短編
言い逃げなんて、

夜も深くなってきた丑三つ時。
魔法史の授業課題をやっていたらこんな時間になってしまった。
早く寝なければと思う反面、目が冴えて中々寝付くことができそうにない。
お腹を出して眠っているグリムに布団をかけてあげてから、私は足を忍ばせて外に出た。
空を見上げると、星々がキラキラと光を放って瞬いている。
そういえば昔、ご先祖様達は星となって今を生きる私達を見守っているのだと、何かで見かけたような気がする。
あれは、何のお話だっけ。

「……会いたいな」

家族に会いたい。友達に会いたい。
寂しいのは嫌いだ。1人になると、否が応でも『私の世界』のことを考えてしまうから。
小さく溜息を吐いていると、視界の端に黄緑色の光の粒がふわりと舞い降りた。
(この光……もしかして……)
私はゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、やはり予想通りの人物がいた。

「こんばんは、ツノ太郎」
「ああ。良い夜だな」

ツノ太郎はそう言って私の隣に腰掛ける。

「……浮かない顔だな。どうした」
「え……そんなに顔に出てましたか?」
「お前は案外分かりやすいからな」

ツノ太郎は何でもお見通しだ。

「……家に、帰りたくなってしまって」

私は口を開き、ポツポツと語り始める。

「この世界に来て、グリム達に出会って、毎日幸せだなぁとは思うんですけど、どうしても少し寂しくて。家が……家族が、恋しくなってしまったんです」
「……」

ツノ太郎は何も言わず、ただ私の話に耳を傾けている。

「ごめんなさい、こんな暗い話をしてしまって。迷惑でしたよね」

何だか居たたまれなくなって、私は無理に口角を上げてみせる。
すると彼は、無言でこちらに向かって手を伸ばして来た。
な、何?
私は咄嗟に目を瞑る。
直後、頭の上にポンと重みを感じた。

「え……」

ゆっくりと目を開けると、ツノ太郎の掌が私の頭を撫で回している。

「ツノ太郎、何して……ひぇっ」

すると今度は、大きな掌で両頬を包まれた。

「お前は温かいな。年齢だけではなく、体温までもが赤ん坊か」
「私が温かいんじゃなくて、ツノ太郎の体温が低いだけだと思います」
「そういうものか」
「そういうものです」
「ふむ……」

ツノ太郎は首を傾げながら私の全身をペタペタと触っている。
相変わらずこの人は、人の話を聞いていない。
でも何だか、今のやり取りで少し元気が出たような気がする。

「ツノ太郎、ありがとう」
「僕はお礼を言われるようなことは何もしていないが?」
「良いの。私がお礼を言いたい気分になっただけだから」

そう言ってからニコリと微笑みかける。

「……フン。良く分からないが、先ほどよりはマシな顔つきになったようだ」

それなら僕はもう帰る、と言って、ツノ太郎は私に背を向ける。
またいつものように唐突に消えるのかと思いきや、彼はふと動きを止めて顔だけをこちらに差し向けた。

「これからは、上手く笑えそうにない時は、心の中で僕を呼べ」
「え?」
「お前が退屈そうだと、僕も退屈だ」

そう言い残すと、ツノ太郎は光の粒と共に姿を消した。
後に残されたのは、すっかり放心状態になった私だけ。

「……言い逃げなんて、ずるい」

軽く悪態を吐いてみるも、嫌な気分である筈もなく。

「ありがとう、ツノ太郎」

誰もいない空間で1人、もう一度彼に感謝の気持ちを呟いた。

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