短編夕日色に偲ぶ
※名前変換なし
その女は、何時も糞鯖の傍らにひっそりと控えていた。
太宰の部下曰く、彼女はよく部下を取っ替え引っ替えする太宰が珍しくずっと手元に置いているお気に入りらしく、無口で淡白だが仕事はデキる奴なんだそうだ。
何時如何なる時でも大抵澄ました表情を崩さない彼女を、俺は気がついたら自然と目で追って仕舞っていた。
「なあに、中也。此の娘の事、気になってるの?」
或る日、その女を引き連れて廊下の向かい側から此方にやって来た太宰は、コテンと態とらしく首を傾けて俺にそう問い掛ける。
「駄目だよ〜、此の娘は。私のお気に入りなんだから」
太宰はそう云って彼女の腰を自分の方に引き寄せる。
「一寸、太宰さん……」
「んー?なあに?」
「近いです離してください」
「ふふっ、やぁだ」
初めて見たソイツの崩れた表情は、厭そうな口ぶりの割にほんのり頬を赤く染めている恥ずかしそうなモノで。
俺の心を、もやもやした何かがみるみる内に満たしていった。
「……惚気たいなら余所でヤれ」
俺は素っ気なくそう告げると、2人に背を向けて足早に歩き出す。
何故だか吐きそうな位苛々してきたが、俺はその感情に無理矢理蓋をした。
キリの善い処迄書類を仕上げ、小さく欠伸を溢し乍ら仮眠室へ向かう。
太宰に胸糞悪ィモンを見せられたせいで全く集中出来ず、休憩がてら少し仮眠をとる事にしたのだ。
幸い、今の時間は仮眠室には誰もいなかった。
昼間からこんな処を使う人は少ないのだろう。
外套を脱いで隣のベッドに丁寧に畳んで置いておき、帽子を脱いで顔の上に被せる。
却説、少し寝るか。
目を閉じると、睡魔は直ぐに襲ってきた。
俺は数分と立たない内に、眠りの淵に落ちていった。
「ん……」
少しずつ意識が浮上する。
顔に乗せていた帽子を外すと、仮眠室には橙色の西日が射し込んでいて、俺は眩しさに思わず目を細めて仕舞った。
今、何時だ。
ゆっくりと起き上がり、壁に掛かった時計を見遣ろうと辺りを見回した処で俺は固まった。
と、云うのも。
俺の隣のベッドで、一人の少女が気持ち善さそうに眠っていたからである。
しかも、俺の外套を、思いきり自分の腕の中に抱き締めて。
一寸待て、何が起こってる。
俺は米神を押さえ乍ら状況を整理する事にした。
俺が眠りに着く前、隣は愚か、此の部屋には誰も居なかった筈だ。
だから俺は外套を脱いで畳んで隣のベッドに置いておいたのだ。
そして現在。
俺が外套を置いたベッドで、女が一人、俺の外套を握り締めて眠って……って、待てよ此の女何処かで……。
「あ」
そうだ、彼の木偶が何時も連れ回してる例の部下じゃねェか。
何でそんな奴が俺の外套を?
「……おい」
一先ず、起こしてみることにした。
何回か身体を揺すってみると、ソイツはゆっくり目を見開いて−此方を見て、文字通り固まった。
「〜〜〜っ!!」
そして、顔を瞬時に茹で蛸のように赤らめると、バッと外套から手を離して慌てて俺から距離を置く。
「あ、えと、その」
……此奴、こんな反応も出来ンのか。
仮面のように無表情な女なのかと思っていたが、流石に此の状況ではそうも行かなかったらしい。
「……何してンだ手前」
「……」
率直に訊ねてみれば、彼女は視線を逸らして仕舞った。
俺はハァ、と溜息を吐くと腕を組んで女に一歩詰め寄る。
「怒らねェから云ってみろ。手前、一体如何いう心算だ?」
「……笑わないで、呉れますか」
彼女はポツリ、とそう呟く。
俺がそれに頷くと、ソイツはぎゅっと拳に力を入れて小さな声で話し始めた。
「……き、なんです」
「は?」
「私、ずっと、貴方の事が、す、すき、なんです」
「……」
彼女から発せられた言葉に耳を疑う。
普段は寡黙で大人っぽく見える分、瞳を潤わせて赤面する姿はとても邪気無(あどけな)く見えた。
「何時も、貴方の事、太宰さんにも相談に乗って貰ってて。だから、彼の人の下に着いているんですけど。
今日、偶々貴方が此処に入っていくのを見ちゃって、それで、5分くらい経ってからこっそり様子を見に行ったら、貴方は眠ってて、外套は此処にあって。ちゅ、中也さんの匂いがした、から、つい−」
もう、限界だった。
俺はソイツの言葉を最後迄聞かない内に、ソイツの事を抱き締めていた。
「ッ!ちゅ、中也さん?」
「可愛いな、お前」
「!?!?!?」
ビクリ、と、ソイツは明からさまに肩を震わせた。
俺はそれに小さく笑うと、耳元に唇を寄せて、こう呟く。
「俺の処に堕ちて来い」
その後、彼女が太宰の処から俺の部署に異動になった事は云う迄も無い。
俺達の恋の天使(キューピッド)が太宰っつーのが気に食わねえが……彼奴の掌の上で転がされンのは何時もの事だから、今回は半殺しで許して遣る事にしよう。
▽▲▽
#文スト夢深夜の60分一本勝負
テーマ:『外套』
女主
1時間10分ほどで書き上げました。
素敵なお題ありがとうございました!