04

「ひえ〜。焦った〜」
「超カンジが悪いんだゾ、アイツ!」
「コラ! 失礼だぞ!」

 深く息を吐いたケイトに続いてグリムが文句を言うのを、デュースが窘める。
 すると近くのハーツラビュル寮生のテーブルから、こそこそと声が聞こえてきた。

「寮長、行ったか?」
「俺、ハートの女王の法律・第186条『火曜日にハンバーグを食べるべからず』に違反してハンバーグ食べてたから、見つかったらどうしようかと思った。はぁ…。食うものくらい自由にさせてほしいよな〜…」

 そんな声を聞いたケイトとトレイが黙り込んでいる間、クレアは食事のメニューさえ制限されているハーツラビュル寮生を少し気の毒に思っていた。
 もしサバナクローにこんな『法律』があったなら、レオナが「くだらねぇ」の一言ですぐに廃止したかもしれない。

「……寮長は、入学して1週間と経たずに寮長の座についた。少し言葉がキツくなりがちだけど、寮を良くしようと思ってのことで、根は悪い奴じゃないんだ」
「根が良いヤツは、いきなり他人に首輪つけたりしないんだゾ!」

 重い空気の中でトレイがリドルをフォローしたが、グリムがまたもやバサリと言ったので、ケイトとトレイは苦笑する。

「それに関しては入学式で暴れたグリムが悪いよ……そういえば、ユニーク魔法って?」
「ん? リドルくんのユニーク魔法のこと?」

 ユウが頷くと、気になっていたらしいデュースも口を開いた。

「ユニーク……ということは、寮長独自の魔法ということですか?」
「厳密に世界で1人かはさておき……一般的にその人しか使えない個性的な魔法のことを『ユニーク魔法』と呼ぶ。そのうち授業でちゃんと習うと思うぞ」
「リドルくんのユニーク魔法は『他人の魔法を一定時間封じることができる魔法』。その名も……」

 ――『首をはねろオフ・ウィズ・ユアヘッド』!

「ヒェッ! 名前がもう怖ぇ〜のだ!」
「魔法士にとっては、魔法を封じられるのって首を失うのと同じくらいイタいからね〜。ってわけで、寮内ではリドルくんのルールには逆らわないほうがいいよ」

 クレアはぶるりと毛を逆立てて震え上がったグリムの背を撫でてやりながら、首をはねられた経験者にとってあのユニーク魔法はとても怖いものなのだなと思っていた。

「逆にルールにさえ従っていれば、リドル寮長も怖くないってことだ。……ところで、なんでクレアはあんなに目を輝かせて寮長を見てたんだ? 何か話してみたいことでもあったか?」

 トレイがクレアに目を向けると、エースとグリムも「うげっ、マジかよ」と書いてある顔で彼女を見た。

「入学式で初めて見たとき気に入ってね、あの首輪好きなんだぁ。デザインも凝ってて素敵ね、毎日つけるにはちょっと苦しそうだし寝るとき辛そうだけれど」
「……そうか」

 エースとグリムはさらに酷い顔をして見せたが、トレイは少しだけ笑った。まさかこの学園に、皆が嫌がるあの首輪を気に入る人間がいたとは、と。

「……そういやオレ、タルト買って帰らないとまたケイト先輩に追い出されるわけ?」
「そうだね〜。ハートの女王の法律第53条でそう決まってるからさ。あとリドルくんは、特にホールケーキの最初の1ピースを食べるのを楽しみにしてるから、きっとホールじゃないと許してくれないよ」

 自分が寮に入れないことをハッと思い出したエースがケイトに訊くが、やはりタルトの件を見逃してはもらえないらしい。懐事情により1ホール丸ごと用意し直すのが厳しいエースはげんなりとした。

「じゃあ作っちゃえば? あのタルトも全部トレイくんが作ったやつだし」
「確かに、買うよりは作るほうが安いかも」
「わ! じゃあエースが作るの?」

 ケイトの提案にユウが頷き、それは面白そうだとクレアが声を弾ませる。
 盗み食いした絶品のタルトがトレイの手作りだったことを知ったエースは素直に驚き、タルトの味を褒めたが、それですんなり調理器具や調味料を提供してくれるトレイではなかった。

「えぇ〜!? 金取るのかよ!」
「はは、後輩から金を巻き上げるわけないだろ。次にリドルが食べたがってたタルトを作るのに、栗がたくさんいるんだ。集めてきてくれないか?」
「どっちにせよめんどっ。で、どれくらい栗が必要なんすか?」
「『なんでもない日』のパーティーで出すとすると……2〜300個くらいかな」

 その数を聞いたデュースとグリムはすでに腰が引けている。逆に、なんでもとりあえずやってみたいクレアは椅子から立ち上がり、尻尾をゆらゆらと揺らした。

「栗に熱を通して、皮を剥いて裏ごしするところまで手伝ってもらおうか」
「オレ様、帰っていいか?」
「僕も」
「薄情者!」
「まーまー! みんなで作ってみんなで食べたら絶対美味しいって。思い出作りってやつ? お料理ブロガーデビューもできちゃうかもよ」
「私もやる!」
「クレアちゃんもこう言ってるし」

 みんなで作ってみんなで食べる――屋敷で1人で過ごすことが多かったクレアにとっては、この上なく魅力的な話だった。

「寮長には内緒だけど、マロンタルトは作り立てが一番美味いんだ。出来立てを食べられるのは、作った奴だけだぞ」
「おうおうオマエら! 気合い入れろ! 栗を拾って拾って拾いまくるんだゾ!」
「変わり身早っ!」

 トレイに上手く乗せられたグリムが、ぐっと小さな前足を丸めてやる気に満ちている。そんな相棒の姿と、くっくっと笑っているトレイを見比べたユウは、諦めて参加することにした。

「ところでどこで栗を拾えば?」
「栗の木は、学園内の植物園の裏の森にたくさんあったはずだ」
「よーし。んじゃ、放課後植物園の前に集合で」
「ゴーゴー栗拾い! なんだゾ〜!」
「おー!」


 ▼△


 ――放課後。
 今日の授業を全て終え、やけにそわそわしながら教科書をまとめているクレアに、ジャックが隣から声をかけた。

「……何そわそわしてんだ?」
「これからね、お菓子を作るんだぁ」
「1人でか?」
「ううん。厨房借りるの、ユウたちと一緒に作るんだよ」
「今朝見かけた奴らか」

 なるべくクレアを1人にしないよう律儀に一緒に行動してくれるジャックも、放課後になれば部活がある。寮にクレアを連れ帰り、自分も授業の荷物を部屋に置いてから部活へ向かうのが常だが、今日はクレアも出かけるので、寮の談話室で別れた。

「あまり遅くならないうちに帰れよ」
「わかった」
「じゃあな……あ、おい。なんで運動着なんて着てんだ?」
「裏の森で栗拾うの!」
「ああ、菓子に使うのか。頑張れよ」

 手を振りながら走っていくクレアを見送ったジャックが寮を出ると、今度は見慣れた先輩がげっそりした顔で走ってきた。

「ラギー先輩。……大丈夫すか?」
「はー……レオナさん見てないッスか?」
「たぶん寮にはいなかったはず…」
「あーもう! あの人今日補習なんスよ! ったく、部屋じゃないならあっちかな〜」
「…………」

 サボり魔らしい自寮の寮長と、それに手を焼き走り回る先輩。軽く頭を振って2人のことは今は忘れることにして、ジャックは溜息とともに歩き出した。


 ▼△


 植物園の前でエースたちと合流し、学園裏の森にやってきたクレアは、何かの実をつけている木々や足元にごろごろ落ちている栗を見るなり駆け出そうとしたので、「迷子になんぞ!」と慌てたエースに服を掴まれた。

「おわー! 本当にたくさん栗が落ちてるんだゾ。これだけあればマロンタルト食べ放題……ぐへへ。早速拾って……あいでっ! ふな゛ー!! 栗の棘が肉球に刺さったんだゾ!」
「素手で拾うのは無理そうだな。拾ったものを入れるカゴかバケツも欲しい」
「植物園の中にどっちもありそうじゃね?」
「行ってみるか」

 痛がるグリムをユウが宥め、皆で植物園へと戻る。温帯ゾーンに入ってみると、内部は思ったよりも広かった。

「これだけ広いと管理してる奴がいるはずだな。手分けして探してみるか」
「んじゃ、右に行く。コイツははぐれたら面倒そうだからこのままオレが見とくわ」
「ああ。俺は左に。グリムとユウはまっすぐ奥へ行ってみてくれ」

 迷子防止にクレアの服を掴んだままだったエースが、歩きづらいからと服ではなく腕を掴み直し「ほら行くぞ」と声をかける。
 普段から腕を引いてもらったり、人の服の裾を掴んで歩くことに慣れているクレアは、特に嫌がるでもなくこくりと頷いた。

「お前何をきょろきょろしてんの?」
「んー……レオナの匂いがしたんだけど……遠ざかったみたいで薄くなっちゃった」
「匂い?」
「なんでもない! 気のせいかなぁ。それより早くカゴ探そ! 栗拾いー!」
「おお。まーいいけど」

 そうしてクレアとエースが話している頃――ユウとグリムは言われた通り入口からまっすぐに奥へ向かって歩いていた。
 様々なフルーツがなる木々に興奮したグリムが途中何度も寄り道しそうになり、その度ユウが引き寄せて連れ戻している。

「――いって!」
「……何か今踏んだような……グリム、声低くなった?」

 グリムに気を取られていたユウの足が、むぎゅっと何かを踏みつけた。グリムの尻尾でも踏んだだろうかと声をかけてみるが、彼の声ではなかったような気もする。

「――おい。人の尻尾踏んでおいて素通りとはいい度胸だな」
「アンタここの管理人さん? それにしては柄が悪いような……」
「こちとら気分よく昼寝してたとこだってのに、思いっきり尻尾踏みやがって。最悪だ」
「す、すみません!」

 通り道に尻尾を出しておくほうが悪いのでは――と思えど、ぎらついた目で睨まれながらでは言えるはずもなく。

「お前……あァ、入学式で鏡に魔法が使えねぇって言われてた草食動物か。ふぅん……」
「ヒッ……嗅…!? お、お風呂は毎日入ってます!!」
「………」

 スンスンと鼻を近付けられ、ユウは一歩後退る。すると、何かに気付いたらしい目の前の男がぴくりと反応し、先程よりも眼光が鋭くなった。

「うっ、なんだかわからねぇけど、コイツに睨まれると背中の毛がゾワゾワするんだゾ!」
「……このレオナ様の尻尾を踏んでおいて、何にもナシってそりゃねぇだろ? 気持ちよく寝てたところを起こされて機嫌が悪いんだ。歯の1本も置いてけよ」

 男はレオナという名らしい――が、彼から今まさに殴られそうになっているユウには自己紹介をし返す余裕などない。
 グリムが逃げようとユウの服の裾を引いたとき、誰かがレオナを呼ぶ声と、こちらへ走ってくる足音が聞こえてきた。

「レオナさーん!」
「……あ?」
「もー。やっぱりココにいた。レオナさん、今日は補習の日ッスよ」
「はぁ……うるせぇのが来た」

 レオナのことを探していたらしい生徒が現れると、レオナはこの上なく面倒そうに息を吐く。

「レオナさん、ただでさえダブってんスから。これ以上留年したら、来年はオレと同級生ッスよ?」
「あー、うるせぇな。キャンキャン言うんじゃねぇよ、ラギー」

 うんざりした顔でレオナが言うと、ラギーは大きな耳をぺたりと伏せた。

「オレだって言いたかないッス! もー、やればできるのに何でやんないんスかぁ。ほら、行くッスよ!」
「チッ……今度俺の縄張りに入る時には気をつけろよ。草食動物ども」


 ▼△


 レオナの威圧感から解放されたユウとグリムが、詰めていた息を吐き出した頃。
 ようやくレオナを回収できたラギーは、目の前で不機嫌そうに揺れている長い尻尾を眺めながら口を開いた。

「……そういや、クレアの匂いがしたんスよねぇ。さっきの奴から」

 高い位置でぴくりと耳が動いたのを見て、この不機嫌はやはり補習のせいだけではなかったようだと確信する。

「まあ……女が1人でぽつんとしてるよりは、友達ができたんなら良いことッスね」
「…………そうだな」
「………」

 ラギーが観察した限り、出会ってたった3日では付き合うどころかレオナがクレアに対して好意があるとは考えにくいが、本能的に気になって仕方ない状態ではあるらしい。本人としてもこの種のもやもやした感情は言い表し難いものだろう。

 ラギーは何ゆえ自分がこんなことを考えねばならないのかと、未だ視界で揺れ続ける尻尾を睨みつけていた。


 

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