短編
何だかんだで逆らえない

みょうじなまえは小柄な上に、自他共に認める童顔である。最近探偵社に入社したばかりの新人、中島敦は齢18だが、彼曰く、なまえは自分より年下だと思っていた、との事。だが然し、彼女は太宰や国木田と同い年である。
惑る日、なまえは社長から仕事を仰せつかった。
内容は、惑る高校へ潜入し、其処に勤める1人の教師の素性を掴む事。
任務自体は大して難しい内容では無い。だから社長に潜入捜査を頼まれた時も直ぐに了承した。だが―


「え、此れを着るんですか!?」


潜入の前夜、社長から手渡された其の衣装を見て、なまえは唖然とした。
紺色のブレザーに深緑色のチェックスカアト、臙脂色のリボンタイ。
明らかに、高校生が身に付けるような制服だった。
戸惑うなまえに、ナオミは屹度なまえさんにお似合いですわと抱き着き、乱歩はふんぞり返って大笑いをし、敦は苦笑いを溢す始末。
唯一の救いは、其の場に太宰が居合わせなかった事だろうか。
社長命令なので逆らう訳にもいかず、なまえは渋々其れを持ち帰る事にしたのだった。





翌日、午前中の内にさっさと仕事を片付けたなまえは、昼休みになると直ぐに社長に連絡をした。
彼曰く、今日は直帰で佳いとの事。
流石に制服で街を歩き回るのは実年齢的に恥ずかしい、然し態々着替えを持ってくるのも面倒臭い、そう思ったなまえは、チェックスカアトが隠れる位長い外套を羽織って帰路に着いた。
だが―。


「やあ、お帰りなまえ!」

「……何でいるの」


玄関を開けると、何故か其処には今1番会いたく無い人物が佇んでいた。

最悪だ。最悪極まり無い。

焦げ茶色の無造作な髪、包帯だらけの腕、砂色の外套を身に纏った、無駄に背の高い男。
探偵社の同期、太宰治がにこにこと笑みを浮かべながら家主である自分を出迎える姿に、なまえは思い切り眉間に皺を寄せた。


「何でって……一応私は君の恋人なのだけれど」

「確かに其れはそうだけど、今は勤務中の筈でしょ?付き合う時に、私事(プライベート)と仕事は確りけじめをつけるって約束したよね」

「……」


聞いているのか否なのか、太宰は何も言わなかった。
其の態度に苛立って、なまえの眉間の皺は更に露わになる。


「一寸太宰、聞いてる?」

「―水臭いじゃないか、なまえ」

「……え?」


突然響いた冷ややかな声に、なまえは戸惑いの表情を浮かべた。
太宰はそんな彼女にゆっくりと近づいていく。


「外套の下。そンなに素敵な格好をしているのに、私に黙ってこっそり仕事に行っていただなんて」


与謝野先生が教えて呉れたのだよ、と云う太宰は、不気味な程に無表情だった。
彼から放たれる空気が何だか恐ろしくて、なまえは一歩一歩後退る。
だが直ぐに、トン、と背中が壁に当たって仕舞った。

クスリ、と耳元で声がする。

太宰はなまえを閉じ込めるように覆い被さると、彼女の外套の鈕を一つ一つ外していった。


「っ止めて、太宰」

「何で?善いじゃない。一度遣ってみたかったのだよね、こういうの」


バサリ、と外套が床に落ちる。
太宰は唇を噛み締めて俯くなまえの顎を掬うと、もう片方の手で彼女の後頭部を押さえつけて其の唇に口付けた。


「っ……」


なまえは必死で太宰の胸板を押し返すが彼はびくともしない。
ならばせめて舌は入れられないようにと引き結んだ唇は、耳を弄られただけで呆気無く其れの侵入を赦して仕舞った。
接吻は嫌いでは無い。
だが、如何せん太宰とは身長差が有り過ぎて、立った儘深い口付けを交わすのはなまえにとっては苦しいものだった。


「ふ、ぁ……」

「ん……」


くちゅり、と響く水音に、なまえはぎゅうっと目を瞑る。
其の反応を見て満足気に目を細めた太宰は、逃げ回るなまえの舌を捉え、暫く弄ぶように絡ませると、最後に唇を一舐めしてから名残惜しげに離れた。
肩で息をするなまえは、頬を赤らめ乍らも涙目で太宰を睨み付ける。


「何すんの莫迦」

「何って……ナニ?」

「んっ!」


突然耳元で響いたテノールボイスに、なまえはびくりと肩を震わせた。

此奴、態とだ。絶対。


「っ、好い加減にして、太宰。早く仕事に―」

「つれないなァなまえ。其処は『太宰先生』でしょ」


太宰はふふふっ、と愉しげに笑うと、彼女の太腿をするりと撫で上げた。


「ひゃあ!?何処触って……」

「ほら、早く呼んで呉れ給えよ」

「っ、変態!莫迦!包帯簀巻き色男!」

「えー、最後のは一寸非道くない?」


文句を垂れ乍らも、彼は何処と無く嬉しそうで。
太宰はなまえの旋毛(つむじ)にキスを落とすと、彼女の膝裏に手を回して躯を持ち上げた。


「えっと、太宰……?」

「なまえ、シよう。私、何だか興奮して来ちゃった」

「っはぁ!?巫山戯ないでよ莫迦じゃないの!?降ろして!」

「はいはい文句なら後で聞きますよ〜……っと」


ぼすり、とベッドに放られて仕舞えば、甘い誘惑に逆らえる訳もなく、結局なまえは彼に身を委ねる事になったのだった。





「制服って善いよね。脱がせる時に背徳感が有って」

「御願いだからもう黙って」

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