短編
Fairytale(twst文字書きワードパレット#7)

「ウィンターホリデー……ですか?」
「冬の長期休暇ッスよ。アンタはどうするんスか?」

ある日の昼休み、たまたまレオナ先輩のところに向かうラギー先輩に会い、なんだかんだで彼に付き添うことになった。
そこで彼から、もうすぐ長期休暇ホリデーに入り、多くの学生が実家に帰って年越しを過ごすという話を聞かされたのだ。
私には帰る場所がない。『ただいま』を言える環境がない。
そう考えた途端に急に寂しさがこみ上げて来て、そんな自分の感情を誤魔化すべく「ラギー先輩こそどうするんですか?」と尋ねてみた。

「俺は勿論、実家に帰るッスよ。近所の悪ガキどもにもばあちゃんにも、うまい飯を食わせてやりたいスから」
「そう……ですか……」
「……なんか、元気ないみたいッスね。どうしたんスか?」

ラギー先輩はそう言って私の顔を覗き込む。
私が首を振って何でもないと答えると、ラギー先輩は一瞬眉間に皺を寄せ、その後すぐに呆れたように両手を広げてみせた。

「ハァ……アンタ、本当に素直じゃないッスね。俺の予想だと、いわゆるホームシックってヤツなんでしょ?」
「別にそんなんじゃ……。ただ、『おかえり』って言って自分を迎えてくれる人が待ってるのって、ちょっと羨ましいなって思っただけです」
「やっぱ寂しいんじゃないッスか」

ラギー先輩は再び呆れたように呟く。

「……私、いつになったら帰れるのかな」

ーいつまで、家族に会えないのかな。

「……そんなの、俺が知る訳ないじゃないッスか」
「そうですよね。ごめんなさい」
「何で謝るんスか?アンタが謝る必要はどこにもないでしょ?」

ラギー先輩はちょっと怒ったように私を諌める。

「……時々、怖くなるんです」

私は窓から見える中庭に目をやりながら、ゆっくりと口を開いた。

「私のいた現実世界なんてものは全部幻で、私はずっと独りぼっちのままなんじゃないかって。私は自分の世界の思い出を全部向こうに置いてきちゃったから、頼れるのは自分の記憶だけで。……記憶の中で、両親の顔や声がだんだんと色褪せて、なくなってしまうのがすごく怖いんです……!」
「……」

ラギー先輩は俯く私の顔をじっと見つめている。
それから暫くして、徐ろに私の頭の上に掌が乗せられた。
温かいその手は、壊れ物を扱うように私の頭をゆっくりと撫で回す。

「俺には、アンタの苦悩なんて理解できない。でもきっと、俺にとっての家族と、アンタにとっての家族は同じような存在ッスから、それを失った時の気持ちは、何となく想像がつきます。
……元の世界に戻る為の力にはなれないかもしれないスけど、アンタの思い出話くらいなら、いくらでも聞いてやるッスよ」

ーそうすれば、アンタの世界の思い出は、俺の中でも生き続けるでしょ?

じわり、と目頭が熱くなった。
必死に泪を堪えようと何度も息を吐き出すのに、私の思いとは裏腹に、目尻からどんどん水の粒が滑り落ちていく。
ラギー先輩は、何も言わずにそっぽを向いてくれた。
私が泣いているのに気づかないフリをしてくれたのだろう。
彼の不器用な優しさに、再び泪が溢れてしまう。
漸く私が落ち着いた頃、ラギー先輩は「昼飯届けに行くッスよ」と言って、私の手を引いて歩き出した。
握られたその手は思いの外大きくて、包まれているだけで安心する。

「ラギー先輩」

私は前を行く先輩の背中に呼びかけた。

「あの……ありがとうございました」
「俺は何もしてないッスよ」

そう言葉を返す尻尾の先は、フリフリと横に大きく揺れていた。

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