短編そして世界は黄昏を迎える太宰は非道い男だ。
普段は飄々としていて、『美人と心中するのが夢』とか云って女の人を口説いてばかりいる癖に。
その気にさせるような事ばかり云って来て、私をこんなにも魅了する癖に。
私の方から太宰に近寄ろうとすると、彼は何時も私の手の届かない処迄行ってしまう。
此方は必死に追い掛けて、手を伸ばして掴もうとしているのに、太宰はまるで風に吹かれた櫻の花弁のやうに、それでいて私を弄ぶかのやうに、ひらひら、ひらひらと宙を舞い、何処かへと飛んで行ってしまうのだ。
『如何して太宰は、周りと一線を引こうとするの』
前に太宰に聞いたことがある。
『さあ? 如何してだろうね?』
そう答えた太宰は何故だか淋しそうに笑っていて、其れは余りにも脆くて、触れたら直ぐに壊れてしまいそうで。
私はその瞬間、どうしようもなく切なく、恐ろしく、そして悔しい気持ちになったのだ。
『……誤魔化さないでよ、莫迦』
『まあまあ、そう怒らないでくれ給えよ。綺麗な顔が台無しじゃないか』
太宰はそう云って私の頭をくしゃりと撫でるから、私は何も云えなくなってしまったんだっけ。
太宰は狡い人だ。
私が太宰に好意を寄せているのを知っている癖に。
私が何時も云いたい事を飲み込んでしまっているのを知っている癖に。
太宰は何も知らない振りをして、私の心を掻き乱す。
私が躊躇と葛藤を繰り返しているのを善い事に、麻薬のやうな言葉を並べて、私を虜にしてしまうのだ。
『なまえの髪は綺麗だね。ずっと触っていたくなる』
私も、太宰に髪を触られるの、凄く好きだよ。
そう云いたいのに、云ったら太宰がまた私から離れて行ってしまうような気がして。
私はまた、自分の想いを呑み込んで、只「有難う」と伝える事しか出来なかった。
『泣いているのかい?』
『……泣いてないよ』
『でも、今にも泣き出してしまいそうじゃないか』
太宰はそう云いながら私の目元を拭ってくれて。
ほら、またそうやって、好きにさせる。
本当に、非道くて狡い人だ。
太宰は何を背負っているのだろう。
太宰は、何に怯えているのだろう。
聞きたい事は山ほど有る筈なのに、其れを聞いてしまったら全てが終ってしまうやうな気がして。
出逢った日から、私と太宰の距離は、一向に縮まらずにいる。
何時から私は、こんなにも臆病な人間になってしまったのだろうか。
『本当に、莫迦ね』
目を閉じると現れる『私』は、そう云って私を嘲笑う。
「五月蝿い。黙ってよ」
背を向けても、『私』は其れを只面白そうに眺めているだけ。
莫迦みたい。
私は、何も出来ないで蹲っているだけの私を詛った。
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ポケットに拳銃