11.

side:N

『爽が行方不明だ』


太宰の其の言葉が俺の頭の中でガンガン鳴り響いている。
なァ嘘だろ、そう云って笑い飛ばせればどれだけ善かった事か。


◇◆◇


「首領。緊急で申し訳無いのですが、私と中也を次の任務から降ろして下さい」


気が付いたら、俺は太宰に引っ張られて首領の部屋を訪れていた。
首領は任務前に突然訪ねてきた俺達に驚くも、俺達に向かって質問を投げかける。


「……理由を聞いても善いかな?」

「貴方が気に掛けていた有吉爽子が何者かに連れ去られたからです」

「嗚呼……太宰君が拾ったという例の彼女か」

「爽を見つけたのは織田作です」


首領は太宰の言葉を聞いてから一瞬目を瞬かせるも、直ぐに「そうだったね」と云って小さく笑った。


「でもね太宰君、悪いけど、許可を出す事は出来ないなあ。拐かされたのが幾ら君が匿っている娘とはいえども、彼女はポートマフィアの一員では無いだろう?其の娘を捜し出す為に貴重な君達2人の戦力を使うのは余りにも非合理的だ」

「……」


首領の云っている事は正論だ。
だからこそ太宰も反論出来無かったのだろう、俺の隣で悔しそうに拳を握り締めていた。
此処で漸く冷静になって来た俺は、チラリと太宰を見てからゆっくりと口を開く。


「では首領、せめて俺だけでも彼女を捜す許可を頂けないでしょうか?」

「中也君?」

「俺も爽とは面識が有ります。太宰の野郎は幹部として任務を指揮しなければならない立場にいますが、俺なら今回の任務から外れても大丈夫かと」

「ふむ……だがねえ、今回の任務に於いて真面に闘える戦闘員は中也君だけなのだよ」


首領はそう云って顎に手を宛てた。


「どうしても彼女の捜索を優先させたいと云うのであれば……もっと其れなりの理由が必要になるねえ」

「例えば、彼女をポートマフィアに引き込む−とか?」


太宰の冷ややかな声色に、俺は眉間に皺を寄せた。
長年太宰と共にいる俺は判る。太宰は怒ると熱くなるのでは無い。一気に冷えるのだ。

此奴、相当怒ってやがる。


「首領が何をお考えかは知りませんが、私は爽を此方側に引き込む心算は有りませんし、彼女自身其れを望んではいません。貴方がその心算なら、私は貴方を頼る迄も無く事態を解決するだけの話です。
……では、失礼します」


太宰は一気にそう云い切ると、さっと外套を翻して其の場を立ち去って行く。
俺も慌てて奴の背中を追い掛けた。


「で?あンだけの大口を叩いておいて、一体此れから如何する心算なンだよ」

首領の部屋から完全に離れた処で、俺は太宰にそう尋ねる。


「却説、如何しようねえ。
予想していたとは云え、矢張り首領には許しを貰えなかった。とすると、だ。此処は私と爽の共通の知り合いである友人の力を借りるしか無い、かな」


太宰はそう云って俺に携帯電話の画面を見せる。

嗚呼、成程。

其処に映し出された男の名前を見て、俺は屹度此奴なら場所を割り出してくれるだろうと確信した。


「……中也、行こう。15分で片を付けるよ」


何時に無く真剣な太宰の言葉に、俺は小さく頷いた。


◇◆◇


「提案?」


一方の爽子は、突然のヴェルヌの発言に眉を顰める。
彼は彼女の反応を窺ってから小さく笑うと、両肩の辺りで手を拡げた。


「何、簡単な話だよ。組合から離れて僕と手を組まない?」

「! 其れって……」

「要するに、僕と君とで新しい異能力組織を作ろうよ、って事さ」


ヴェルヌは爽子に一歩近付く。


「君、ポートマフィアの最年少幹部様と仲良しなんだってね。加えて次期幹部候補として最も有力な中原中也とも結構親しいとか」

「っ、何で知って−」

「だから、僕は情報屋なんだってば」


もう忘れちゃったの?と彼は呆れたように肩を竦めた。


「君が何の目的で彼の2人に近付いたのかは知らないけど−どうせ君も、彼の黒社会最悪の二人組(コンビ)を滅ぼそうとか、そう云う安直な考えだったンだろう?だったら僕と考えてる事は一緒だ。同じ穴の狢同士、手を組もうよ」

「……」


何を云っているのだろう。 
爽子は唖然としてヴェルヌを見つめた。

てんで的外れだ。
私が太宰さんに会ったのも、居酒屋で中也と話すようになったのも、全部唯の偶然なのに。
だからこそ、私は異能力と云う名の枷からは逃れられない運命なのだと、つい先刻悟って仕舞ったばかりなのに。


「……もう、人殺しはしないと決めてるので」


爽子がそう呟くと、ヴェルヌは心底詰まらないとでもいうように呆れた表情を見せた。


「『人殺しはしない』ねえ……。組合屈指の暗殺者とは思えない程腑抜けた言葉だ」


全く飛んだ期待外れだよ、と彼は小さく溜息を吐く。


「じゃあ君の選択肢は2つだ。1つ、僕と此の場で闘って僕に殺される。2つ、組合の団長に引き渡されて、彼に一生飼い殺される」


どっちが善い?と彼は首を傾げる。


「どっちの選択肢も必要無い」


爽子はそう云い乍ら拘束されていた筈の手を使って足の縄を解(ほど)くと、立ち上がって胸の前で両手を広げて構えてみせた。
彼女は今の会話の遣り取りの最中に疾っくに手首の縄抜けを済ませていたのである。


「何故なら、私が今此の場で闘って貴方を倒すから」

「……前言撤回。矢っ張り君、サイッコーだ」


ヴェルヌはそう云って不敵に嗤うと、爽子に向かって飛び掛かった。


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