キスで融ける魔法仕事が立て込んでいて自由な時間が取れていない。
最後に恋人の顔を見たのは何時だっただろうか。
手元の栄養剤をグイッと飲み干し、肩を回して深呼吸。
「……よしっ」
あともうひと頑張り。
私は両頬をぺちんと叩いて気合を入れ直すと、目の前のパソコン画面に意識を集中させた。
「お、終わった〜」
漸く仕事が片付いた。
家に帰れるのは約一週間振りである。
明日は久し振りの休日。
帰ったら直ぐに寝よう、私はそう思い、玄関の扉をガチャリと開けた。
「あ、お帰りなまえ」
すると直ぐに声がして、リビングから私の恋人―太宰治が顔を覗かせる。
「え、太宰?如何して……」
「仕事、今日で一段落って云ってたじゃない。お疲れ様」
お風呂沸いてるよ、太宰はそう云って再びリビングへと戻って行く。
「待って太宰。私、先にご飯作るよ」
私は慌ててスリッパを履いて中に入ると、太宰の背中にそう声を掛けた。
今日は帰ったら直ぐに寝る心算だった為に何も食料は買ってきていないが、まあ、冷蔵庫の物で何とかなる……筈。
荷物を下ろしてキッチンに向かおうとすると、先にキッチンにいた太宰に背中を押されて追い出されて仕舞った。
「大丈夫、今日は私が作っておいたから。着替えてくるなりお風呂に入るなりすると善い。落ち着いたら一緒に食べよう」
「……」
如何したんだろう。今日は太宰が何時に無く優しい。
「……先にご飯食べる」
「そ?じゃあ座って待ってて」
おずおずと口を開けば、太宰はパタパタとスリッパの音を響かせて茶碗にご飯をよそい始めた。
あれ、太宰ってこんなにスパダリだったっけ。
「……ねえ太宰」
「んー?」
「急にどしたの」
そう尋ねてみると、太宰ははたと動きを止めた。
そして、少し困ったような表情を浮かべている。
思っていることを云うべきか云わないべきか迷っているようだったが、遂に観念したのか諦めたように口を開いた。
「……なまえはさ、強いよね」
「え?あー……そう……かな?」
唐突に呟かれた彼の言葉に、私の思考は一瞬停止する。
「うん。だって弱音なんて滅多に吐かないし、譬え不満があったとしても、其れを一切口にも顔にも出さないだろう?だから、強いなって」
「そんな事……。私が単に不器用なだけだよ」
「そうだとしても、恋人である身としては、もう少し私に格好を付けさせて欲しいだとか、もう少し私に甘えて欲しいだとか、そう思って仕舞うのだよ」
だから、この状況を利用させて貰ったんだ。
太宰はそう云って少し照れ臭そうに微笑んだ。
「太宰……」
あ、どうしよう。
なんか今、すっごく胸の奥がきゅーってしてる。
「なまえ、おいで」
そう思っていると、太宰は手にしていた茶碗と杓文字(しゃもじ)をその場に置いて、私に向かって両手を広げた。
「……何してんの?」
「何って言葉の儘だよ。君が何となく物欲しげな顔してるから」
「し、してない。してないよそんなの。子供じゃ有るまいし……」
「ほら、そういうとこだよ」
太宰は困ったような表情を浮かべると、次の瞬間私の事を抱き締めていた。
ふわり、と太宰の匂いが私の鼻孔を擽る。
「ちょ、一寸太宰!恥ずかしいから!」
「こーら。暴れないの」
太宰は嗜めるようにそう云うと、ぎゅうっ、と一層強く私を抱き締める。
……如何しよう、恥ずかしい。
でも……もう少しだけ、此の儘で居たいかも。
「なまえはあったかいねぇ。湯たんぽみたい」
「耳元で喋るの止めて」
「ふふふ、擽ったいんだ?」
太宰はくすくすと楽しそうに笑う。
太宰は自分の顔立ちの善さと腰に来るような声の善さを自覚している分余計に質が悪いと思う。
「……太宰、狡い」
「えー、何が?」
「何か……何だろ、今日は太宰に負けた気分」
「それで善いんだよ。なまえはもっと甘え方を覚えないと」
ね?と云い乍ら、太宰は私の頭にポンポンと手を置く。
でも私は生憎素直に恋人に甘えられるような可愛い性格はしていないし、其れが出来ていたら今迄こんなに苦労していないと思う。
そんな私の考えが読み取れたのか、太宰は背中と頭に回していた手を私の両頬に置くと、ゆっくりと私の顔を上に向けた。
「勿論、私は今の儘の強がりな君の事も好きだけれど。偶には弱みも見せて呉れ給えよ。……恋人、なんだから」
「うん……御免」
「ん、善い子」
太宰はそう云って、ちゅ、と私の額に口付けた。
私は途端に自分の体温が上昇して行くのを感じる。
「……太宰」
「ん?なぁに?」
「……すき」
蚊の鳴くような声でそう云うと、太宰は赤みがかった綺麗な茶色の瞳をぱちくりと瞬かせ、次の瞬間見蕩れてしまいそうな位ふわりと綺麗に微笑んだ。
「うん、私も」
其れだけで胸が高鳴ってしまう私って、口には出さないけど多分相当太宰の事が好きなんだと思う。
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ポケットに拳銃