05

 エースと2人で歩いていたクレアは、カゴとトングが積まれているのを見つけ、人数分を手分けして運んでいた。途中で合流したデュースが森まで代わりに運んでくれると言うので、クレアが抱えていた分は彼に任せることにした。

「あっちにカゴとトングがあったぜ〜」
「……2人ともどうかしたのか?」
「ハッ、そうだ。栗拾い! いっぱい拾わないとタルトの食いブチが減るんだった。コワイ管理人さんの話は、栗を拾いながらするんだゾ」
「? こわい管理人さん?」

 学園裏の森まで戻ってくると、各々カゴとトングを手に取って栗を拾い始める。グリムとユウは手を動かしつつ、植物園で会ったという“怖い管理人”について皆に話して聞かせた。

「――――ってことがあったんだゾ」
「いや、絶対そいつ管理人じゃないっしょ」
「落ち着いて思い出してみれば黄色いベストを着てたから、アイツ鯖の寮のヤツなのだ」

 鯖の寮?――クレアは話を聞きながら、やはり植物園にレオナがいたのではと考えていた。匂いがどんどん遠ざかっていったので、すぐに出ていったようだが。

「鯖……サバナクロー寮のことか。もしかしてナイトレイブンカレッジって、不良が多いのでは……?」
「えっそうなの!?」
「クレアはサバナクローだろう? 怖くないのか?」
「寮長たちと一緒にいることが多いからかな、怖い上級生には絡まれないよ」
「なるほど……確かに、カシラが一緒じゃ周りも手を出しづらいだろうな」
「かしら?」

 馴染みのない言い方に首を傾げて、大量の栗が入ったカゴを抱え直す。カゴの中を覗き込んだクレアの頭の中は、すぐにタルトのことに切り替わっていた。

「うし。かなりたくさん拾えたし、こんなもんっしょ。トレイ先輩のとこ持って行こーぜ!」
「にゃっはー! タルト楽しみなんだゾ〜」

 栗を抱えて――といってもクレアの分はほとんどデュースが持ってくれた――大食堂の厨房へ向かうと、調理器具を準備しながらトレイが待っていた。こちらに気付いた彼は、カゴを覗き込んで感心したように言った。

「お帰り。ずいぶんとたくさん拾えたな」
「これならでっけータルトが作れるんだゾ!」
「まあその分、これだけの量を剥くのは大変だと思うが……頑張れよ」

 お菓子作りは下ごしらえが大切なんだとトレイが笑うと、クレアはクロエとノアを呼び出した。クロエはクレアのエプロンを取り出して、背中側できゅっと紐を結んでやる。栗の山を見たノアは、これから手伝わされる作業を察して「げっ」と声を上げた。トレイが興味深そうに2人を見ている。

「まさかコレ全部剥けとか言わないだろうな、クレア」
「ノア1人で剥けなんて言わないよ? みんなでやるの!」
「はあ……オレ、パス」
「ダメよ、ノア!」
「クロエだけ参加しろよ〜…」
「そうか……クレアは入学式でもその2人を呼び出していたな。料理にも使える魔法なのか?」
「ノアはすぐサボるけど、2人とも何でも手伝ってくれるから」
「おい、何でもじゃねーぞ」

 トレイが言うには、栗の皮を綺麗に剥くにはかなりのコツがいるらしい。魔法が使える者は魔法で進めることになった。
 グリムは数個剥くごとにさり気なく口に放り込んでつまみ食いをするので、最初は「こら」と注意していたユウも、何度目かには諦めて好きにさせていた。

「これが最後の1個…っと! よし、終わった!」
「お疲れ様。魔法が使えない奴もいるのに、この早さは大したもんだ」
「へへーん、オレ様にかかればこんなもんだゾ!」
「よし、それじゃあ次は裏ごしだな」
「ええーっ!? まだやることあんの!?」

 エースたちが文句を言ったが、にっこりと笑ったトレイからヘラを手渡されれば黙って握るしかない。延々と裏ごし器で漉す作業はそれなりに力が要るので、主に裏ごし済みの栗を皆から回収する係を任されていたクレアとクロエを、ノアが心底恨めしそうに見た。

「だーっ! やっと裏ごし全部終わった!」
「腕が痛い……」
「はは。お疲れ。苦労した分、きっと美味いぞ」
「もう匂いだけでお腹いっぱいなんだゾ〜」

 裏ごしも済み、厨房は栗の甘い匂いに包まれている。クレアは早くタルトが食べたくて仕方なかったが、周りではあの食いしん坊のグリムでさえも食欲をなくし、ぐったりとシワシワの顔になっていた。
 トレイの説明によると、このマロンペーストにバターと砂糖を加え、最後に隠し味のオイスターソースを適量加えるそうだ――オイスターソース?
 エースとデュースが騒ぐ横で、まさかと思ったクレアがクロエを見ると、そんなわけないでしょうという顔の彼女と目が合った。

「カキからたっぷり出た旨味が、クリームに深いコクを与える。この『セイウチ印のヤングオイスターソース』。有名パティシエなら、タルトにこれを使わないやつはいないぞ」
「マジか……かなりしょっぱいソースだよな」
「でも確かにカレーにチョコ入れたりするし……アリなのかも」

 うんうんと頷いたエースがパッと顔を上げれば、トレイが堪えきれずに吹き出した。本当に冗談だったのだなと、クレアは耳を伏せる。突然笑われたエースたちが目を見開くと、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながらトレイが言った。

「嘘だよ。お菓子にオイスターソースなんか入れるわけないだろ」
「なんだよ! 本気にしちゃったじゃん」
「ははっ! ちょっと考えればありえないってわかるだろ。何でも鵜呑みにせず疑ってかかれってことだな。教訓、教訓」
「コイツ、優しそうに見えてさらっと嘘をつくヤツなんだゾ……」
「次に生クリームを……あっ!」

 トレイの大声に反応したエースがどうしたのかと聞いてみれば、皆がたくさん栗を取ってきたものだから調子に乗ってマロンペーストを作りすぎ、混ぜる生クリームが足りないらしい。それはいけないと、クレアの尻尾がぴんと立つ。その隣ではデュースが買い出し係を買って出た。

「僕、買ってきますよ。学内の購買部で売ってますか?」
「あの店、だいたい何でも揃ってるから置いてると思うぞ。ついでに他にも買い出し頼んでいいか? 牛乳2パック、卵2パック、アルミカップと果物の缶詰5つと……」
「1人じゃ持ち切れそうにないな。ユウ、一緒に来てくれるか?」
「いいよ。購買部って初めて行くなぁ」
「オレ様も行くんだゾッ! もう粉をマゼマゼするの疲れた〜!」
「私も! 購買部見たい!」
「わかった」

 3人と1匹でしばらく歩き、購買部“Mr.Sのミステリーショップ”に到着した。外観からして道の脇や入口近くに妙な置物があり、デュースとユウは顔を見合わせる。クレアは頭にグリムを乗せ、はぐれないようにユウの制服を掴んで歩いていたので、立ち止まった彼の背に額を打ちそうになった。

「すいませーん。……って、スゴい店だな。髑髏の水晶に、魔術書……これ、何の剥製だ?」
「うわ〜。本当に生クリームなんか置いてるのか?」
「Hey! 迷える小鬼ちゃんたち、ご機嫌いかが? ようこそMr.Sのミステリーショップへ。今日は何をお求めかな。秘境のお守り? 古代王のミイラ? それとも呪いのタロットカード?」
「ふな゛っ! びっくりした!」

 よく通る声とともに店主のサムが現れると、グリムが驚いてクレアの頭からずり落ちそうになる。クレアはそれを支えてやりつつ、サムを観察していた。褐色の肌に、白い……骨のペイントだろうか。不思議な継ぎ接ぎのハットと首飾り――。

「あの、このメモに書いてあるものが欲しいんですが」
「あとツナ缶が欲しいんだゾ!」
「コラ! ツナ缶はいりません!」
「なになに? 生クリームと卵と……これまたSweetなラインナップだ。OK! 今出してくるよ」
「おぉ……本当にあるのか」

 クレアがぼんやりサムと店内を見ている間、彼女の頭上からグリムを回収したユウとデュースが買い物を済ませてくれていた。ハッとして荷物を持とうとしたが2人からは断られ、結局一番軽めの袋だけを渡される。

「はい、お待ちどうさま。重たいけど持てるかい? 今なら荷物運びにも使える宙に浮かぶ円盤100分の1サイズが、30%OFFでお買い得だよ」
「なんだそれ、おもしろそうなんだゾ〜っ!」
「け、結構です! 行くぞグリム!」
「ぶに゛ゃ〜! もっと遊んで帰るぅ〜!」
「OK、OK。それじゃあ小鬼ちゃんたちのまたのお越し、お待ちしてマース! Bye! ああ、それからそこの小鬼ちゃんは少し待って」
「!!」

 駄々をこねるグリムを連れてユウとデュースが店を出ると、サムがクレアに向けてウインクをした。じっと見過ぎただろうか。怒られるのではと内心ドキドキしていたクレアに、サムは厚みのある封筒を手渡した。

「君のものだ、開けてごらん」
「?」

 がさがさと封筒を開けてみると、中には1冊のカタログが入っていた。購買部に常に置いてある品物はもちろん、後半のページには女性物の服やメイク道具、アクセサリー、下着や生理用品などの必需品も載っている。

「これ……」
「学園長から頼まれてね、君の入学に間に合うように急遽カタログを用意したんだ。ここは男子校、唯一の女生徒の君が必要とする物が店頭にはない場合もあるだろう?」
「たしかに……」
「そこでそのカタログだ! 一緒に入っている注文用紙を俺に渡してくれればいつでも取り寄せられる。店頭で頼みづらい品物があればそれを使ってくれ」
「そうする、ありがとう!」
「用事はそれだけ。それじゃあまたのお越しを、Bye!」
「また来るね」

 カタログを封筒に戻して大切そうに抱えると、サムに手を振り返して店を出る。店から少し離れた木の下で、先に出たユウたちが待ってくれていた。

「遅いんだゾ! 何の話だったんだ?」
「カタログをくれたの。女の子向けの商品はお店にないこともあるから注文して、って」
「なるほど……ここは男子校だしな」
「そういう配慮、ちゃんとされてるんだ」

 そう話しながら、学園のメインストリートを歩く。辺りはもう薄暗くなってきていて、早く戻ってタルトを仕上げなければ帰りが遅くなってしまいそうだった。

「それにしても、なんだかスゴい店だったな」
「ちぇ。デュースのけちんぼ」
「誰がけちんぼだ!」
「やめなって」

 宙に浮かぶ円盤を使わせてもらえなかったことでグリムが文句を言うのを、ユウが苦笑しながら止める。デュースは気を取り直すように咳払いをして、ユウの荷物を見た。

「そっちの缶詰の袋、重たいだろう。僕が持つ。重たい袋を持つコツがあるんだ」
「ありがとう。そんなコツあるんだ……意外に買い出しとか慣れてる?」
「ああ。タイムセールのときに母さんがとにかく買い込むから、毎回袋がメチャクチャ重くて。ウチは男手が僕だけだったから、そういう力仕事は僕が全部……っと。悪い。僕ばかりしゃべってた」

 重たいほうの袋を手渡しながらユウが聞くと、デュースは母親の手伝いをしていたことを話した。クレアはグリムの頬を指先でくすぐりながら、2人の話を静かに聞いている。

「家の手伝いして、偉いね。お母さんを大事にしてるんだ」
「……いや、全然そんなことはない。俺は、母さんを……っいって!」

 眉間にしわを寄せて言うデュースに、突然飛び出してきた何かが思い切りぶつかる。と同時に、袋がひとつデュースの手から滑り落ちてパキパキと音が鳴った。
 飛び出してきた“何か”を確認したクレアとユウは目を合わせて、これは面倒なことになりそうだと頷き合った。


 

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