真っ黒い影になった日みょうじなまえは探偵である。とはいえ、シャーロック・ホームズや明智小五郎のように、警察組織に手を貸して事件を鮮やかに解決するような類の探偵ではない。依頼人からの希望に答えて情報を手に入れそれを伝える、夢の欠片もない探偵だ。
今日も彼女はとある人物からの依頼を受け、標的(ターゲット)について調査を行っている。
標的(ターゲット)の部屋番号や鍵は事前の調査で取得済み。
なまえは標的(ターゲット)が外出したのを見計らい、難なく部屋に侵入した。
今回の目的は、標的(ターゲット)が所有しているあるものの居場所を探り当てることだ。
だが、
「やあ、君が噂に聞く探偵さんかな?」
外出したかと思っていた男−折原臨也は、いつの間にか部屋を調査していたなまえの後ろに立ってナイフを突きつけていた。
「……どうして解ったの?」
「解ったって、何が?君の正体について?それとも、俺が君に監視されていたこと?あるいは、何故、今日君が此処に来ることを俺が知っていたのかについて……かな?」
「……」
「あはは、『回りくどい事言ってないで早く全部言え』って顔してるね。良いよ、だったら教えてあげる」
折原臨也は、自分を睨みつける女に向かって愉快そうに笑った。
「まず始めに言っておくけど、俺は君がこの部屋に1週間ほど前から盗聴器とカメラを設置していたことも、それを設置するのに波江に許可をとっていたことも知っているよ」
「え……」
「知っていて、あえて何にも気が付かないふりをしていた。その方が、色々と面白いことになると思ったからね。そして、まあ俺の予想通り、君は俺の行動に痺れを切らし、自分で此処に乗り込んで調べることにした。俺はね、心の底から君を待っていたんだよ」
そう言って、折原臨也は胡散臭い笑みを浮かべる。
なまえはブクブクと苛立つ感情を努めて冷静に保ち、言葉を紡ぎ始めた。
「残念だけど、私の目的は貴方を追いかけることじゃない。未熟な探偵の私が、貴方みたいな情報屋にかなう訳がない」
「うん、知ってるよ」
「デュラハンの首はどこ?」
「あはは、いきなり本題に入ったか」
臨也はストレートななまえの物言いに苦笑いを浮かべた。
「俺は情報屋だから、どんな情報でも提供するのがポリシーではあるけど、今回だけは教えられないなあ」
「黙って教えてくれれば、貴方に傷は負わせない」
「戦う気満々って感じみたいだね。俺はそういう展開はあんまり好きじゃないんだけどなあ」
「うる、さいっ!」
なまえはそう言うと、素早く臨也の手にしていたナイフを振り落とした。
そして、何の躊躇いもなく臨也に向かって殴りかかる。
臨也はそれを軽く躱(かわ)すと、なまえの手首を掴んで捻りあげた。
なまえは痛みに顔を歪めるが、咄嗟に臨也の足を踏み付ける。
臨也は少しだけ表情を崩したが、なまえの手首を離すことはなかった。
それならばと、なまえは足を高く上げて臨也の脇腹に蹴りを入れようとする。
だが、その足も片手で掴まれてしまい、なまえは何もできない状況に陥ってしまった。
「悔しい?」
臨也はニヤリと笑うと、なまえを床に突き飛ばし、彼女の顔の横スレスレの床にナイフをグサリと突き刺した。
少女は自分の横に突き刺さっているものを認識したところで僅かに顔を強ばらせる。
「あと数cmズレてたら、君の顔に傷がついちゃったね」
そう言って自分を見下ろす臨也の顔には影が宿っていた。
なまえは蛇に睨まれた蛙のような気分になる。
「君さ、張間美香の依頼で引き受けたんだろう?今回の仕事」
「……何で知ってるの?」
「俺が情報屋だからさ」
その男は笑みを浮かべると、なまえに向かって手を差し伸べた。
「君さ、ダラーズに入りなよ。ダラーズは基本的に誰でも受け付けている。君や俺のような表舞台に立てない人間でも大いに歓迎してくれるよ」
「……もし、断ったら?」
なまえがそう言うと、臨也な意味ありげな表情で彼女に向かって微笑みかけた。
その顔を見たなまえは、咄嗟に自分の生命の危険を感じ取る。
「……ダラーズに入れば、デュラハンの首の居所も掴めるの?」
「さあ?それは君次第だよ」
「……そう」
なまえは臨也の手を掴んだ。
臨也は彼女のその行動に満足気に笑みを浮かべる。
「ようこそ、ダラーズへ」
こうしてまた1 人、池袋を舞台にしたこの群像劇に、新たなメンバーが加わることになるのであった。
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ポケットに拳銃