短編
四月莫迦2017

「もー、中原君、またこんな処に居たの?」


学園の屋上で一人仰向けで寝転がっていた中原中也の元にやって来たのは、クラスメイトのみょうじなまえだった。
中也は此の学園の転入生だ。
頭は悪くないものの目付きが悪く、素行も決して善いモノとは言えなかった為、転入早々周りからも距離を置かれていた。
所謂『一匹狼』と云う奴である。
だがそんな中で、辛抱強く中也に話しかけて来たのが、此のみょうじなまえと云う少女であった。
曰く、彼女は帰国子女で、教育実習生として現在学園に赴任している織田作之助には世話になっていた事があるらしい。
詳細は不明だが、過去に太宰とも面識が在ったようだ。
彼女が自分に話し掛けるのも、自分が太宰と知り合いだからなのだろうな、と中也は考えていた。
取り敢えず、鬱陶しいので何時も素っ気ない態度であしらっている。


「……手前も物好きだなみょうじ。云っておくが、幾ら手前が俺に話し掛けて来ても、俺は太宰に関わる話は一切しねェからな」

「え?如何して此処で太宰さんの話が出てくるの?」


試しに太宰の話を出して見れば、彼女は中也の予想とは裏腹に、きょとんとした表情を浮かべている。


「確かに私は太宰さんと面識あるけど、中原君に話し掛けてるのは太宰さんの事が話したいからじゃなくて、私が唯中原君と話してみたかっただけだよ。だって転入初日からお洒落な帽子を被ってきて其れが没収されちゃうなんて、どんな人なのか興味があったんだもん」


なまえはそう云って小さく笑う。


「ていうか中原君、太宰さんの事知ってたンだね。矢っ張りあんなに留年してるから有名なのかな、彼の人」

「……彼奴とは唯の腐れ縁だ。俺も彼奴も互いの事を忌み嫌ってるけどな」

「そうだったんだ……」


中也の答えに、なまえは少し申し訳無さそうに縮こまっている。
其れが何だか小動物のようで、中也は思わず笑って仕舞った。


「……一寸、何で笑うの」

「ははっ、悪ィ。落ち込む様子が小動物みてェだなと思っただけだ」

「な!?」


なまえはみるみる内に赤くなっていく。
其れを見た中原は、嗚呼今度は赤茄子(トマト)みたいだなと思い、笑みが零れて仕舞った。


「も、もう今日は帰るっ」


余程動揺していたのか、なまえは慌てて立ち上がろうとした際に蹌踉めいて其の場に尻餅をついた。
中也はいよいよ堪え切れずに腹を抱えて笑い出す。


「わ、笑わないでよ莫迦!」

「くははっ、悪ィ……流石に一寸……ははっ!」


ケタケタ笑う中也を見て、なまえは一寸照れ臭そうにそっぽを向く。


「……でも初めて見れたから佳いや。中原君がそうやって笑う処」


なまえは肩を竦めてそう云うと、今度こそ慎重に立ち上がった。


「じゃあね、中原君。今日はちゃんと話せて善かった」

「みょうじ」


立ち去ろうとするなまえの背中に、中也は呼び掛ける。


「……下の名前で善い」

「え?」

「呼び方。『中也』で善いって云ってンだ。なまえ」


突然の話に、なまえは目を瞬かせる。
が、直ぐに「判った」と了承して屋上の階段を駆け降りた。

何だか今日だけで一気に中也との距離感が縮まったな、なんて、少し嬉しく思ったのは自分だけの秘密だ。

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