短編あまえんぼうはだあれ
太宰は結構甘えたがりだ。
「なまえー」
「なあに」
「暇だよ私。構って」
「うーん……大学の課題終わらせてからね」
「ちぇー」
私がパソコンと睨めっこしつつそう答えると、太宰は唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
太宰と休日が被るだなんて滅多に無い事だし、本当なら私だって太宰と一緒に休日を謳歌したいところだけど、明日提出の課題が今現在終わっていないのは些か問題である。
と云う訳で、貴重な太宰との時間を潰してまでこうして課題に明け暮れている訳なのだけれど、太宰は一寸子供っぽいところがあるから、待ちくたびれて少し臍を曲げてしまったようだ。
ふわり、と甘く切ない香りがした。
あっ太宰の匂いだ、と悟った瞬間、後ろから包帯だらけの手が伸びてくる。
チラリと後ろを見遣ると、私の肩に手を回した太宰は、少し不貞腐れた顔で胡座を掻いて座っていた。
私が小さく息を吐いて再びパソコンに目をやると、太宰は私の頭に顎を乗せてくる。
昔から、太宰は此の体勢が好きだった。
屹度私と彼の身長差が丁度好いのだろう。
だから私は太宰と正面で抱き締め合った事は滅多に無い。
というか、ほぼ『皆無』に等しいと思う。
其れが不満では無いのかと聞かれると其の答えは否で、私的には赤くなった顔を見られなくて済むから寧ろ万々歳だ。
「ねェ、なまえ」
「だから、もう少しだけ待ってってば」
「此処、間違ってるよ」
「え?」
太宰の突然の指摘に私は拍子抜けする。
彼の指差す方を見て確認してみると、確かに私の答えは間違っていた。
不貞腐れても何だかんだで最終的には協力してくれる、太宰のそんな処が私は結構好きだったりする。
嗚呼、私愛されてるんだな、と間接的に感じる事が出来るからだ。
「あー、終わった!有難う太宰、お陰で助かったよ」
「……」
「……太宰?」
どしたの、と後ろを振り返って尋ねた言葉は太宰の唇に飲み込まれていった。
普段は全然キスなんてしないのに。
驚きで目を見開く私に、太宰は何度も何度も角度を変えて唇を落とす。
「ふ……ン、ん」
何で、どうして。
くちゅくちゅという水音をバックに、私の頭はショート寸前だ。
「んっ……だざ……」
「なまえ、こっち向いて」
私の髪を梳(す)きながら、太宰は耳元でそう囁く。
何これ狡い。
こんな太宰私は知らない。
私は暫く俯いて厭だと首を振っていたのだが、太宰はそんな私を見兼ねたのか、小さく溜息を吐いてから私の腰に手を回し、躯をぐるりと反転させてしまった。
「ひゃあッ!何、して、」
「ふふふ、なまえ可愛い」
「なっ……!?」
その一言だけで私の顔には熱が集中する。
太宰はそんな私の額にちゅっと軽く口付けると、意地の悪い顔で言葉を吐いた。
「ねェなまえ、何故私が何時も後ろから君の事を抱き締めていたか知っているかい?」
「……知ら、ない」
「其れはね、君が恥ずかしがり乍らも動揺を悟られないように平然としようと努めている姿が可愛かったから、かな」
「は!?」
「ふふっ、私が気付いていないと思ったのかい?……耳、何時も赤くなっていたよ?」
「〜〜〜ッ!!」
恥ずかしい。
穴が在ったら這入りたい。
「こら、そっぽ向かないの」
太宰は目を弓なりにしながら私の顔を自分の方に向かせる。
「その顔、他の奴等には見せないで呉れ給えよ?」
誘ってるようにしか見えないから、と囁かれ、私は再び顔に熱が集まるのを感じた。
「……見せないよ、太宰にしか」
私が蚊の鳴くような声でそう呟くと、太宰は一瞬だけ目を見開いてから、再び目を弓なりにして微笑んだ。
……嗚呼、若しかしたら、甘えたがりは私の方なのかも知れない。