短編
4 Stories with…feat.

『4 Stories with…』とは
舞燐とその友人とのコラボ企画(?)
ネタ提供、手紙の文章作成→友人
プロット、小説本文作成→舞燐

1つの贈り物(某高級ブランドのヘアミスト)に対して、4つの異なる世界線からメッセージ(手紙)が届いたよ、というもの。

元々、友人が舞燐に対し、4人のキャラからの誕生日のお手紙として、手書きメッセージを送ってくれたことが、この企画のきっかけです。

まあ、4つの世界線は全く繋がってないので、特に設定気にせず読める…と思います。

それでは、どうぞお楽しみください。


☆★☆


某遊園地の中に佇む高級ホテル。
首領からの命を受けて久し振りにヨコハマ以外の地に降り立った私は、標的が現れる場所に当たりを付けるべく、ホテル内の地図に目を走らせていた。
今宵の任務は、某IT企業が抱えている敵対組織の機密情報を、秘密裏に持ち帰ること。
情報の持ち主―詰まり、今回の標的となるその人物は会社の常務で、今日はこのホテルで敵対組織の長と会食を行う予定なのだとか。
敢えて裏社会に通じるホテルを使わず、夢と魔法に満ち溢れたこのホテルを選んだのは、私達のような組織の裏を掻く意図があったのだろう。
だが、そんな敵の思惑すらも見抜き、此の場所に私を召喚した首領の慧眼には、目を見張るものがある。
だからこそ―私が此処で失敗する訳にはいかないのだ。

―小宴会場……は、今日は予約は入っていないし……そうなると、やっぱりレストラン、かな……あとで予約状況のデータにも侵入してみないと……

ブツブツと独り言を呟いていた私は、気配を消して近づいて来る『彼』に気が付くことが出来なかった。
ふわり、と懐かしい香りが鼻を掠めたことに気が付き、目を見開いたその瞬間。
背後から、包帯だらけの腕の中に引き寄せられる。


「やァ、なまえ。ご無沙汰」

「太宰……え、如何して?」


太宰治―元ポートマフィアの最年少幹部様で、今は武装探偵社の一員である。
4年振りに姿を現したのに、あの時と変わらぬ様子で平然と話しかけてくる、元同僚の男。
そして……初心ウブだった私の、初恋の人。
久方過ぎる再会に混乱し、言葉足らずになってしまったが、太宰はそんな私の言いたいことをきちんと汲み取ってくれたようだった。


「社長からの命を受けてね。此のホテルで行われる裏取引を止める為に此処に来たのだよ。その様子だと……君も、森さんから同じような任務を言い渡されたんでしょ?」

「……組織を離れた貴方には何も教えられない」

「釣れないなァ。あの中也だって、ポートマフィアの利益の為なら私とだって厭々手を組むのに」

「……」


自分でも、苦虫を嚙み潰したような表情をしているのだろうな、というのが厭でも解る。
確かに太宰の云う事は尤もで、今回探偵社と手を組めば、任務が滞りなく進むのだろうということは、誰の目から見ても明らかだった。


「……私達は、別に取引を止めようとは思ってない。ただ、其処で使われる機密情報が欲しいだけ」

「成る程。それなら好都合だね。私と協力して、さっさとこの下らない仕事を終らそうじゃないか」


頼りにしてるよ、なまえ。

太宰はそう云って私の肩をポンと叩くと、砂色の外套を翻して颯爽と歩き始める。
懐かしいな。
あの頃も、立場的に上司である太宰は、何時も私の目の前を歩いていて、私はそれを必死に追いかけていたっけ。

……駄目だ、思い出しちゃ。
もうあの頃とは、何もかもが違うんだから。


「待ってよ、太宰」


私は過去の思い出に蓋をするようにフルフルと首を振ると、直ぐに太宰の後ろ姿を追いかけた。


☆★☆


結論から云うと、任務は私が当初想定していたよりも呆気なく完了した。
限られた情報から敵の意図を的確に見抜き、たった数十分で最適解な作戦を練り上げた彼は、流石、最年少幹部に上り詰めただけの事は有る。
4年の月日が経っていても、太宰は矢っ張り太宰で、考え事をする時にトントンと人差し指で頭を鳴らす癖とか、伏し目になった時に分かる外向きに伸びた綺麗な睫毛とか、そういうのを目の当たりにすると、厭でもあの頃の感情が沸き上がって仕舞った。
だから私は、仕事が終ったら、其の儘太宰の前から姿を消して仕舞いたかったのに。


「久しぶりの再会なンだ。一寸だけ付き合ってよ」


結局、太宰のその一言に抗う事が出来なかった。
私達はホテルのラウンジに足を運び、それぞれ1杯ずつ、飲み物を注文する。
私としては、ウヰスキーのロックを一気に煽って直ぐに帰りたかったのだけど、此方が吞み終えてしまうよりも先に彼が次の注文をしてしまう為、私は一向に帰る事が出来なかった。


「……ザルの癖に、何でそんなにチビチビ呑んでるの?」


―お願いだから、もう帰らせてよ。


「別に、私がどう楽しもうが私の勝手でしょ?今日はしっぽり呑みたい気分なだけ」


―お願いだから、もう此れ以上、こんな惨めな気持ちにさせないで。


そんなこんなで、私が4杯吞み切り、太宰が2杯目を注文したその瞬間。


「……もう、好い加減にしてよ」


遂に、私の堪忍袋の緒が切れた。


「4年前、行き成り姿を消した癖に、何で今更になってのこのこ出て来たの?如何して、そんなに平然としていられるの?私がこの4年間、どんな想いでいたかなんて知らない癖に……。太宰は、私がアンタのこと好きだっていうの、もう疾っくに知っているんでしょう⁉私は今、太宰の顔を見るだけでも辛いんだよ……もう……家に帰してよ……!」


解ってる。こんなのは、只の八つ当たりだ。
太宰は、私が此処にいることを強要している訳じゃない。

私が帰れないのは、ただ私が、帰りたくないだけだから。
私が帰れないのは、ただ私が……今でも、彼の事が忘れらないから。

弱くて狡くて、惨めな自分が厭になる。
気が付けば、私の瞳からは、ボロボロと涙が溢れていた。
泣いて可哀想な人を演じようとするなんて、こんな事でしか自分を守れないなんて……私は何て最低な女なのだろう。
そう考えたら更に泣けて来て、私は彼に背を向けて目頭をハンカチで押さえた。


「なまえ、ごめんね」


太宰は唯そう云って、私を自身の腕の中へと引き寄せる。
そのままポンポンと頭に手が乗せられ、それから、ゆっくりと髪を撫でられた。
それが如何しようもなく嬉しいのに、私は何処までも素直になれなくて。


「やだ……離して」

「離さない」

「何、で……こんなの、酷い、酷すぎる……太宰なんて大っ嫌い」

「それでも好いよ。私がこうしたいだけだから」


毒のように甘いテノールボイスに包み込まれ、段々と眠気に誘われていく。

……もう、何も考えたくない。

そう思った瞬間にふっと身体から力が抜けてしまって、私は欲に身を任せてそっと目を閉じた。


☆★☆


「……寝ちゃったか」


腕の中で寝息を立てる彼女を見て、太宰は小さな声でそっと呟いた。
彼はなまえを横抱きにすると、予め取っておいた部屋に足を運び、そこの寝台にそっと彼女を横たえる。
そして太宰は、デスクの上に置いていた鞄から『ある物』を取り出した。
彼は今日、みょうじなまえが此のホテルに1人で現れる事を知っていた。
だからこそ、本当は中島敦と泉鏡花に言い渡されていた今回の任務を、社長に頭を下げて代わりに請け負ったし、『此れ』を彼女に渡す心算で、持って来ていたのだ。
チラリ、となまえに視線を遣る。
未だ彼女の頬には涙の痕が生々しく残っており、時折苦しそうに表情を歪ませていた。
太宰は備え付けのメモ帳にサラサラと文字を書き込むと、『ある物』の上にそのメモをそっと乗せる。
そして、自分の荷物を全部纏めると、再びなまえの元へと近づいて行った。


「……御免ね、名前」


彼女の髪を梳き乍ら、小さく呟く。
そして、眠る彼女の瞼にそっと口づけると、そっとその部屋から姿を消したのだった。


☆★☆


「うう〜……気持ち悪い……」


翌朝、一番に私を襲ったのは、倦怠感と吐き気の嵐だった。
ガンガンと痛む頭を押さえ乍ら、昨日は如何したんだっけ?と思考を巡らせる。
確か、ホテルで太宰と会って、一緒に任務を終えてからラウンジに行って……それで?
そこで初めて、私は今居るのが自分の部屋では無い事に気が付いた。


「え……待って、此処、何処?」


取り敢えず、服をしっかり着込んでいるという事だけはきっちりと確認をして、ほっと安堵の溜息を漏らす。
それから直ぐに、窓の外に目を向けると、某遊園地の象徴シンボルである大きな火山が、空に向かってもくもくと煙を放っているのが見えた。
と、いうことは、此処はあのホテルの客室なのだろう。
一体誰が、と言うのは考えるまでもなかった。
嗚呼、4年前あの時と同じように、私はまた置いて行かれたんだな、と、一瞬にして悟って仕舞った。


「……狡いなァ」


私も大概だけど、何も云わずに立ち去るあの男も、中々に卑怯な処があると思う。
でもまァ、そんな処も含めて好きになって仕舞ったのだから、愛とは恐ろしいものだ。


「……あれ?」


そして私は、デスクの上に、小さな箱が置いてある事に気が付いた。
私のじゃない……ということは、真逆まさか太宰が忘れて行ったのかな。
寝台から立ち上がり、そろそろとデスクに向かって近づいて行く。
そこには、某有名ブランドの商標ロゴが描かれた箱と、小さなメモ用紙が置いてあった。


『美しいお嬢さんへ
さようなら。楽しい夜を有難う。
私からのほんの気持ちを受け取っておくれ。
また逢う事が有れば、私と心中して呉れるかい?
勿論、此の香りと共に 太宰』


「ッ……」


続けて箱の中身を見た私は―ぐしゃり、と、置き手紙を持つ手に力を込めて仕舞う。
自分でも訳が判らない儘、私の瞳からは再びポロポロと涙が零れ落ちた。


「使えないよ、こんなモノ……」


『それ』は、4年前に初めて彼からもらった香水と同じ匂いのヘアミストだった。
当時の私は、その香水が一等お気に入りだった。
毎日それをつけていたし、香りを褒めてくれた中也や姐さんにも、よく自慢をしていたっけ。
でも、太宰が組織を抜けてからは、一切それを使えなくなって仕舞った。
あの香りを纏って仕舞ったら、厭でも彼の事を思い出して仕舞いそうで。
全然忘れられなかったけど、少しでも忘れて仕舞いたくて、私は泣き乍らその香水をごみ箱に捨てたと云うのに。

太宰は……どうしても、忘れさせては呉れないらしい。

まるで呪いだな、と私は思った。

何時になったら、私は彼の呪縛から解き放たれるんだろう。
どうか、私も彼も、自由を手に入れられる日が来ますように。

私はヘアミストをぎゅっと胸元に抱き寄せ、祈るように目を閉じたのだった。

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