06
「あ゛〜! 卵が!」
「くそ、6個パックがひとつ全滅だ! ビニール袋ん中が卵だらけに……!」
さっき聞こえてきたパキパキという音は卵が割れた音だったらしい。デュースにぶつかってきた相手に見覚えがあるクレアは、どうしよう、と目線で問いかけながらユウの制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「ッテェな! どこに目ェつけて……って……お前ら、昼に学食で俺のカルボナーラの卵割った奴らじゃねえか」
「おいおい、またお前らかよ。いい加減にしろよな〜!」
「…………角から飛び出してきたのは先輩たちじゃないですか。昼休みだって、卵が食べられなくなったわけでもねぇのにイチャモンつけてきて……こっちは今、卵1パック全滅したんすけど?」
「そうだそうだ!」
これはおそらく仕返しだよね、とユウが小声で話しかけてきたので、クレアは頷く。本当に事故なのかもしれないが、偶然で、しかも卵を割り返されることがあるだろうか。
「んだと? 俺のせいだって言いてぇのか?」
「はい。卵、弁償してください。あと鶏に謝ってください」
「はぁ〜? 卵ごときで大げさな」
「……あ?」
まだ地面についていないから食べられるだろうとげらげら笑う不良たちを見て、ついにデュースの額に青筋が浮かぶ。
「……ってんじゃねぇ」
「は?」
「笑ってんじゃねぇっつってんだよ!! アぁ!? “ごとき”かどうかはお前らが決めることじゃねぇ! この卵はなァ、ヒヨコになれないかわりに美味いタルトになる予定だったんだぞ!! わかってんのか、えぇ!?」
態度が豹変したデュースに怯んだ不良が一歩後退るが、もう遅い。ばきばきと指を鳴らすデュースは、ユウとクレアでは止められそうにない。2人は再び目を合わせた。2人の間に挟まるようにして、グリムも「ふな…」と成り行きを見守っている。
「卵6個分。弁償しねぇっつーなら6発てめーらをぶっ飛ばす」
「えっ、ハァ!?」
「歯ァ食いしばれやゴルァ!!」
宣言通り――むしろ宣言以上に容赦なく不良たちをボコボコにするデュースをなんとなく女の子に見せてはいけない気がして、ユウはクレアの目を手で覆って隠した。「見えないよ! ユウは見てるのにずるい!」とクレアが文句を言うが、ユウも「見ちゃいけません」と譲らなかった。
「こ、こいつ、なんてマッドな野郎だ! 6発どころじゃねーじゃねーか! 嘘つきっ!」
「ヤベエ! 逃げろ! 鶏さんごめんなさーい!!」
「今度卵食うときは100回謝ってから食え! ダァホが!!」
不良たちが足をもつれさせながら逃げていくと、ユウはクレアから手を離し、今度は怒鳴っているデュースを落ち着かせた。
「ど、どうどう! ワル語録どころではなかったよ……」
「ひぇぇ〜〜!」
「あれ? 不良がいなくなってる」
「ハア、ハァ……ウッ!!」
「どうしたんだゾ!?」
「や、やっちまった……。今度こそ、絶対、絶対、優等生になろうと思ってたのに……!」
辺りを見回すクレアをよそに、デュースは自分が優等生になろうとしていた理由を話し始めた。ミドルスクールの頃はとにかく荒れており、よく学校をさぼって喧嘩ばかり。先生を呼び捨てにし、悪い先輩と連み、髪も脱色していたらしい。今の彼からは想像もつかない姿だ。
「マジカルホイールで峠も攻めてたし……魔法を使えないヤツに魔法でマウントを取ったりする、どうしようもない
「今時なかなか見ないくらいテンプレなワルなんだゾ!」
「想像つかない、けど……そういえば何となく片鱗が……」
しかしある夜、デュースの母親は彼に隠れて、泣きながら祖母に「自分の育て方が悪かったんじゃないか、片親なのがよくなかったんじゃないか」と電話をしていたらしい。そんな母親が、名門校からの迎えの馬車をとても喜んでくれた。
「俺は今度こそ、母さんが自慢できる優等生になろうって決めたんだ。…………なのに、ちくしょう!」
「でもよぉー。全部我慢するのが優等生なのか?」
「……え?」
「オレ様だって、さっきの不良どもにはあと10発くらいパンチしてやりたかったんだゾ! その前にオマエがやっつけちゃったけど」
グリムがキュッと前足を丸めてパンチの真似をすると、ユウとクレアも同意した。
「そうそう。やりすぎは良くないけどね」
「デュースがやらなかったら私たちがボコボコにしてたかもね! 結局あの人たち、卵を弁償してくれなかったし!」
「お前たち……」
「優等生だって怒るときはあるよ。正直スカッとしたし」
ユウが笑って頬を掻くと、つられたようにデュースもふわりと笑った。
「そっか。……へへ。ヒヨコも安らかに成仏してくれるよな」
「……あのさ、デュース。言いづらいんだけど、ヒヨコは生まれないんだ。あの卵は無精卵だから、もともと孵らないよ」
「え、えええ!!!??? 嘘だろ!?!?!?」
あまりの衝撃に大声で叫んだデュースの背を、クレアが優しくぽんと叩く。その後は誰も何も言うことができずに、静かに大食堂の厨房までの道を歩いていた。
「おっ、帰ってきた帰ってきた。随分遅かったじゃん」
「それじゃ、一気に仕上げよう」
ぼんやりしているデュースから荷物を受け取ったエースとトレイが、中身を確認して仕上げの準備をする。あとはマロンクリームをタルトに乗せて完成のようだ。
「ついにマロンタルトが食えるんだな!? テンション上がってきた〜!」
「よっしゃ、パパっと済ませちゃおうぜ!」
「もうひと踏ん張り。集中力を切らすなよ」
トレイの指示通りに、魔法を使える者は上手く魔法も使いつつマロンクリームを乗せていく。なかなか良い出来なのでは、とクレアは隣に立つユウと笑い合った。
「ここまでよく頑張ったな。あとはタルトのてっぺんにマロングラッセを置いてくれ」
「ハイハイハイ! オレ様がやるっ!!」
「最後の最後にミスんなよ?」
「任せろ! ……それっ! さすがオレ様♪ 最高のマロンタルトだゾ〜!」
グリムが魔法で無事にマロングラッセを乗せ終えると、トレイが最後に粉砂糖を振りかける。完成だと皆が声を揃える中で、デュースだけが疲れ切った顔で呟いた。
「かんせーい……」
「コイツ、買い出しでなんかあったの?」
「ちょっとヒヨコショックがね……そっとしておいてあげて」
「俺が16年間信じてきたものは一体……」
「元気出しなよ…」
クレアがデュースの肩をよしよしと摩る。エースは気を遣ったのか面倒だったのか、それ以上は追求せずに「めちゃくちゃ疲れた」と息を吐いた。
「おつおつ♪ おっ、タルト完成した? デコレーションかわいーね! マジカメ映え〜ってカンジ♪ 1枚撮らせて」
「あーっ! アンタ、今さら何しにきたんだよ」
「可愛い後輩たちが頑張ってるかな〜って、様子見に来たんじゃん。あはは、めっちゃ疲れた顔してるし!」
エースがぼやいた直後に現れたのはケイトで、厨房に入ってくるなりパシャリとタルトの写真を撮り、エースの顔を覗き込んで笑い出した。
「慣れないことすると疲れるよな。というわけで、疲れたときには甘い物だ。出来立てマロンタルトを召し上がれ」
さりげなくエースをフォローしてやりつつ、トレイがタルトを切り分ける。
完成を見計らって現れたケイトにエースが文句を言ったが、味見係ってことで、とケイトは軽く流した。
「ふわぁぁ…甘くていい匂いなんだゾ〜。上に乗った栗がツヤツヤで、下のクリームがフワフワだ! いっただっきまーす!」
「ンッ、やばっ」
「んまーい!」
「スゴい、店に売ってるやつみたいだ」
「美味し……」
クレアの耳もぴっと立ち、尻尾が機嫌良くゆらりと揺れる。ユウもその美味しさに驚いたようで、頬を緩めていた。
「甘過ぎず、それでいて濃厚なお味! お口の中が栗畑なんだゾ〜!」
「それ、褒めてるのか?」
「そだ。ねーねー、トレイくん、アレやってよ」
「アレ? …ああ、アレか」
グリムによるグルメレポートが終わると、ケイトがトレイに何かを頼み始めた。エースが不思議そうな顔でケイトを見ると、トレイがにやりと笑って口を開いた。
「お前たち、好きな食べ物はなんだ?」
「オレは、チェリーパイとハンバーガー」
「オレ様はツナ缶なんだゾ。あとは、チーズオムレツと、焼いた肉と、プリンと〜」
「強いて言えばオムライス、ですかね」
「オレはラム肉のグリル・ディアボロソースかけ」
聞かれるままに各々が好きな食べ物を答えていく。ユウとクレアは何にしようか真剣に悩んでいた。グリムではないが、それなりに好物は多いほうだった。
クレアの頭上では、読むまでもなく彼女の思考が手に取るように分かっているクロエとノアが呆れた顔をしている。
「それじゃあ、いくぞ。……『
「……? これは?」
「では、マロンタルトをもう一口どうぞ」
トレイに促されて、皆がタルトを口に運ぶ。するとケイト以外の全員が、タルトとトレイの顔を何度も見比べることになった。
「ん? んんん? これは…マロンタルトなのにチェリーパイの味がする!」
「ツナ缶の味だ! はぐはぐっ! おわっ、今度はチーズオムレツ! 鶏肉のグリルに、はぐはぐっ、プリンの味なんだゾ!」
「すごい、魚のムニエルの味がする…これ、どうなってるの?」
クレアが咄嗟に頭に浮かべたのは、魚のムニエルだった。グリムの声が聞こえてきてオムレツの味を思い出すと、クレアのタルトも次の一口がオムレツの味になった。ユウのタルトも好物の味に変わったようで、一口、また一口と食べ進めている。
「面白いでしょ? コレ、女の子とお茶するときに鉄板でウケると思わない? 実際クレアちゃんには大ウケだし」
「スゴいですね。味を変える魔法がクローバー先輩のユニーク魔法なんですか?」
「正確には、『要素を上書きする魔法』だな。味だけじゃなく、色や匂いなんかも上書きできる」
トレイは、この魔法の効力は短時間しか持たないので
「トレイの『ドゥードゥル・スート』の魔法があれば、ツナ缶食べ放題も夢じゃねぇってことかぁ。意地悪なリドルの魔法なんかより全然スゴイんだゾ!」
グリムが目を輝かせて褒めるが、トレイは顔を伏せて緩く頭を振った。
「いや……俺の魔法なんか、寮長の魔法に比べれば子どものオモチャみたいなものだ。レベルが違うよ。…………さ! 今日はもう遅い。タルトを寮長に渡すのは明日にして、寮に戻ろう。明日は『なんでもない日』のパーティーだ。遅刻するなよ」
彼はそう言って調理器具の片付けを始め、クレアも皆から皿を回収して流しへ運び、マジカルペンを振って洗い物を済ませた。トレイの言う通りもうだいぶ遅い時間で、またジャックに怒られてしまいそうだ。
「ユウ、また泊めてくんない? オレ、意地悪な先輩に寮に入れてもらえないみたいだし!」
「えっ?」
「あらー。棘のある言い方〜」
「こらエース。あまりユウに甘えるのはよせ」
「そうだゾ! 今日も泊まるなら宿賃払え! ツナ缶10缶!」
「えー! じゃあ野宿しろってのかよ〜」
わざとらしく言うエースにケイトが苦笑すると、今度はデュースが目をつり上げる。
トレイは皆で食べたタルトの残りを寮に持ち帰りたいと言うクレアのために人数分切り分けてやりながら、1年生たちに向けて提案した。
「じゃあ、デュースもお目付役としてユウの寮へ泊めてもらったらどうだ。副寮長の俺が外泊許可を出してやるぞ」
「トレイくんってば、新人ちゃんに甘くない!? いいな。ね、ユウちゃん。オレも行っていい?」
「お前はダーメ」
「ちぇ。さげぽよ」
ケイトの頼みをトレイが却下すると、クレアがすかさず手をあげる。
「どうした? クレア」
「私もお泊まり会したい! 行きたい!」
「えっ」
「は!?」
ずるいずるいと騒ぐクレアの頭上で、クロエとノアがまた始まったと額を押さえる。驚いて固まる男子たちの中からいち早く復活したトレイが、冷や汗を流しながら言った。
「こ、こらこら! いくら友達でも、男3人と1匹が寝泊まりする部屋に女の子1人で混ざるのは許可できないぞ」
「えぇっ!」
「バカかお前は! さすがにオレだって許さねーぞ!」
「ノアの言う通りよ、クレア」
「第一、サバナクロー寮のヤツらだって許さないと思うぞ。ほら、お土産のタルトを持って帰るんだろ? 遅くなると叱られるんじゃなかったのか? 俺たちで鏡舎まで送るから、ちゃんと寮に帰るんだ」
「そうだよ、クレアちゃん! 危ないからちゃんと自室で寝なさい!」
先輩2人からも自分の魔法2人からも説得されたクレアは、渋々お土産のタルトを抱えて唇を尖らせた。
オンボロ寮に帰るユウたち1年生組は、ほっとしたような、なんとなく残念なような、仲間外れにされたみたいで拗ねるクレアの心境も分かるような複雑な気持ちで、疲れが3倍くらいに膨れ上がった思いだった。
「じゃあ、ユウ。うちのが2人も邪魔して悪いが、明日までよろしくな」
「はい。また明日。クレアも、ちゃんと寮に戻るんだよ」
「……分かってる、おやすみ」
まだしょんぼりと耳を伏せているクレアの目の前で、エースはぐっと拳を握った。
「絶対、この首輪を取ってもらうからな! 見てろよ、寮長」