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1.
「今日の昼間は街に出てみようか」
ある日、臨也さんが唐突にそう言った。
今迄外出を禁止されていた私としては、どういった心境の変化なのだと思ってしまうのが現状だ。
「……なんで、いきなり、」
「んー……ま、唯の気紛れかな」
あはは、と笑いながらその人は肩を竦める。
「まあ出掛けるって言っても、勿論君1人では行かせないよ?俺も君に着いていくから。それでも行きたいならだけど……どう?」
「……行きたい、です」
だって、昼間の池袋なんて、殆ど行ったことがないから。
臨也さんは私の答えを聞くと、「そっか」と言ってニコリと笑う。
何だか今日の臨也さんは、いつもよりも凄く優しい目をしていて、いつもこんな風だったら良いのにと思ってしまった。
……怖いから口には出せないけど。
♂♀
臨也さんに手を引かれて、私は池袋の街の中を進んで行く。
初々しいカップル、忙しそうなサラリーマン、仲の良さそうな家族連れ、黄色い布を身につけた柄の悪そうな人達……
街は、色々な人間で埋め尽くされていた。
「此処が60階通り。あっちがハンズで、駅もすぐ近くにある」
臨也さんは私に1つ1つ説明しながら歩いて行く。
そんなに詳しく説明されても、私は滅多に外に出られないんだから意味ないのに。
そう思いながら、私は繋がれた手に視線を移した。
『逃げられたら困るからね』と言って手を繋ぐ事になったが、周りの人からは私と臨也さんはどう見えているんだろうか。
これじゃ、まるでカップルみたいだ。
「なまえちゃん、聞いてる?」
「えっ?あ……すみません、ボーッとしてました」
「……俺の事無視するだなんて良い度胸してるよね」
そう告げた臨也さんの声はいつもよりも低くて、途端に瞳が冷たくなった。
「ひっ……」
私は思わず小さく悲鳴を漏らす。
臨也さんはそんな私を一瞥すると、掴んだ手に力を込めてズンズンと歩き始めた。
「痛っ!臨也さん!そんなに力込めないで下さい!痛いです!」
私がそう叫んだ時だった。
ズガシャアァァァァーン!!
凄まじい音と共に、私の横をスレスレで自動販売機が飛んで行く。
……ん?
自動販売機?
「いーざーやーくーん」
その人は、低いハスキーボイスと共に私達の前に現れた。
金髪にサングラス。
細身で長身の身体に、バーテン服。
この人、もしかして。
池袋の都市伝説の……
「……シズちゃん」
臨也さんはその人の姿を見た途端、露骨に顔を顰めた。
「俺は……『シズちゃん』じゃ……ねえぇぇっ!」
シズちゃんー基い、『池袋の喧嘩人形』平和島静雄さんは、臨也さんに向かってそう怒鳴るや否や、標識を持ち上げて私達の方に向かって投げつける。
「おっと」
臨也さんは途端に私の手を離すと、その場から飛び退いた。
……え?
私の方に向かって標識が飛んでくるが、私は間一髪でそれを避ける。
「あーあ、コレだから半純血は困るよねえ。野蛮だし、凶暴だし。
この子はギリギリ避けたけどさ、もし当たってたらどうするつもりだったの、シズちゃん?」
臨也さんはそう言って態とらしく肩を竦めた。
って言うか、『半純血』ってどういう事なんだろう。
まさか、平和島さんも……ヴァンパイア、なの?
「……」
チラリと平和島さんを見ると、彼は何も言い返せず俯いて拳を握り締めていた。
そんな彼の姿が、私にはとても儚く映って。
「あ、あのっ」
私は、気が付いたら平和島さんにそう呼び掛けていた。
「わ、私、怪我、してないので!
大丈夫、なので!
平和島さんが、そんなに気に病む事ないです!」
私のその一言に、平和島さんは顔を上げた。
臨也さんも、ほんの少しだけ目を見開いている。