短編
Sherryに口付け

中也の髪の毛が好きだ。


中也は癖の強い猫っ毛だ。
だから髪がふわふわしているし肌触りも心地好い。
髪色も色素の薄い亜麻色で綺麗だし、片側だけ伸ばしている襟足も中也に善く似合っている。
でも中也は無類の帽子好きで、何時も帽子を被っているから、髪に触りたくても何時も余り触らせて貰えない。
だから私は、中也の襟足を伸ばしている方の肩に頭を乗っけて寄り添うのが好き。
所謂『肩ズン』の体勢が好きなのだ。


「ちゅーや」


今日も今日とて、私は中也の隣に座って頭を彼の肩に預けた。
其の儘甘えるように頬擦りをすると、煙草と香水の匂いを纏った中也の髪がふわりと揺れる。

嗚呼、好い匂いだ。
何で中也はこんなに好い匂いがするんだろう。
ちょっと甘くてほろ苦い香り、是れぞ正に中也の香り。

すんすんと匂いを堪能していると、中也は擽ったそうに身を捩らせた。


「止めろ、擽ってェ」

「だって中也、中也の匂いがするんだもん」

「はぁ?ンだよ其れ」


中也は呆れたようにそう呟くと、目を細めて私の喉元を指先で擽った。


「ひゃうっ」

「お前本当猫みてェだよな」


中也は私の喉元から手を離すと、今度は私の頭を撫で始める。


「私、猫じゃないし。人間だし」

「そンなに拗ねンなよ。例えで云っただけじゃねェか」

「てゆかそれ、髪ぐしゃぐしゃになるからっ」


私がそう云って頭を押さえると、中也は肩を竦めてから手をどけ、代わりに私の髪に唇を寄せた。


「何、どしたの急に」

「五月蝿ェな佳いだろ別に。手前の髪触ンの好きなんだよ」

「へ」


自分の顔にみるみる内に熱が集まって来るのが解る。
真逆中也も私と同じ事を思っていただなんて。


「? どうした、なまえ」

「み、見ないで」


中也が私の顔を覗き込もうとしたから、私は咄嗟に中也から顔を背ける。

此奴、絶対天然タラシだ。


「なンだよ、照れてンのか?」


揶揄い混じりの声と共に、中也は私の顔の向きを無理矢理自分の方に戻した。
互いの視線が絡み合う。

私今、絶対耳まで真っ赤だ。


「……お前何て顔してンだよ」

「だ、だって、私も中也の髪触るの好きだから、私と同じだなって思って嬉しくなっちゃったんだもん……」

「は?」


中也は硝子(ガラス)玉のような目を更に大きく見開いた。
こんなに吃驚してる中也の顔、久し振りに見たかも知れない。


「……ちゅーや?大丈―」


私が言い終わる前に、ふわりと煙草と香水の香りが鼻腔を擽った。
気が付くと、帽子の鍔(つば)が私の額に当たっている。
中也は其れを見つめて一瞬煩わしそうに眉間に皺を寄せると、ぐっと更に顔を近付けてきた。

ひらり、と帽子が床に落ちる。

コツン、と私の額に自分の額をくっつけた中也は、私の顔を両手で優しく包み込んだ。


「……あんまりそういう事云うなよ。我慢出来なくなるだろ」

「でも元はといえば中也が云わせたんだよ」

「五月蝿ェな襲うぞ」


ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、私に触れる手つきは酷く優しくて。


「……別に中也になら何されても良いし」


中也の髪を触りながら私が視線を逸らして素っ気なくそう云うと、彼は完全に動きを止めた。

……あれ?私今、凄い事云っちゃった気がする。

そう思った瞬間、私は脇の下に手を入れられ、中也に持ち上げられていた。
そして其の儘中也の肩に担ぎ上げられる。


「ちょ、中也!?」

「勃った。抱かせろ」

「なっ!?」


真顔で爆弾を投下した中也は、私の言葉に耳を傾ける事無くずんずんと寝室へ足を進めて行く。


「一寸待ってよ私にも心の準備ってモノが―」

「煽った手前が悪い」

「はぁ!?」


口では嫌がっている私も、何だかんだで逆らう事は出来なくて。

2人でベッドに雪崩れ込んで仕舞えば、後はもう、彼に身を委ねるだけ。

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