短編
4 Stories with…feat.

『4 Stories with…』とは
舞燐とその友人とのコラボ企画(?)
ネタ提供、手紙の文章作成→友人
プロット、小説本文作成→舞燐

1つの贈り物(某高級ブランドのヘアミスト)に対して、4つの異なる世界線からメッセージ(手紙)が届いたよ、というもの。

元々、友人が舞燐に対し、4人のキャラからの誕生日のお手紙として、手書きメッセージを送ってくれたことが、この企画のきっかけです。

まあ、4つの世界線は全く繋がってないので、特に設定気にせず読める…と思います。

それでは、どうぞお楽しみください。


☆★☆


「危ないッ!」


悲鳴交じりの声がその場を制すと同時に、ジェイド・リーチに災難が降りかかった。
そして次の瞬間、ガシャーン!と派手にガラスが割れる音、鍋が床に転がり落ちる音などが鳴り響く。


「……は?」


予定調和が大嫌いなウツボの人魚ですら流石に想定外の事態で、彼はポタポタと髪から雫を垂らしながら、ヘテロクロミアを瞬かせた。


「ごめんなさいジェイド先輩!怪我はありませんか?」


混乱を極めるジェイドの前に現れたのは、今にも泣き出しそうな顔をしている小エビー基い、オンボロ寮の監督生。
その背後には、「オ……オレ様は何も悪くねーんだゾ!」「いや、今のは完全にお前のせいじゃんか!」「おいコラ、エース、グリム!落ち着け!」と言い争う、1年A組の問題児たち。

―ああ、なるほど……僕は今、合同授業の最中に彼らのトラブルに巻き込まれて、何らかの魔法薬を被ってしまったのですね。

ジェイドがそう理解したその時、「ビークワイエット、仔犬ども!」と凛とした声が響き渡った。


「トラッポラ、グリム!お前達は後で俺のところに来い!躾直してやる!」

「ふなッ!?」「はぁああ⁉」

「そしてジェイド・リーチ。……どこか身体に違和感はないか?」


そう尋ねられたジェイドは、首を回してみたり、指を動かしてみたり、一通り身体を動かしてみた。
いつもと変わらぬ様子の彼の姿を見て、「大丈夫そうだな」とクルーウェルはほっと溜息を吐く。


「……先生。僕が被ってしまったのは、一体どういった類の薬なのですか?」


ジェイドがそう尋ねると、クルーウェルは腕を組んで解説をし始めた。


「簡単に言うなら、真実薬の一種だ。経口摂取用の薬で、尚且つ一定の量を口にしないと効果が出ない薬だったのが幸いしたな」

「おや、それは良かったです。では、一旦シャワーを浴びて来ても?」

「それは構わないが、万が一のこともある。暫くは様子を見た方が良いぞ」

「それもそうですね。かしこまりました。……なまえさん」

「えっ、はい!」


突然声を掛けられた彼女は、ビクリと肩を震わせて顔を上げる。


「今日1日、僕の傍について、監視をしていてもらえませんか?僕に何があっても、直ぐに対処ができるように」

「え……でも、」

「監督生さん。……責任、取っていただけますよね?」


ぐい、と顔を近付け、ジェイドは歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。

―ああ、もうなるようになれ。

なまえは溜息を吐くと、「……分かりました」と言って天を仰いだ。


☆★☆


ジェイドに強制的に監視を頼まれてから数時間。
今、彼女はモストロ・ラウンジに来ている。
彼はホールスタッフとして働いている真っ最中で、もう既に監視の必要が感じられない程軽やかに動いていた。


「もう……帰っても良いかな……」


げっそりとした表情のまま、なまえはぽつりとそう呟く。


「いけませんよ、監督生さん」


すかさず返って来たその答えに、彼女はギクリと身体を震わせた。
誰にも聞こえないくらいの声量のつもりだったのに、ジェイドはそれを聞き漏らしてはくれなかったらしい。
少女のグラスに水を注いだその男は、「ねえ、なまえさん」とうっそりとした笑みを浮かべてみせた。


「今回の一件、僕はそんなに気にしていないのですが……もし、貴方が気に病んでいるということであれば、対価を支払ってくださっても良いのですよ」

「え……私、別に気に病んでなんかな―」

「できれば、貴方には1ヶ月間、モストロ・ラウンジここでアルバイトをしていただきたいのですが」


にこにこ、にこにこ。

―笑顔の筈なのに、なんだろう……この圧は。

ゴクリ、と、監督生は生唾を呑み込む。


「あの、お断りしま―」

「対価を。支払って……いただけますよね?」

「……」


……これ、絶対に断らせて貰えないヤツじゃん。

なまえはガックリと肩を落とすと、「よろしくお願いします……」と、か細い声でジェイドに告げたのだった。


☆★☆


先日の魔法薬の一件以来、ジェイドに少しばかり苦手意識を持ってしまった監督生は、彼との契約で1ヶ月の短期バイトを始めたにも関わらず、同じアルバイトスタッフのラギーや双子の片割れのフロイドにばかり仕事を教えてもらっていた。
もちろん、それをもう1人のウツボが良しとする筈もなく。


「監督生さん。貴方……一体誰に対価を支払っているとお思いで?」


ある日の昼休み、空き教室に強制連行されたなまえは、壁際に追いやられ、ジェイドの長い脚に行く手を阻まれていた。
いわゆる、『足ドン』というヤツである。

―やだ何この物騒な人魚本当に怖い。

小エビは顔面を真っ青に染め上げ、震える声で謝罪の言葉を繰り返す。
ジェイドはそれを見て目を細めると、ゆっくりと脚を地面に引き戻した。


「ねえ、なまえさん。貴方、僕のこと、嫌ってますよね?」

「へ」


唐突に告げられた突拍子も無い一言に、彼女は間の抜けた声を上げる。
その様子を見た彼は、「やはりそうでしたか……」と、大げさに嘆き悲しんでみせた。


「それで……貴方は僕のどこが気に入らないのですか?」

「ま、待ってください!私、別に先輩のこと、嫌いな訳じゃないんです!」


監督生の言葉に嘘はない。
確かにここ最近はジェイドのことを避けてばかりいたが、本当に嫌いなのかと問われると、そうではないからだ。
だが、その言葉を鵜呑みにしてくれるほど、ジェイドは素直な性格をしていない。


「では……なまえさんは、僕のどこがお好みなのですか?」

「え」


ビシリ、と、少女は石膏像のように固まった。
確かに『嫌い』の反対は『好き』だけど……だからってその質問はちょっといかがなものなのか。
完全に静止してしまった彼女の様子を見て、ジェイドが泣き真似をして追い打ちを掛けてくる。
それに若干の苛立ちを覚えつつも、焦りを覚えてしまったのもまた、逃れようのない事実で。


「し、シンプルに……顔が好みです!」

「は?」


思いがけない返答に、今度はジェイドが目を見開く番だった。
一方のなまえは、短絡的すぎる自分の答えに泣きたくなったが、言ってしまったからには引き返す事などできない。
キッと彼を睨み付け、自棄になって再び口を開く。


「だから!シンプルに!貴方の顔が好きです!これで満足ですか⁉」


彼女はジェイドのネクタイをグイと引っ張り、自分の方に引き寄せた。
唇が触れてしまいそうなほど近いその距離に、ハッとなまえは我に返る。
慌ててネクタイから手を離し、大きな身体を突き飛ばそうとしたところで、逆にあちらから手首を掴まれてしまった。


「ちょ……っと、痛ッ、ジェイド先輩!」

「……ふふ、フフフフフフ」


ジェイドは片手で口許を押さえ、気味の悪い声を発して笑っている。
そして、ギリリ、と掴んだ儘の彼女の手を自分の方に引っ張ると、鋭い歯を剝き出しにして凶悪な笑みを浮かべてみせた。


「なるほど、そういうことでしたら……僕も、遠慮は致しません」

覚悟、しておいてくださいね。


耳元でそう囁き、フッ、と彼女の耳に息を吹き掛ける。
「ひゃあ⁉」と悲鳴を上げる監督生を見て満足げに笑みを浮かべたその人魚は、クスクスと肩を揺らして愉しげに笑っていた。

翌日から、ジェイドは必要以上に監督生に絡むようになる。
フロイドやラギー、果てにはアズールに助けを求めても、呆れたような視線を向けられるだけで。


「ヤダよ。ジェイドの邪魔したらぜってぇめんどくせぇし」

「オレには関係ないッス。寧ろオレのこと、巻き込まないでくださいね」

「アレは一度好奇心を持ったら最後、どこまででも追い続けるような男なので。可哀想ですが、諦めてください」


―先輩たちのバカ!

最後の頼みの綱として、ダメ元でアズールに契約を持ち掛けてみるも、「その手の取引には応じないと、ジェイドと取引をしていますから」と断られてしまった。

可哀想な彼女に忍び寄るのは、マトモな皮を被った、マトモじゃない方のウツボだけ。


「……もうやだ。ウツボなんてきらい。……ジェイド先輩なんて、だいっきらい」

「……すみません。少々、苛めすぎてしまいましたね」


バイトを始めて2週間が経った頃、いよいよ泣き出しそうになっていたなまえを見て申し訳なさそうに呟いたジェイドは、壊れ物を扱うかのようにそっと彼女に触れ、自分の方へと引き寄せた。
それが引き金となり、なまえはワンワンと子供みたいに大泣きをする。
彼は何も言わず、ただ黙って背中を擦り、落ち着くまでは彼女の傍を離れなかった。

その翌日以降、ジェイドは甲斐甲斐しくなまえの世話を焼くようになる。
重い荷物を持ち上げる彼女の腰にさりげなく手を回して支えたり、ラウンジに来ていたサバナクロー寮生がなまえに触れようとした瞬間に、にこやかな笑みを浮かべて制裁を加えたり。


「げぇ……ジェイドのアレ、見た?あの様子だと、もう小エビちゃんはジェイドから逃げらんないねぇ。……かわいそーに」


あまりの変わりように、フロイドを始め、スタッフは皆、安堵を越えてドン引きをしていた。


☆★☆


そしていよいよ、短期アルバイトの最終日。


「監督生さん」


最後の仕事が終わり、彼女がNRCの制服に着替えようとすると、どこからともなくジェイドが姿を現した。


「ジェイド先輩。……今まで、本当にお世話になりました」

「いえ、こちらこそ。楽しいひとときをありがとうございました」

「……では、私はこれで」


なまえがジェイドに背を向けると、「待ってください」と手を掴まれる。


「今日は、貴方にお渡ししたいものがあるんです。……皆さんがお帰りになるまで、ここで待っていていただけませんか?」

「……はい」


―何だろう、渡したいモノって。

頭の中に大量の疑問符を浮かべながら、少女はぼうっと大きな水槽を見つめてその時を待つ。
それから十分後、再び彼女の前に姿を現したジェイドは、「監督生さん」となまえの背中に呼び掛けた。


「1ヶ月間のアルバイト、本当にお疲れ様でした。……これは、僕からのほんの気持ちです」


そう言って差し出されたのは、洒落た紙袋と、小さな手紙。
戸惑いながらもそれを受け取った監督生は、「開けても良いですか」と囁くような声でそう尋ねた。
ジェイドが黙って頷いたのを確認し、なまえはまず紙袋の中身を開ける。
そこに入っていたのは、ツイステッドワンダーランドでも有名なブランドのヘアミストで、なまえは思わずそれを突き返した。


「せ、先輩!こんな高価な物……とてもじゃないけど戴けません!」

「いえ、ぜひ、もらってやってください。……僕の善意を、無駄にはしないで」

「う……」


―そんな棄てられた仔犬のような視線を向けないでほしい。

彼女は暫くの間悶々と考え込んでいたが、「……じゃあ、お言葉に甘えて」と最終的にはそれを受け取った。
それからなまえは、同封されていた手紙の方にも目を向ける。


『監督生さん
この度は、モストロ・ラウンジのお手伝い、ありがとうございました。
ささやかながら、この度のお礼を差し上げます。
今度はぜひ、お客様としてお越しくださいね。
新作パフェと共に、お待ちしております。
Jade Leech』


「ジェイド先輩」


全ての文章を読み終えた後、手紙を握る指先に少し力を込めながら、彼女は目の前の美しい人魚に向かって呼び掛ける。


「2週間前は先輩のこと、『嫌い』って言いましたけど……私、本当は貴方のこと、苦手じゃないですよ。今はどちらかと言うと好きよりです」

「え……」

「プレゼント、ありがとうございました。……じゃあまた明日、学校で」


にこり、と笑みを浮かべ、なまえは今度こそ、彼に背を向ける。
去り行くその後ろ姿に、ジェイドは胸の高鳴りを覚えてしまった。


「ふふふ……ああ、そうですか。これが……この感情が、『恋』というものなのですね」


きっとこの場に片割れがいたら、「え、今更?気付くの遅くね?」と眉を顰めていたことだろう。
だが、ジェイドは今、はっきりと、自分の中で認識したのだ。
自分は、なまえのことが、好きなのだと。


「人魚の愛は重いんです。……まずは、それをご理解いただかなくては」


屈強なサバナクロー寮生でさえも裸足で逃げ出すような凶悪な笑みを浮かべ、彼は彼女の背中をじいっと見つめる。

堕とすなら徹底的に、仕留める時は一瞬で。

彼は心の中でそう詠唱すると、すぐに頭の中に計画を思い浮かべるのだった。

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