07
トレイとケイトに鏡舎まで送ってもらったクレアは、2人におやすみを言ってから寮への鏡をくぐった。その小さな背が鏡の向こうへ完全に消えるまで見送りながら、ケイトがぼそりと呟いた。
「クレアちゃんってもしかしなくても箱入り娘だったりする?」
「はは……そうかもな」
「あーあ、うちの寮にも女の子が入ってこないかなぁ」
「あの子は特例だろ。さあ、馬鹿言ってないで俺たちも寮に戻るぞ」
「はーい」
▼△
「ただい……まっ!?」
「確保ーー!!」
鏡をくぐったクレアは、その瞬間脇の下に手を差し込まれて抱き上げられ、談話室のレオナたちの前まで運ばれた。ラギーの号令でクレアを抱えた寮生は、レオナの向かいの椅子に彼女を座らせてから元の位置にサッと戻った。
「お前、厨房で菓子作りをするんじゃなかったのか? 随分遅かったな」
「買い出し中に不良に卵割られたりヒヨコショックが起きたり、色々あったの!」
「ヒヨ…? 不良…?」
ドワーフ鉱山のときよりはずっと早い時間だが、もしやまたジャックに探させてしまったのだろうか。クレアの隣に来て怪訝そうにするジャックに、今回は問題は起こしていないからと説明する。
「もー……今回はジャックくんが行き先知ってたからいいとして、遅くなるなら連絡を……あれ、何抱えてんスか? それ」
「あ、これはお土産! ラギーのと、ジャックのと、レオナのと、私の」
これ以上小言を言われる前にと、トレイに切り分けてもらったタルトをそれぞれの手に押し付けていく。ちゃっかり自分の分も用意してもらったので、クロエたちの溜息が聞こえた気がした。
「クレアが作ったんスか?」
「教えてもらいながらユウたちと作ったの。栗も拾ったんだよ」
「ふーん……あ、これ美味いッスね」
「………」
ジャックはもう寝る時間だからと、タルトの礼だけ言って部屋へ戻っていってしまったが、3人は談話室で座ったままタルトをもぐもぐと食べていた。ラギーが味を褒めたのを見て一口含んだレオナも、口に合ったのか黙って食べ進めている。
「……それにしても、随分他寮のヤツらと仲良くなったんスね?」
「でもユウたちと、エースたちと……先生たちくらいだよ。他の寮の人たちはまだあんまりお話ししてくれないから」
「まあ、女の子となると確かにキッカケがないと話さないかも」
クレアがぺたりと耳を伏せて少しだけ寂しそうにするので、悪いことを聞いてしまった気持ちになったラギーはなんとなく、目の前の小さな頭を撫でてやった。
「……お前、今日はもう風呂でも入ってさっさと寝ろ」
「あっ、そうだ! 明日は『なんでもない日』のパーティーだった!」
「それハーツラビュルのヤツらのパーティーでしょ、クレアも行くの!?」
「ううん。私は参加できないから終わった頃に感想を聞きに行くの、余ったらお菓子もくれるってトレイが言ってた!」
ぱっと笑顔になって残りのタルトを口に押し込んだクレアは、「
「……レオナさん、その眉間のシワどうしたんスか?」
「………」
「クレアから栗に混ざって他のヤツの匂いしたのが気になったとか?」
「………」
「怖」
まあオレでも気になるくらいさっきのクレアからはいろんなヤツの匂いがしたけど――そう思い出しながら、キッと睨みつけてくるレオナの視線を流す。この男、特に行動を起こすわけではないが、クレアに虫が付きそうになるのは気に食わないらしい。
「……明日もハーツラビュルに行くみたいだし、厄介事に巻き込まれて帰ってくる羽目にならなきゃいーッスけどね」
立ち上がって自室へ戻っていくレオナの後を歩きながらラギーが言うが、特に反応は返ってこない。ただ、自室へ入る前にレオナが一瞬だけクレアの部屋のほうを見ていたことだけは、確かだった。
「――面倒な人ッスねぇ……本人が一番自分の感情に苛立ってるんだろうけど」
▼△
一方、クレアを見送ってからハーツラビュル寮への鏡をくぐったトレイとケイトは、談話室で寮生たちに泣き付かれていた。
「トレイ先輩、ケイト先輩! ああよかった、やっと帰ってきてくれた!」
「どうかしたのか?」
「ハートの女王の法律・第256条『夜8時過ぎに蜂蜜入りのレモネードを飲んではならない』に違反した寮生10人が、リドル寮長に纏めて首をはねられてしまって……」
寮生の話を聞いた2人は黙り込む。寮生は涙を溢れさせてトレイたちに訴えた。
「僕、もう嫌ですこんな生活! わけわかんないルールで雁字搦め……別の寮に転寮したい……ううっ」
「……もう大丈夫だ。俺が寮長に話をしてくるよ。お前たちは部屋に戻ってろ」
トレイが震えている寮生を宥めて背を押してやると、彼らはぐすぐすと鼻を啜りながらそれぞれの部屋へと戻っていく。どちらからともなく息を吐くと、ケイトが先に口を開いた。
「……はぁ。じゃ、オレは女王様のご機嫌取りのためにお茶でも淹れてきますかね」
「悪いな、ケイト。そうだ、紅茶は避けてハーブティーにしてくれ。確か第153条で夜のお茶について決められてたはず……」
「…………あいよ、オッケー」
暗い廊下に消えていくケイトを見送る数秒の間に、トレイはこれからリドルをどう説得するかを考えていた。
▼△
――鏡面が揺れる。
オンボロ寮で眠るユウは、昨日の夜に見た奇妙な夢の“続き”を見ていた。
学園のメインストリートで見た石像と同じ姿をしたハートの女王が、トランプ兵たちを怒鳴りつけている。震え上がった兵たちは、互いに責任を押し付け合った。
「私のバラをよくも汚したね、さあ覚悟をおし!」
「女王様どうぞお助けを、悪いのはあいつで――」
「私のせいじゃない、エースのせいです!」
「お前かね?」
「いえ、2です!」
「2の仕業?」
「違います! 3です!」
「もうおやめ! 3人の首をはねよ!」
目をつり上げた女王の命令で、歓声の中3人のトランプ兵がずるずると引きずられていく。その周りを取り囲む兵たちは止めようともせず、ヒソヒソと話した。
「色を間違えたんじゃ首をはねられてもしかたない」
「赤と白を間違えるなんて、とんでもないことだ」
薔薇の色くらいで首をはねなくてもいいのに……なんで誰も女王を止めないの?――そう誰かに問おうとしたとき、グリムの声がユウの意識を現実へと引き戻した。
「ユウ、起きろ。今日は『なんでもない日』のパーティーだぞ。遅刻したら首をはねられる!」
「また不思議な夢……? ……あ、そうか。今日はパーティーだ」
あくびをしながらグッと伸びをすると、玄関のほうから扉をノックする音が聞こえてきて、コツコツと足音が近づいてくる。そして朝からテンション高く談話室に現れたのは、やはりケイトだった。
「おっはよー! 昨日のお泊まり会は楽しかった? 枕投げとかトランプとかして青春しちゃった?」
「ふぁ〜…。ケイト先輩おはよーございまーす。しましたよ、トランプ。グリムが全然ルール知らないから、ババ抜きだけど」
全然勝てなかったとグリムが悔しがるので、ジョーカーを引いたとき顔に出過ぎだとデュースが指摘する。グリムのようなタイプにポーカーフェイスは難しそうだ。
「それじゃあ早速、昨日作ったタルトを持ってリドルくんに謝りにいこっか。っつか昨日のトラブルで今人手が足りてないから、急いで来てほしいんだよね」
「ヒトデ?」
寝起きでまだ頭が回っていないエースが聞き返したが、ケイトは構わず眠そうな1年生たちを急がせてハーツラビュル寮へと向かった。まだまだパーティーの準備作業が残っているのだから。
ケイトに続いてユウたちがハーツラビュル寮に到着すると、エースは早くタルトを渡して首輪を外してもらおうとしたのだが、どういうわけかもう1人のケイトが現れてしまい、そうはいかなくなった。
「おーい! やっと来た。待ってたよー、オレくん!」
「たっだいまー。お待たせ、オレくん」
「ダ、ダイヤモンド先輩が2人!?」
「双子だったんすか!?」
「いやいや、男きょうだいはオレだけ。コレはオレのユニーク魔法『スプリット・カード』。魔法で自分の分身を作れるんだ」
増えること自体は疲れるので長持ちしないらしいが、昨日何度倒しても倒せなかったケイトはこういう仕組みだったようだ。後から他のケイトたちも集まってきて、ユウたちの目の前に同じ顔がずらりと並ぶ。
「とにかく、遅れたら首をはねられちゃう。人手が足りないんだから、みんな手貸してよ。終わったらリドルくんのとこに案内してあげるからさ」
「またバラを赤くする仕事か?」
「アンタ、ほんと調子いいヤツだな〜!」
グリムとエースのじとっとした目も無視をして、ケイトの指示通りに各々が持ち場へついた。魔法を使える者は魔法で、そうでない者はペンキで、せっせと薔薇を塗っていく。
「ふな〜、大変だったけどなんとか終わったんだゾ」
「ケイト先輩、これで文句ないでしょ?」
「そうだね〜、けーくん的には……頑張りも含めて、はなまるっ! 1年生ちゃんたち、お疲れ様♪」
ケイトは薔薇の木の下でへたり込む1年生を褒めてやりつつ、マジカルペンをひと振りして自分の分身たちを消した。
「よくできました♪ おっと! そろそろ時間だ。オレくんたち、お仕事終了!」
間もなく、『なんでもない日』のパーティーが始まる。