短編
Route:???

遥先輩が好きだった。

ちょっと抜けてるところが好きだった。
よく食べる姿が好きだった。
涙ぼくろが好きだった。
先輩の描く絵が好きだった。
先輩の優しい笑顔が−大好きだった。

でも、先輩が好きだったのは。
遥先輩がいつも見つめていたのは。


「貴音!」


いつだってあの人だった。
特徴的な前髪のツインテールに剣呑とした目付きの榎本貴音先輩。
私は貴音先輩と仲が良かったし、貴音先輩も口は悪かったけれど私の事を可愛がってくれていた。
そして、私は知っていた。
貴音先輩も、遥先輩が好きだと言うことを。
だから私は、自分の恋は諦めて、貴音先輩を応援しようと決めていた。
決めていた、のに。

2人とも、ある日突然いなくなって仕舞った。
どうしていなくなったのかは分からない。
どこに行ってしまったのかも分からない。
まるで、九ノ瀬遥と榎本貴音という人間は最初から存在などしていなかったというかのように、忽然と、私の目の前から姿を消してしまったのだ。


「遥先輩……」


会いたい。
何でもない顔で、私が大好きなあの笑顔で「大丈夫だよ」と言って欲しい。

それなのに、どうしてこうも胸がザワつくのか。

私は屋上の片隅で、遥先輩のスケッチブックを片手に、ぼんやりと空を見上げてそう思ったのだった。





それから1年の時が過ぎた。
その間、遥先輩と貴音先輩には一度も会っていない。


「暑っついなぁ……」


それは確か、アイスの入ったビニール袋を片手に学校へ戻ろうとしていた時だった。
通りの向かい側から、ゲームのアバターような雰囲気を醸し出した男の人が、此方側に歩いて来るのが見えたのだ。

白い髪。
ピンク色の瞳。
白、黒、蛍光イエローを基調にした衣装。

変な格好だな、私は直感的にそう思った。
でも同時に、何処かで見たことのある人だな、とも考えていた。
何かのコスプレだろうか。


「……あ」


すれ違い様に彼と目が合った瞬間、1年前の記憶が走馬灯のように駆け巡った。


「……コノ、ハ?」


そうだ。『コノハ』だ。
遥先輩と貴音先輩が夢中になったいたオンラインゲーム。
そのゲームをプレイするにあたり、遥先輩が作ってたアバターが、遥先輩の本名を文字った『コノハ』だった。

でも、どうして?
だって、『コノハ』はゲームのアバターで、現実に存在するはずのものではなくて。
あの人は、遥先輩と何か関係があるの?
−もしかして、遥先輩の所在を知ってるの?

気が付けば、私はコノハの後を追い掛けていた。
緊張はしていたものの、何故か妙に頭の中は冷静だったお陰で、私は無事コノハを見失わずに済んだ。
何個目かの曲がり角に差し掛かった時、唐突にコノハがその場に座り込んで苦しみ始めるのを見た。
私は咄嗟に姿を隠してコノハの様子を窺う。


「う……ぁ、ああああ!」


コノハの身体を真っ黒い蛇が覆い始め、彼は声を上げて悶え始めた。


「遥先輩!」


いよいよ心配になった私は、何故かコノハではなく遥先輩の名前を呼んで、彼の元へと駆け寄る。
流石に蛇を退ける程の勇気は持ち合わせていなかったので、せめてコノハの顔を覗き込もうと私はその場にしゃがみ込んだ。


「遥先ぱ……じゃなくて、コノハ……さん。えっと……大丈夫ですか?」


周りを覆っていた蛇がいなくなったところで声を掛けた。
だが、すぐに気が付く。
先程まで真っ白な色をしていた髪が、今は真っ黒に染まっているという事実に。


「……誰?」


私は一歩後ずさっていた。
外は茹だるような暑さなのに、何故か背筋がぶるりと震える。
男が顔を上げた。
瞳は黄色に染まっており、先程のコノハと同じ顔をしているのに、その目付きは獰猛な化け物のように鋭い。


「……『コノハ』を知ってるの?」


男が喋った瞬間、私は一瞬呼吸を止めてしまった。
口調も声のトーンも全く違えど、この声は間違いなく遥先輩のそれと同じだ。


「……『コノハ』は知らない。でも、遥先輩なら知ってる」

「遥?……ああ、アイツか」


男は気だるげに頭を掻きながらそう呟いた。


「貴方、遥先輩を知ってるの?」

「君に教える義理はない」

「どうして?だって私は−」

「あ、思い出した」


男は私の言葉を遮り、私を指差しながら呟いた。


「君、『なまえ』か。カゲロウデイズの人物と密接な関わりを持っているのに、カゲロウデイズに関わることを許されなかった可哀想な女だろ?」

「……『カゲロウデイズ』?」


何、それ。

男は首を捻って呆然としている私を見て鼻で笑った。


「幸か不幸かは分からないが、カゲロウデイズへの干渉を許されなかった君には関係のない話だ。あと、君が探している遥とやらにはもう会えないと思った方がいい。残念だったね」

「……どうして?」

「――――」


男の口から零れた言葉の内容に視界が真っ暗になる。


「ハッ、本当に馬鹿で愚かな奴だったよね。あんな『願い』さえ持たなかったら、こんな事にはなっていなかったかもしれないのに」


まあ、こうなるように仕向けたのは俺なんだけど。

その男は肩を揺らして愉快そうに笑う。


「……何がおかしいの?」


自分でも吃驚する程低い声が出た。
そして私は、彼の元へと詰め寄り、彼の胸ぐらを掴む。


「私はカゲロウデイズがなんなのか知らないし、貴方の企みも、貴方が何をしたのかも知らない。ただ、私に言えるのは……遥先輩に、会わせてよ。遥先輩を……返してよ」

「……」


何も知らないから何も出来ない。
自分の不甲斐なさに、悔しくて涙がポロポロと溢れる。
男は胸ぐらを掴む私をじっと見つめていたが、突然私の顎を掴んで顔を持ち上げた。
私は必然的に上を向かされる形となる。


「いいな、その顔」


ゾクリ。

私の身体を冷たいものが駆け巡った。
獰猛な瞳からうっすらと滲み出る狂気。
この人は危険だ。
きっと、関わっちゃいけないタイプの人間だ。
私は男の身体を突き飛ばそうとしたが、彼が咄嗟に私の手を掴んだので、それは叶わなかった。


「離、して」


振りほどこうとすると、私の腕を掴む手により一層力が籠る。
人の力とは思えない程の強い力に、私は思わず顔をしかめた。


「俺としたことが、何で君を『カゲロウデイズ』に巻き込もうとしなかったんだろう。少し後悔してるよ」

「痛い、やめて、離して」

「でも大丈夫、化物の力がなくても、俺は喜んで君を受け入れるからさ」

「っ、はぁ?」


何を言っているのか全く理解出来ない。
私が訝しげに彼を見つめていると、彼はうすら寒くなるような笑みを浮かべてパチンと指を鳴らした。
途端にその場に何か−まるで巨大な蛇のような生物が現れ、此方に向かって大きく口を開く。


「ようこそ、我が胎内へ」


男は恭しく会釈をして見せる。
そして彼は、事態を呑み込めずにその場に凍りつく私の手を引いて、『口』の中に入っていこうとした。


「やだ、嫌だ。私、行かない……行きたくない!」

「はいはい、五月蝿いよ」


男は私の鳩尾に拳を入れた。
痛みに呻く私を担ぎ上げ、彼は『口』の中に入って行く。

どうして、こんな事になったんだろう。
一体、どこで私は道を間違えてしまったのだろう。

朦朧とする意識の中で、私は外の世界に向かって手を伸ばす。
だが私の細やかな抵抗も虚しく、化物は無情にもその『口』を閉ざした。
そんな私を嘲笑うかのように、男が声高らかに笑い始める。
瞳を閉じた私が最後に脳裏に思い浮かべたのは、私に置いてけぼりにされたコンビニのアイスだった。





黒コノハくん情報少なすぎていつも似たようなパターンになる……ネタ切れ感半端ない\(^o^)/

ALICE+