短編
大人はずるいね


「ねー、あのメール送ってきたのっておにーさん?」


都内新宿某所。
その少女は、高級マンションの最上階のその部屋には全く似つかわしくない格好をしていた。

誰が見ても分かるような明るい髪色。
ウェーブの掛かった長い髪。
黒い目元に、派手なチーク。
露出の激しいトップスと、丈の短いショートパンツ。

棒付きキャンディーを舌で転がしながら、その少女は気だるげにソファーに座り込んだ。


「さあ?どうだろうね」


おにーさん、と呼ばれた男−折原臨也は、少女の問いにそう返す。
少女は臨也の様子をじっと伺っていたが、不意にど派手な携帯電話をバッグから取り出し、とあるメールを読み上げ始めた。


「『僕は君の重大な秘密を知っている。バラされたくなければ此処に記載してある住所のところまで1人でおいで』。このメール、マジで意味がわかんないんだけど」

「解らないんじゃなくて、解りたくないだけなんじゃないの?君の場合」

「はぁ?悪いけどおにーさん、私馬鹿だから、ハッキリ言ってくんないと、アンタが何を言いたいのかさっぱりわかんないよ」

「ハッキリ、ねえ……」


臨也はある1枚の地方の新聞記事をデスクに置いた。


「コレ、IQ200を誇る天才小学生の記事なんだけど」

「……それが何?」

「この記事書かれたの、今から約10年前なんだ。
−この子が今何歳かって言うと……ちょうど、今の君と同じ位」

「……だから?」

「この天才小学生が今の君くらいの年頃の子だったら、きっと今頃巷で有名になっててもいい筈だ。だけどそんな噂は全くない。どうしてだろうね?」

「さあ?死んだんじゃないの?」

「死んでなんかないさ。調べたからね」

「調べたとかこっわ!おにーさんそっち系の仕事してんの?」

「君の想像に任せるよ」

「あっそ。ま、どーでもいいよ。私にはカンケーないし」


少女はどうでもいいとでも言いたげに肩を竦める。


「あは、話を逸らすのが随分上手いね。でも残念、俺は話をすり替えるつもりはないよ。
単刀直入に言おうか。
この天才小学生って、本当は君の事なんじゃないの?」

「……あはっ、アハハハッ!」


少女は一瞬呆気にとられていたが、次の瞬間腹を抱えて笑い始める。


「ちょ、おにーさん頭だいじょーぶ!?私が天才!?アハハハ!何それちょーウケるんですけど!!」

「俺は至って本気だよ。冗談でこんな事を言ってる訳じゃあない」

「じゃー何、証拠でもあんの?」


その言葉の直後、少女の目の前に何枚かの写真が突きつけられた。
それは、彼女が書店で明らかに派手なギャルが読まなさそうな類の大量の分厚い哲学書を買っている様子、そしてそれを自宅のアパートで読み耽っている様子、そして、難解な数学の問題を楽しそうに解く少女の様子が写った写真だった。


「ッ、盗撮なんて趣味悪いね、おにーさん。てか、いつの間に監視カメラなんか仕掛けてたの?」

「だって、こうでもしないと君は降参しないだろう?」

「っ、訴えてやる!」


少女は怒りで肩を震わせる。


「良いの?そんな事したら……君の優秀な頭脳が世間にバレちゃうよ」

「!」


少女はグッと唇を噛み締めた。


「君がそんな格好でそんな喋り方をしてたのって、自分の優秀な頭脳を隠す為なんでしょ? その頭脳を利用されないように、自分を守る為に」

「……何で」

「何でそこまで知ってるのかって?俺の趣味は人間観察だからね、その位の事は調べずとも想像はつくよ」

「……おにーさん、何者なの」


観念したかのようなその少女の問いに、折原臨也はニヤリと笑って答えた。


「俺は折原臨也。
情報屋って奴さ」

「折原臨也……さん。変わった名前だね。
だけど私はあんまり折原さんと宜しくしたくないな」

「君が宜しくしたくなくてももう手遅れだ。この俺に目を付けられた以上はね」


嫌な予感しかしない。

彼女は棒付きキャンディーをくわえてすぐさま立ち上がった。
そして、先ほど自分が入ってきたドアに向かって一目散に駆け出す。


「悪いけど、私は折原さんの言いなりになんかならないよ。さっきみたいに脅そうとしたって無駄だから。IQ200を舐めないでよね」

「まあまあ、待ってよみょうじ なまえさん?」


ドアノブに手をかけた瞬間、臨也は片手でなまえの腕をグイッと掴み、もう一方の手でなまえの腰を自分の方に引き寄せた。
突然腕を引っ張られた彼女は、襲ってきた痛みに顔を顰める。


「ごめんね。痛かった?」

「……私の名前、調べたの?」


なまえは答える代わりにそう尋ねた。


「名前だけじゃないよ。君の個人情報は全て解ってる。情報屋だからね」

「……どうして?」


なまえの純粋な疑問に、臨也は仰々しく言葉を返す。


「君を、俺の助手にしたかったから」


その言葉に、なまえの堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけないでよ!他人に利用されるの嫌だって言ったじゃん!何で私がそんな事……!」

「君がどうしても欲しかった、だけど買えなかった、貴重な哲学書を読ませてあげる」

「は?」


それはあまりにも唐突で、なまえは目の前の臨也の端正な顔を穴があきそうな位見つめた。


「君が金銭不足で買えなかった文献を、俺が全部買い与えてあげる。それだけじゃない。君が欲しい書物は、これから全部俺が買ってあげるよ。だからその明晰な頭脳を生かして、俺の仕事を手伝ってくれないかな?」


そう言って臨也は柔らかい笑みを浮かべる。

−こんなの狡い。
−こんなやり方で買収しようだなんて。

そうは思うも、物欲には勝てないというのが現実というもので。


「……いーよ、助手。やってあげても」


なまえは素っ気なくそう答えを返した。
その返答に、臨也は大変満足したのか、なまえの顔に自分の唇を近付けた。
離れようとするも、腕を掴まれたままの体勢ではどうすることもできない。
できるだけ身を引いて目をぎゅっと閉じる彼女を見て、臨也は思わず苦笑いを浮かべた。

そして−


ちゅっ


なまえの額に軽く口付けを落とす。

……え?これだけ?

なまえはぱちくりと目を瞬かせた。


「案外君もウブなんだね」


次は覚悟してなよ、と言って、臨也は人差し指でなまえの唇を撫でる。


「コレ。奪いに行くからさ」


そう言って臨也はニコリと笑うと、なまえの腕と腰から手を離した。

一方のなまえは、顔を紅色に染めてその場に座り込む事しかできなかった。


(アレは反則だよね、どー考えても)

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