短編
弾ける片思い

ハーツラビュル寮の寮長、リドル・ローズハート先輩は、法律に厳しい寮長として有名だ。

彼はハートの女王の法律を完璧に記憶しており、ルールを破った者には厳しく罰を与えているらしい。
そんな噂ばかりを耳にしていた為か、私は彼のことを悪魔のように恐ろしい人物なのだと勘違いしていた。
でも、ある日。
中庭でクローバー先輩と話しているリドル先輩が、普段の彼からは想像もつかないほど満面の笑みを浮かべて笑っていて。
年相応のあどけない笑顔に、思わず心臓を鷲掴みにされた。
普段はどこか背伸びをしているようにも見えるあのリドル先輩が、あんなに楽しそうに笑う姿を見て、私は彼から目が離せなくなってしまったのだ。

私が彼への恋心を自覚してから早半年。
学年も寮も違うリドル先輩と私とで何か特別な接点があるはずもなく、かといって先輩に言い寄る勇気も出なかった私は、芽生えたこの想いを心に秘めたまま日々の生活を送っていた。
きっとこのまま私の片思いで終わるんだろうなぁ。
ぼんやりとそんなことを思いながら、図書室で錬金術の本を探していた時。

「あ……」

私のお目当ての本を広げて頭を悩ませているリドル先輩を見かけて、私の口から小さく声が零れる。
話しかけに行こうか、いや、でも、すごく集中しているし……。
散々迷っていると、ふとリドル先輩が藍色の双眸をこちらに向けた。

「ああ、キミはあのオンボロ寮の……。どうしたんだい?ボクに何か用でも?」
「あっいえ!リドル先輩が読んでいるその本を、後で貸していただけないかな、と……」
「ああ、構わないよ。すぐに終わらせるから、そこに座って少し待っていて貰えるかな?」
「は、はいっ」

私はガチガチに緊張しながらリドル先輩の向かい側に腰掛ける。
リドル先輩が再びノートに視線を戻したところで、私はこっそり彼に目を向けた。
女性の私が羨むほどきめ細やかな肌、綺麗に切りそろえられた爪、指通りの良さそうな艶やかな赤髪。
あ、睫毛も長い……良いなぁ。

「ねぇ」
「は、はいっ!」

どうしよう、盗み見がバレたのかも。

「キミは確か、エース達と同じクラスだったよね?」
「あ……はい。そう、ですけど」

何だそっちか、と少し安心する。

「今、エースとデュースに錬金術の小テスト対策用のノートを作っているところなんだ。良かったら、キミに添削をお願いしたいんだけれど、どうかな?」
「え、私が……ですか?」
「あの2人と同じクラスなんだろう?それなら、テスト範囲のことはキミが1番良く知っているし……それに、彼らと同じ1年生として、ボクのノートが分かりやすいか否か、キミに確かめてもらいたいんだ」
「分かりました。そういうことでしたら」
「ありがとう」

リドル先輩はふっと柔和な笑みを浮かべて礼を告げる。
彼に笑顔を向けられただけで私の心臓はぎゅっと締め付けられたが、顔には出さないように必死で隠した。
私はリドル先輩からノートを受け取り、それにじっくりと目を通していく。
先輩は私がノートを読み終わるまで口を挟むことなく待っていてくれた。

「先輩、これ、凄く分かりやすいです!教科書なんかよりも全然!」
「そうかい?ありがとう。それじゃあー」
「でも、一箇所だけ気になるところがあって」
「気になるところ?どこだい?」

リドル先輩がぐっと前屈みになる。
近い近い近いっ!
互いの吐息が聞こえるほどの距離にリドル先輩がいて、私の心臓は再び忙しなくリズムを刻み始めた。

「あ、あの、ここの記述……私は理解できている部分なので想像ができるんですけど、文章だけだと分かりにくいかな、って。図とかイラストがあれば、もう少し分かり易いんじゃないかと思います……!」
「なるほど……。ありがとう、描き足しておくよ。他には?」
「い、いえ!他は大丈夫です!大丈夫なので、その……」
「ん?どうかしたのかい?」
「えっと……先輩、ち、かいです……」

私がそう言いながら両手で顔を押さえると、リドル先輩は一瞬きょとんとした顔をした。
その直後、彼はハッとした表情になり、頬を伝った耳まで真っ赤に染め上げる。

「す……すまない……つい夢中で……」

リドル先輩は片手で口元を押さえながら慌てて自分の椅子に座った。
こ、んなの……反則過ぎる……!
表情の豊かな人だとは思っていたものの、こんなにも照れている先輩を見るのは初めてで。
ああ、やっぱり好き。
胸の奥が痒くて甘くて、なんだかよく分からないけど、泣きそうな気持ちになった。

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