短編
4 Stories with…feat.

『4 Stories with…』とは
舞燐とその友人とのコラボ企画(?)
ネタ提供、手紙の文章作成→友人
プロット、小説本文作成→舞燐

1つの贈り物(某高級ブランドのヘアミスト)に対して、4つの異なる世界線からメッセージ(手紙)が届いたよ、というもの。

元々、友人が舞燐に対し、4人のキャラからの誕生日のお手紙として、手書きメッセージを送ってくれたことが、この企画のきっかけです。

まあ、4つの世界線は全く繋がってないので、特に設定気にせず読める…と思います。

それでは、どうぞお楽しみください。


☆★☆


「どうしよう……」


散々に散らかった1LDKの中で、みょうじなまえはそう呟いた。
東京、米花町。
彼女はこの街で働く、しがないOLである。
今日は会社の給料日で、なまえはつい数時間前に、憧れのブランドのヘアミストを購入したばかりだった。
だが、そのヘアミストが今、どこにも見当たらない。
心当たりがあるとするならば、帰宅時に乗り継いで来たバスの中か、もしくは帰りがけに寄ったお気に入りの喫茶店か……。
念のため、家中をくまなく探してはみたのだが、やはり見つからないということは、このどちらかに置いて来てしまったということなのだろう。


「はぁ……どうしよう……」


何度目かの溜息と共に、ぽつりとそう独り言ちる。

―とりあえず明日の朝一番に、バスの会社に問い合わせてみよう。

彼女はひとまずそう決意して、その日は眠りについたのだった。


☆★☆


翌日、出勤前に電話で問い合わせてみたものの、バスの中では見つからなかったという答えが返って来た。
そういう訳でなまえは今、昨日も訪れた、お気に入りの喫茶店の前に立っている。
喫茶ポアロ。
イギリスの女性作家、アガサ・クリスティが生み出した名探偵と同じ名前を持つ、この街でも人気の喫茶店だ。
上の階に『眠りの小五郎』として有名な、あの毛利探偵の事務所が構えられているのは
偶然か、はたまた必然か。
ハムサンドがとても好評で、なまえのお気に入りのメニューのうちの1つである。
カランコロン、とドアベルを鳴らしながら店内に入ると「いらっしゃいませ」と、心地の好いテノールボイスが彼女を迎え入れた。


「……あれ、みょうじさん?昨日も来てくださったばかりですよね?」


声の主―安室透は、藍色の目をぱちくりと瞬かせながらコテンと首を傾げる。
彼は毛利小五郎の弟子となる傍ら、喫茶ポアロでアルバイトをしている私立探偵だ。
29歳にしてはやや童顔で、容姿端麗な安室の姿を目に焼き付けようと、ポアロに通っている常連客もいるとかいないとか。
みょうじは安室がアルバイトとして働き始めるよりも前からこの店に足を運んでいたが、確かに彼がシフトに入っている日は、若い女の子のお客さんが多いな、と感じてはいた。
安室は人気者のため、食事を終えたらすぐに帰路についてしまうなまえは、つい最近まで彼と言葉を交わしたことがなかったのだが、ある時たまたま彼女が閉店間際に店に滑り込んだ時に、店の締め作業をしていたのが安室透で、それ以来彼とは軽くおしゃべりをしているのである。


「こんばんは、安室さん。……えっと、今日はちょっと、お尋ねしたいことがあって」


確か安室は、昨日も店で仕事をしていたはず。
なまえはゴクリと唾を飲み込み、おずおずと口を開いた。


「あの……実は私、昨日忘れ物をしちゃったかもしれなくて。化粧品の入った紙袋、置いてありませんでしたか?」

「ああ、それなら……ええ、お預かりしていますよ」

「えッ!本当ですか!?」


嬉しさのあまり、彼女は思わず声を裏返してそう尋ねる。
安室はそんな彼女の様子を見てふっと笑みを浮かべると、「持ってきますね」と言ってバックヤードに入って行った。


「次に貴方が店に来てくださった時に、お渡しをしようと思っていたんですよ。……これでお間違いはありませんか?」


そう言いながら戻って来た彼の手には、まさに彼女が探し求めていた紙袋があって。


「はい、それです!良かった、見つかって……!」


なまえはほっと安堵の息を漏らしながら、安室から袋を受け取った。
そのまま踵を返そうとした彼女に、「みょうじさん」と彼は呼び掛ける。


「もし良かったら、先ほど焼き上がったばかりのクッキーがあるんですけど……一緒に持って帰りませんか?」

「え……良いんですか?」

「ええ、ぜひ。自分で言うのもなんですが、とても美味しくできたんですよ」

「安室さんのお墨付きなら安心ですね!お言葉に甘えて、戴こうかな……」

「分かりました。じゃあ、そちらの席で少々お待ちください」


彼はニコリと笑ってそう答えを返すと、なまえをカウンター席に促して再びキッチンの方に行ってしまった。


「これは、今度クリスマスシーズンに販売しようと思っている、ジンジャークッキーの試作品なんですが……実はまだ、店長にも梓さんにも、食べてもらっていないんですよ」


戻って来た安室の掌の上には、ジンジャーブレッドマンの可愛らしいクッキーが、袋詰めにされた状態で置かれている。
彼の口から出て来た思いがけない一言に、彼女は思わず目を見開いた。


「え……そんなもの、私なんかが貰っちゃっても良いんですか?」

「もちろん。お得意様のよしみ、ということで」


安室はそう言って片目を瞑ってみせる。
そんな気障な仕草でさえも彼がやると何だかサマになっていて、なまえは改めて彼の眉目秀麗さに気付かされたような気がした。
安室はクッキーを小さな紙袋に入れると、「どうぞ」と言って彼女に手渡す。


「ありがとうございます、安室さん」


なまえがふわりと微笑みを浮かべてそう礼を告げると、彼は「またいらっしゃってくださいね」と言って、彼女を外まで送り出してくれたのだった。


☆★☆


「んー、美味しいッ……!」


帰宅後、ほんのり薔薇の香りがするアールグレイティーを淹れてから、安室のクッキーを口に入れたなまえは、ほっこりとした優しい味に感銘を受けていた。

―どうしたら、こんなに美味しいお料理が作れるんだろう?
―この前はギターの演奏もしていたみたいだし……あの人、できないことなんてあるのかな。

ポアロで働く爽やかな好青年の顔を思い浮かべながら、じっくりと味わうようにクッキーを食べ進める。
3枚だけ食べたところで、残りは明日以降に食べようと思い至ったなまえは、迷子になっていた紙袋から、お目当てのヘアミストを取り出そうとした。


「……あれ?」


すると彼女は、袋の中に、見覚えのない小さなメッセージカードを見つける。

―何だろう、これ。

不思議に思って見てみると、そこには、整った字体でこう書いてあった。


『いつもポアロのご利用ありがとうございます!!
お席にお忘れでしたよ。
また来てくださいね。
貴方のお話、いつも楽しみにしているんです。
喫茶ポアロ 安室透』


「ふふっ、安室さんったら……」


スリ、と指先で手紙を撫でながら、彼女は小さく笑みを浮かべる。
たかだか常連客の自分にこんな細やかな気遣いをしてくれるなんて、彼はよほど機転が利く人なのだろう。

―今度お店に行った時は、お礼を言わなきゃな。

なまえは再びその手紙を読み返すと、そっとそれを机の引き出しにしまい込んだ。


☆★☆


それから、数日後。
再び喫茶ポアロを訪れたなまえは、カウンター席に座り、ハムサンドとコーヒーが運ばれるのを今か今かと待っていた。
今日は安室さんが出勤しているみたいだから、彼の特製のハムサンドを頼めば、きっと彼が料理をサーブしてくれるはず。
そして彼女の予想通り、注文していた品を席まで届けてくれたのは、金髪に褐色肌の好青年だった。


「あの、安室さん。この前は―」

「みょうじさん」


礼を告げようとしたところで、ふに、と唇に彼の人差し指が押し当てられる。

―え?

なまえの心臓はドクンと飛び跳ね、戸惑いで瞳の奥底が揺れた。


「この間の件についてのお礼ならもう結構ですよ。……せっかくなので、僕と貴方だけの秘密にさせてください」


ね?と言って、安室は眉尻を下げて困ったように微笑む。


「……?」


―何だ、これ。
―これって……えっと、つまり、どういうことだ?

突然の安室からの一言に、なまえは首を傾げたままじっと安室を見つめ返す。


「……すみません、これ以上は、僕の口からはちょっと……その、恥ずかしいので」

「……へ?」


よく目を凝らして見てみると、安室の耳元は、うっすらと赤く染まっていた。


「あ……えっと……ごめんなさい!ありがとうございます!」


なまえも頬を林檎のように真っ赤に染め上げ、感謝と謝罪の言葉を口に出す。
誤魔化すようにコーヒーを口に含むも、淹れ立てのそれは想像していたよりも熱く、彼女はゴホゴホと噎せながらその場に突っ伏してしまった。


「みょうじさん!?大丈夫ですか⁉」


安室は慌てた様子で冷水を差し出すと、なまえの背後に回り込んで背中を擦る。


「だ……だいじょうぶ、です……お騒がせしました……」


数分後、落ち着きを取り戻した彼女は、心配そうにこちらを覗き込む安室に向かって力無く微笑んだ。
それを見た彼はほっと溜息を吐くと、苦笑いを浮かべて口を開く。


「今のって、僕がいきなり変な事を言ってしまったから……ですよね。すみません」

「い、いえ……私が抜けているだけなので、気にしないでください……!」

「……あの、また、食べに来てくださいますか?」


恐る恐るといった様子で尋ねる安室に、なまえは一瞬だけきょとりと目を瞬かせる。
そして、すぐにふわりと目を細めると、「当たり前じゃないですか」と言ってくすくすと笑ってみせた。

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