短編
In the box! Feat.

どうしてこうなった。

その部屋−いや、空間と言うべきか、とにかくそこに私は佇んでいた。

昨日はいつも通り学校に行き、放課後は陽菜乃ちゃんと桃花ちゃんとお茶をして、家に帰って勉強してご飯を食べて、お風呂に入ってLINEをちょっとだけ返してから自分の部屋でちゃんと寝たはずだ。
それなのに何で、


「何でこんな所に閉じ込められてるの」


そう、私は目が覚めたら、何も無いただ真っ白な立方体の中に閉じ込められていたのだ。
うちのクラスで1番の問題児、赤羽業と一緒に。


「ちょっと落ち着きなよ、みょうじ」

「お、落ち着ける訳ないし!ここ何処?何でこんなとこにいるの私達!?」

「知らないよ俺だって。でもパニクってたってなんも始まらないじゃん」

「う……確かに」


カルマの言う通りだ。此処で冷静さを失っていても仕方がない。まずは今自分達が置かれている状況を確かめないと。
この空間をぐるり、と見回してみると、大した広さはないようで、教室の半分にも満たない位の大きさだった。
どこに目を向けてもただひたすらに白が広がっているだけで、ずっと見ていると目がおかしくなりそうである。
それでも目を凝らして辺りを見回していると、


「あ、」

「何か見つけたの?」

「あそこ、何か落ちてる」


私は立方体の角まで歩き、落ちている物を拾い上げる。


「何それ」

「なんか、メッセージカードっぽいよ」

「へえ……何て書いてあんの?」

「んー……ごめん、よく分かんない。カルマなら解るんじゃない?」


私はそう言ってカードをカルマに手渡した。

"医学的定義:弓状筋肉の収縮状態における構造的並列"

そこに書かれたその文字の羅列を見て、カルマはぎょっとしたような表情を浮かべる。


「ねえ、どういう事?」

「……みょうじ」


カルマは躊躇いがちに口を開いた。


「この、『弓状筋肉の収縮状態における構造的並列』ってのは、要するに日本語で言う接吻の事を指してる。どういう事か解るよね?」

「接吻……てことはつまり、」

「……この部屋から出る為には、俺とみょうじがキスをしなくちゃいけないんだと思う」

「はぁ!?」


な、ななななんで、そんなっ。


私は自分の顔に熱が集まるのを感じた。
意識したくないのにカルマの唇に目が行ってしまって、余計に心臓がばくばく鳴ってしまう。


「待って、ちょっと待って。え、冗談でしょ?」

「この状況で冗談なんて言う訳ないじゃん。
で、どーすんの?やるの?やらないの?」

「や、で、でもっ」

「あーもう、つべこべ言ってないで覚悟決めなよ」

「へ?いやいや待ってちょっとねえ嘘でしょ!?」


だんだんと距離を詰めてくるカルマを遠ざけるように、私は1歩ずつ後ろに下がる。
だが、所詮は狭い箱の中、すぐに壁に背が当たってしまった。


「おーっと、どこに行くの」

「ひぃっ!」


カルマの脇から逃げようとするも、アイツの長い両腕が私を壁際に閉じ込めるように伸びてくる。
これじゃ、もう逃げようがないじゃないか。
しかも私とカルマの身長差は約20cm。めちゃくちゃ上から見下ろされてる感じがしてすごく恥ずかしいっ。


「……みょうじ、こっち向いて」

「やだ」

「はぁ……子供みたいなこと言ってんなよ。いい加減覚悟決めてもらわなきゃ一生この部屋から出られないまんまなんだけど?」

「……でも、だって……」


私はずっと前からカルマの事が好きなのだ。好きな人とキスできるのは喜ばしい事なのかもしれないけど、それ相応の覚悟というのも必要な訳で。


「なまえ」


え?

いきなり名前で呼ばれた事に吃驚して、私は思わず顔を上げる。


「大丈夫、俺ビッチ先生の独断と偏見によるE組のキス力ランキング上位だし……それにちゃんと責任は取るからさ」

「え? んッ!」


その言葉の意味を理解出来ないまま、カルマの唇が私のそれと重なった。
ちゅ、と言うリップ音と共に、カルマの顔が離れていく。


「……な、なななな何して、」

「んー、やっぱこれだけじゃダメか」

「ちょっと、人の話聞いて−んぅ!?」


私が最後まで言い終わらない内に、カルマは再び唇を重ね合わせて来た。
しかも今度は、開きかけていた私の口の中に舌を入れてくるというおまけ付きである。
壁についていたカルマの手はいつの間にか私の顔を掴んでいて、私はというと、気が付いたら縋るようにカルマの服の裾を掴んでいた。

そのお陰、と言うべきか、私達は無事にあの箱の中から出る事が出来たのだけど、それ以降カルマは教室内で人目も憚(はばか)らず私に抱きついてきたり不意打ちで頬にキスをしてきたりするようになり、莉桜姐にからかわれるわ殺せんせーにスクープされるわで、毎日頭を抱える事となった。


もうやだ恥ずかしすぎて泡になって消え去りたい。

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