短編
幸せのとなり

中也と喧嘩した。

私が悪いのだ。
久し振りに中也と任務だからと、浮かれた私が。

私と中也は恋人同士だ。
お互い忙しくてあまり恋人らしい事は出来ていないが、偶に中也が私の家に泊まりに来たり、ちょっとしたデートスポットに出掛けたりと、出来るだけ一緒に居られる時間を作ってはいた。
でも、最近は私が遠方まで任務に行ったり、私が帰る頃に今度は中也が長期任務に行ってしまったりと、タイミングが悪くて中々会えなかったのだ。
そんな中、私が首領から命令されたのは、とある組織の殲滅の任務だった。
首領曰く、中也が率いる派閥に加勢し、敵組織を殲滅して欲しいとの事。
中也に会うのは約3ヶ月振りだった。
だから任務の日、私は浮かれ気分で現場に直行したのだ。
でも、中也はそうでも無かったらしい。
私が話し掛けても素っ気なかったし、最終的には「任務に集中しろ」と叱られる始末。
解ってる。
私が悪いのは解ってるけど。
それでも、久し振りに会えたんだから、少し位嬉しそうにしてくれたって佳いじゃないか。


「……中也の莫迦!」


私は子供みたいな捨て台詞を残して、中也の元を走り去った。





任務が終わってからも、私は中也とは険悪なムードだった。
私からも中也に話し掛けなかったし、中也も私に話し掛けては呉れなかったからだ。
最初は意地を張ってただけだったけど、その内寂しくなってきて、次第に哀しくなってきた。

所詮私なんて、中也にとってはその程度の存在だったのかな。

重い溜息を吐きながら歩いていると、向かい側から見知った顔の同期が歩いて来るのが見えた。


「やつがれ君。今帰り?」

「……なまえ、其の呼び方は辞めろと何度云えば判る」

「あはは……御免ね」


私が無理矢理口角を上げると、やつがれ君―基い芥川龍之介はぴくりと眉を吊り上げた。


「……中也さんとは和解したのか」

「え?」

「仲を拗らせたのだろう。中也さんと」

「……知ってたンだ」


私は肩を竦めてそう云う。


「……ねェやつがれ君、一寸だけ肩貸して」

「……は?」


やつがれ君が間の抜けた声を出している隙に、私は彼の肩に顔を埋める。


「っなまえ、」
「もう、中也とは終わりなのかな」


暫く身動(みじろ)ぎしていたやつがれ君だったが、私の言葉に彼はピタリと動きを止めた。


「……そりゃ、任務中に気を抜いちゃいけないって事位、私にだって判ってるよ。
でも私、中也に会うの3ヶ月振りだったんだよ?少し位甘えたくなるじゃん……。でも中也は私に会っても素っ気なかったし……もう私の事、好きじゃなくなっちゃったのかなぁ」


最後の方なんか、もう完全に涙声だった。
私は泣いてる顔を見られたくなくて、やつがれ君の肩により一層顔を埋める。
やつがれ君は壊れ物を扱うかのようにそっと私の頭をぽんぽんと撫でると、私から距離を取った。


「……そんな顔をするな。貴様らしくも無い」


やつがれ君は大きく溜息を吐く。


「中也さんとて何か事情が有ったのかも知れないだろう。貴様が勝手に決めつけて如何する」

「……」


やつがれ君の云っている事は尤もだ。
私は今、中也と向き合う事から逃げて、彼の気持ちを勝手に決めつけて仕舞っている。

でも……若し本当に、中也が私に愛想を尽かしていたら?

また、目頭がじわりと熱くなる。

何時から私はこんな情けない女になって仕舞ったのだろうか。


「……其処に居るンでしょう、中也さん」


突然のやつがれ君の声に、私の思考は停止した。
恐る恐る後ろを振り返ると、眉間に皺を寄せた中也が私とやつがれ君の前に姿を現す。


「え……中也?」

「おい芥川、此奴借りてくぞ」

中也は私に見向きもせずにやつがれ君にそう告げた。

ほら、矢っ張り中也は、もう私なんて眼中に無いんだ。

そんな風に考えてしまう自分が厭になって、私の視界がぐにゃりと歪む。


「借りるも何も、なまえは貴方の想い人でしょう。僕は此処で失礼します」


やつがれ君は軽く頭を下げると、足早にその場を立ち去って仕舞った。
後に残されたのは、俯く私と、そんな私をじっと見つめる中也だけ。
中也は私の手首を掴むと、ずんずんと何処かに向かって歩き始めた。


「中也?何処行くの?」

「……」


私の問いに、彼は答えない。

どうして?
私、何かした?

判らない。
中也が判らないよ。

……こんなに苦しいの、もう堪えられない。

気が付いたら私は、彼の手を振り払っていた。


「……」


此方を振り向いた中也の顔は苦しそうに歪んでいる。
如何してそんな顔をするの?
そんな風に思ってる私の顔も、くしゃくしゃに歪んでいるのだろうか。
中也は私に向き合うと、ぎゅっ、と私の両手を握った。
手嚢越しに伝わる中也の体温。
私より少しだけ大きな、骨ばった手。

嗚呼、どうしよう。
中也だ、中也の手だ。

じわり、と目頭が熱くなった。


「……悪ィ。今、余裕無ェ」


中也の手に更に力が籠るのが判った。
そして彼は、再び私の手を引いて歩き始める。
連れて来られたのは、ポートマフィア内にある中也の部屋だった。
五大幹部である中也には、個人的に部屋が与えられているのだ。
中也は部屋に入って鍵を掛けると、私を自分の方に引き寄せた。


「なまえ、悪かった」


私の肩口に顔を埋めた儘、中也はポツリと呟いた。


「任務前でピリピリしてたからとは云え、手前を傷つけるような事云った。訳判んねェ行動で、手前を不安な気持ちにさせた。だから……悪かった」

「……ううん、私の方こそ御免ね。任務中なのに、久し振りに中也に会えると思って浮かれてた」


顔を上げた中也と至近距離で目が合う。
中也は私の顔を両手で挟み込むと、コツン、と額を寄せてきた。


「顔、涙の跡ついてるな。
ったく、俺以外の男の前で泣いてンじゃねェよ」


まァ泣かせたのは俺か、と云って、中也は私の目元を親指の腹で拭う。
たった其れだけの事で胸が熱くなって、私はまた泣きそうになった。
其れを察したのか、中也は私の目元にちゅっと吸い付く。


「ひぅっ」


ぎゅっと目を瞑ると、中也は小さく笑って私の瞼にキスを落とした。

嗚呼もう、どうしよう。
私、どうしようも無く、此の人が好きだ。


頬に、瞼に、耳に、次々と降ってくるキスの嵐を受け止めながら、私は心の中でそう思った。





Titled by ポケットに拳銃

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