前で。
「……何の用だ」
「別にー?次のテストの前にちょっと挨拶しにきただけだよ。ね、花澄?」
「え、あ、うん?」
突然話を振られ、花澄はどっと冷や汗が浮かぶのを感じた。
何この罰ゲーム心臓に悪い。
「宣戦布告なら1人で来れば良いだろう。何故若山さんを巻き込むんだ」
「え、だってウチの花澄がどーしても浅野クンに会いたいって言うからさぁ」
「い、言ってない!」
花澄の言葉を聞いて、浅野の眉間の皺が更に深くなる。
−あーもう、だから嫌だったのに!
困り果ててしまった花澄が視線を右往左往させていると、不意に手を捕まれ前方向に向かって引っ張られた。
肩に回っていたカルマの熱が離れていく。
「あ、浅野君?」
流石のカルマも、そして当人でさえも予想外の出来事で、2人して目をぱちぱちと瞬かせた。
「……済まなかった。君にそんな顔をさせてしまっているのは、紛れもなく僕のせいだ」
「……へ」
花澄は思わず浅野を二度見してしまった。
傲慢で、プライドの塊のようなこの男が、自分に向かって頭を下げている。
「……別に、もう気にしてないから」
嘘だ。多少は気にしている。
だがあの浅野学秀が自分に向かって真摯に謝るという姿を見られただけで、彼女はもう充分だった。
「帰ろ、カルマ」
「……うん」
そして花澄は、浅野に背を向けて自分のクラスメイトのいる方へと戻っていく。
カルマは花澄の背中を追いかけながら、徐ろにこう呟いた。
「……花澄ってさ、時々結構バカだよね」
「はぁ?何で?」
「んーん、特に深い意味は無いんだけどさ」
−そんなお人好しだから、浅野クンに余計に付け入れられるんだよ。
一番言いたかったその言葉を飲み込んで、カルマは曖昧な態度を誤魔化すかのように少し乱暴に花澄の頭をグシャグシャと撫で回す。
「ちょっと、髪ぐしゃぐしゃになるんだけどっ」
「んー」
「カルマ?話聞いてる?もう……」
花澄は呆れたようにそう言うと、もうそれ以上は何をしようと無駄だと悟ったようで、暫くはカルマの好きなようにさせてあげたのだった。
(……ねえちょっと、流石にそろそろやめよっか)
(あ、ごめん。手触り気持ち良くてつい)