9.
「おい太宰!」
バァン、と派手な音を響かせて、中也は太宰の執務室に入って来た。
「五月蝿いなぁ。幾ら中也に怪力しか取り柄が無くても、もう少し普通にドア開けられるでしょ」
「黙れ木偶、そンな事より手前に聞きたい事がある」
「何、任務の話?其れなら先刻―」
「違ェよ」
中也は眉間に皺を寄せながら口を開く。
「手前、有吉爽子とは知り合いか?」
「!」
「その反応……矢張り知っているンだな」
小さく息を呑んだ太宰を見て、中也はそう呟いた。
「中也こそ何で知ってるの、爽の事」
「彼奴のバイト先が俺の行き着けの居酒屋だからな」
「ああ……成程ね」
太宰は納得したように頷いた。
「私は爽の後見人みたいなものだよ。彼女は元々横浜の人間じゃないからね。私が彼の娘に住む処を貸してあげているのだよ」
「……は?本気(マジ)で云ってンのか、手前」
「うん」
あっけらかんとした態度で答える太宰を見て中也は唖然とする。
そンな事全く知らなかった。
自分の知らない爽子の事を知っている様子の太宰を見て、中也はじわじわと苛立ちを募らせる。
「其れより如何してそンな事を聞くのさ?別に私と爽が知り合いだろうがそうじゃ無かろうが、君には関係の無い事だろう?」
「関係無い方が互いに幸せだったンだがなァ」
中也は大袈裟に溜息を吐いた。
「俺は彼奴に、自分がマフィアの一員だって事を黙ってた。だが、俺が手前と任務の電話をしてるって知った瞬間、彼奴は俺がマフィアだって見抜いちまったンだよ。詰まり、彼奴は手前がマフィアの一員だって知ってるって事だろうが」
「へェ!中也にしては名推理じゃ無いか!」
「莫迦にしてンのか手前」
中也はドスの利いた声を浴びせる。
「爽は私がポートマフィアの最年少幹部だと云うことを知っているよ。序でに云えば、私が異能無効化の能力を持っている事も知っている」
「は?……おい太宰、真逆―」
「うん、爽は異能力者だよ」
大嫌いな相棒から告げられた真実に、今度は中也が絶句する番だった。
◇◆◇
中也がポートマフィアの一員だった。
突然知ってしまった事実に、思考が完全に停止してしまった。
―漸く、普通の幸せを手に入れられたと思ったのに。
―私は矢っ張り、異能力というものから離れられない運命なのかな。
爽子は自分の掌をまじまじと眺める。
昔から、自分の異能力なんて大嫌いだった。
殺戮と催眠、催淫に特化した自分の異能なんて、まるで殺し屋になる為に産まれてきたかのようで厭だった。
―もう、誰も傷つけたくないのに。
爽子は胸に手を当てる。
目を閉じると、頬を一筋の雫が伝って落ちていった。
矢張り、生きる事に希望を見出だすべきでは無かったのだろうか。
空を見上げる。
今夜は星が善く見えた。
其れは見惚れてしまう程に綺麗で、爽子は鶴見川の岸まで駆け寄り、其処に座り込む。
―此の儘、川に飛び込んで仕舞おうか。
太宰曰く、彼は初中後(しょっちゅう)此の川に飛び込んで入水自殺を謀るらしい。
『清く明るく元気な自殺』をモットーに掲げ、自殺をする時に痛いのは厭だ苦しいのは厭だと豪語している太宰だが、入水自殺も中々苦しいのでは無いか、と爽子は何時も話を聞く度思っていた。
―其れに、入水自殺は死体も美しくないんだろうな。
自分の溺死体を想像して、爽子は頭を小さく振る。
―駄目だ、未だ死ねない。
―太宰さんと、約束したじゃないか。
『若し君が生きるのに疲れて、且つ全てを終わらせる覚悟が出来た時には、私が此の手で君を殺してあげるよ』。
太宰と初めて会った日に言われた言葉。
彼の日から、其の言葉は呪いのように爽子に絡み付いて離れない。
だからこそ、彼女は今迄自分で命を絶つ事無く生きて来られたのだ。
其れを、此処で、こんな処で終わらせて善いのか。
「……行かなきゃ」
中也の処に。
爽子は立ち上がった。
先ずは謝ろう。
中也の前から、勝手に逃げ出してしまった事を。
それから、ちゃんと話をしよう。
私と中也の、其々の話を。
「爽ちゃーん」
ふと、背後から声がした。
聞いた事の無い声だな、と思い乍らも、反射的に後ろを振り返る。
ガツンッ。
相手の顔を確認する前に、頭に思い切り衝撃が走った。
―嗚呼、私殴られたのか。
沈んでいく意識の中で、爽子は頭の中でそう呟いて目を閉じた。