短編
どん!どん!ドン!ドン!

新旧双黒の皆さんに「壁ドンしてください」とお願いしてみました。


【先輩ヒロイン×中島敦の場合】

「壁ドン?何ですか、それ?」

「え?敦君、壁ドン知らないの?」


きょとんとした顔つきの敦君を見て、私は思わず口許を押さえて仕舞った。
この現代社会において壁ドンを知らない人がいるとは……まだまだ少女漫画の常識も幅広く知れ渡ってはいないという事なのか。
私があからさまに項垂れている様子を見て、敦君は頭を抱えてあたふたしていたが、少ししてから「なまえさん!」と突然私の名前を呼んだ。


「ぼ、僕、やってみます!僕なりの壁ドン!」

「え?それ、如何いう―」

「うおおおおおお!」

「へ?」


次の瞬間、敦君は文字通り壁に向かって体当たりをしに行った。
社を破壊させないようにという敦君らしい配慮からか、態々コンクリヰト造りの壁を選んで体当たりをしに行ったようなので、壁に大きな被害は見られなかったが、その分敦君の身体を大きな衝撃が襲ったようで、彼はその場に崩れ落ちる。

えーっと……うん?
敦君って、こんな無茶をするような子だったっけ?


「あの……大丈夫、敦君?」

「だ、大丈夫です……根性骨(タフネス)が人虎の売りなので……ははっ」

「……」


いや、そういう問題じゃないと思う。


「ぷっ、あはは!敦君、壁ドンを知らないとはいえ、幾らなんでも今のは一寸……ふふっ」


若干顔が引き攣っている私を見兼ねて助け船を出したのは、上司の太宰さんだった。


「一寸太宰さん!?見てたなら云ってくださいよ!」

「云っても善かったのだけれど……面白くて見てた☆」

「えええ!?非道いです!」


敦君と太宰さんのやり取りを見て、私は微笑ましい気持ちになる。


「それはそうと敦君」


太宰さんはちょいちょいと敦君を手で招くと、彼の耳元で何かを囁き始めた。
こういう時の太宰さんは大抵善からぬ事を企んでいるのだ。
此処は『逃げるが勝ち』。
私は彼等に気づかれないようにじりじりと後退りをし、ゆっくりとドアノブに手を伸ばした。


「なまえさん!」


ビクッ。

あとほんの少しだけ指を伸ばせば扉の取っ手に手が届く、といった状況で話しかけられ、私は大袈裟なくらい肩を震わせる。


「えーっ、と……何かな、敦君?」


私は敦君にそう尋ねながらも、視線では今この状況を1番楽しんでいるであろう太宰さんを探す。
だが、それが間違いだった。
私がほんの一瞬だけ敦君から目を離した隙に、敦君は目にも止まらぬ速さで私に急接近してきた。
アッ、と声を出す暇もなく壁に追いやられ、普段温厚な彼からは想像もつかない程強い力で両手首を押さえ付けられる。

これは、拙い。
逃げよう、と思った。

だが、それだけは赦さんとばかりに紫掛かった月色の瞳でじっと見つめられ、互いの息が掛かりそうな程近くに顔を寄せられる。

逃げられる、訳もなかった。

観念した私を見て満足気に息を吐いた敦君は、ぎゅっ、と私の手首を掴み直して耳元でこう囁いた。


「余所見なんかしないで、僕だけを見て」





【幼馴染ヒロイン×芥川龍之介の場合】

「やらぬ」

「え、何で!?」


私の言葉を最後まで聞かない内に即答した龍―芥川龍之介に、私は素っ頓狂な声を上げた。


「僕はそんな下らぬ戯びに付き合っている暇はない」

「非道い!龍の莫迦!ケチ!」

「黙れ」


龍は私の幼稚極まりない罵倒をバッサリと切り捨てて咳払いをした。
幼馴染みで気心が知れているからとはいえ、幾らなんでも風当たりが強すぎる。
その後も執拗く龍に付き纏ってああだこうだと粘ってみたものの、龍は一向に態度を変える気配が無かった。

もういい、知らない!
何時かその触覚の白い部分引き千切ってやる!

遂に観念した私は、恨みを込めて龍を一睨みすると、ふんと鼻を鳴らして踵を返した。



報告書を纏めて上司の中也さんに提出すると、「今日はもう上がっていいぞ」というお達しが出た。
こう見えてポートマフィアは意外とホワイト企業(?)なのだ。
内心でガッツポーズを決め乍ら荷物を纏め、支度を整えてから執務室を出る。
そして愈々(いよいよ)昇降機(エレベーター)に向かおうと回廊の角を曲がった時だった。


「っ、え?」


不意に手首を強く引っ張られ、私は阿呆みたいに間の抜けた声を上げて前につんのめる。
蹌踉けて転けそうになった私の肩を両手でぐっと支えて呉れたその人物は、私の無事を確認すると直ぐにまた私の手を掴んでズンズンと歩き始めた。


「ちょ、あの、龍?」

「……」


龍は口を開かない。
彼は私を人気の無い倉庫に連れて行くと、そこで漸く手を離した。


「一寸!一体如何した−」


背後にいる幼馴染みに向かってそう言い掛けた私の言葉は、最後まで発せられる事はなかった。
というのも、龍は黒獣を器用に扱って私の両腕を一纏めにすると、異能を発動して私を壁に追いやったからである。

ええ!?何何何!?私、龍に何かした!?

龍はコツコツと態とらしく靴音を鳴らし乍ら、私の元へと一歩一歩近づいてくる。
その目は完全に捕食者のそれで、私は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。


「えっ、と……龍?何の心算かよく判らないけど……一寸落ち着こう?」

私は態とらしく戯(おど)けてそう言ってみせる。
すると龍は思い切り眉間に皺を寄せて、一気に私の方に距離を詰めて来た。

あれ、何かよく判んないけど、怒らせた?

冷や汗をダラダラと垂らしていると、龍は私の顎をクイッと持ち上げて……って、え、顎クイ!?


「自分で頼んでおいて、もう忘れたのか。僕は頼まれたことをしている迄だが?」

「え」


じゃあ何、此れは龍なりの『壁ドン』って事!?
だって貴方、先刻思い切り「やらぬ」って宣言してましたよね!?

……と云ってやりたかったのだけれど、ギロリと睨(ね)めつけられているこの状況では文句を云える訳もなく、龍は勝ち誇ったように微かに笑みを浮かべると、私の頬をそろりと撫でながら、こう囁いた。


「僕をその気にさせた責任は確りと取って貰おう」





【同期ヒロイン×中原中也の場合】


「壁ドンだぁ?」


中也はそう云って訝しげに私を見た。


「別にしてやっても佳いが……後悔するぞ?」

「え?それって如何いう−」


ドオオオオオン!!

耳元で物凄い音がした、気がする。

恐る恐る横目で音のした方を見遣ると、中也の足が私の耳元辺りにのめり込んでいた。
壁は思い切りヒビが入って割れて仕舞っているし、中也の蹴りが入った処からは心無しか煙が出ているような気がする。

何だろう……物凄く壮大(ダイナミック)な……壮大過ぎる足ドンだ。
と云うか、抑も壁ドンに対する認識が間違っているのでは?

へなへなとその場に崩れ落ち乍らゆっくりと中也に視線を戻すと、彼は迚(とて)も満足そうな表情で此方を見下ろしていた。


「異能を使って重力を加えつつ蹴りを入れてみた」


ドキドキしただろ、と云い乍ら、中也はフフンと鼻を鳴らしてドヤ顔を作っている。

そりゃドキドキしたわ!命の危機的な意味で!

完全に『ドキドキ』に対して誤解をしている中也を見て、私は何も云えなくなる。


「序でに打拳(パンチ)の方の練習もしておくか」


中也はそう云って私を立ち上がらせると、指をパキパキと鳴らして拳を構えた。


「一寸待っ−」


ドゴオオオオオン!!


「ひッ!?」


今度は反対の耳元から物凄い音がした。
私は思わず身を縮こまらせる。

流石マフィアきっての体術使い。打拳も威力が凄過ぎる。


「ビビり過ぎだろ」


中也はそう云ってケラケラと笑うが、私は今それ処じゃない。


「だって、あと3糎左にズレてたら私の顔面に中也の打拳が直撃だよ!?ビビらない方が凄いよ!」

「結果的に当たらなかったンだから佳いだろ、別に」

「そう云う問題じゃない!……ってか、抑も中也の壁ドンは色々間違ってるからね!?」

「は?……そうなのか?」


彼はそう云ってアイスブルーの瞳をぱちぱちと瞬かせる。
これが素なのだから本当に如何しようもない。


「仕方無いなぁ。……中也、壁際に立って」


私がお手本見せるから。

私はそう云って小さく息を吐く。
此処までして彼に壁ドンをお願いしている自分が虚しくなってきた。
私は壁際から離れて再び中也にその場を動くように促すものの、彼はじっと私の目を見つめて微動だにする様子もない。


「中也?」


訝しげに尋ねるも、彼から返答は無く。


「ちゅーうーやーぁ。おーい。聞いてるー?」


ヒラヒラと彼の目の前で手を振ると、唐突に黒い手套が私の手首を力強く握った。
そのまま世界が暗転し、ふわり、と煙草と香水の匂いが強くなる。

あ、これ、床に頭打ち付けるヤツだ。

後頭部を襲うであろう衝撃に耐えようと目を瞑ったものの、一向に痛みが訪れる気配は無くて、代わりに壊れ物を扱うかのように優しく頭を抱き止められた。
恐る恐る目を開けると、視界一杯に見覚えのある天井と中也の顔が広がっている。
彼はゆっくりと私の頭を床に下ろすと、私の指を絡め取るかのように優しく両手を握った。

こんなの、狡い。

私が悔しげにきゅっ、と唇を噛むと、彼は少しはにかんだような笑みを浮かべて、呟いた。


「今度こそ、ちゃんとドキドキしただろ」





【後輩ヒロイン×太宰治の場合】


「え、厭だよ」


太宰先輩は私の頼みをバッサリと切り捨てた。


「何でですか!?」


私は素っ頓狂な声を上げて彼に詰め寄る。
知っての通り、彼は無類の女好きだ。だからあっさり了承して直ぐにやってくれるだろうと、そう高を括っていたというのに。

真逆の此の反応である。


「だって、なまえみたいなちびっこを相手に壁ドンを仕掛けた処で私に何も需要は無いもの。しかも君、小さい上に身体つきまで貧相じゃないか」

「やめてもう何も云わないで!それ1番気にしてるンですから!!」


そう、私は自他共に認める程貧弱な身体つきをしているのだ。
身長は太宰さんと30糎以上の差があるし、胸も残念なほどに平らである。
私も与謝野女医のような大人の色気が欲しい人生だった。
何時ぞやかに其れを太宰先輩に話したら、憐れみの篭りまくった視線を向けられたけれど。


「1回だけで佳いンです。ドンッて軽くやってみませんか」

「残念だけど、君を相手にしなくちゃならない程相手に餓えてはいないよ」

「う……そういう処が腹立つって云ってるンですよ此の碌でなし!木乃伊(ミイラ)男!」

「へえ?随分と生意気な口を利くようになったね」


にこにこにこ。

太宰先輩は薄気味悪い程顔に笑みを浮かべているが、その目は完全に据わっている。

あ、ヤバい。

此処は退却すべし、と判断した私は、くるりと向きを変えて猛ダッシュ。


「何処に行くんだい?」


パシッ。

太宰先輩は直ぐさま私の手首を掴むと、何時もより数段低い声で私にそう尋ねた。

拙い拙い拙い!
此れ、絶対怒ってンじゃん!


「ははは……やだなー、報告書の書き忘れに気が付いただけですよ……って事で手を離して戴けませんかね」

「ふぅん?私には君が逃げようとしていたようにしか見えなかったけど?」

「あはははは……真逆そんな訳、」

「じゃあ何でそんなに目が泳いでいるのさ」


太宰先輩は実に痛い処を突いてくる。
私が何も云えないでいると、ぎゅっ、と包帯だらけの手に力が入った。


「そう云えば、確か私にやって欲しいンだったよね。壁ドン……だっけ?」


お望み通り、今、やってあげる。

太宰先輩はそう云ってうっそりと笑うと、ダンッと私を壁に押し付けた。

違うそうじゃない。
私はこんな恐怖の壁ドンが体験したかった訳じゃない。

恐る恐る太宰先輩を見上げる。
如何せん彼は身長が高い為、何と云うか威圧感のようなものが凄い。
普段は優男にしか見えない癖に。


「何考えてるの、なまえ?」


くすくすくす。

太宰先輩が態とらしく私の耳元に唇を寄せてそう囁いた。
私は擽ったくて身を捩らせる事しか出来ない。


「っ、それ、ひッ……止めてください……!」

「それって何の事?」

「や、み……耳元で、喋らな……ひゃん!」


不意にフーッと耳に息を吹き掛けられ、私は思わず変な声を漏らして仕舞った。
恥ずかしさの余り顔が急激に熱くなる。


「ふふふ、『ひゃん』だって。普段は生意気な癖に、結構可愛い反応出来るじゃない」


太宰先輩は唇をワナワナと震わせる私を見て楽しそうに笑う。
そしてぐっと身を屈めて視線の高さを私に揃えた彼は、鳶色の瞳を弓形にして微笑み乍ら口を開いた。


「却説……私に如何されたい?」

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