01
名門魔法士養成学校ナイトレイブンカレッジ、鏡の間――入学式会場。
無数の棺が浮かぶこの間には、寮分けを終えた今年入学の新入生たちと、出席した在校生たちが並んでいた。
「――さ、これで入学式と寮分けは終わりかな?」
「……ふぁ〜あ。やっとかったるい式が終わった」
「新入生のみなさん。この度は入学おめでとうございます!」
寮ごとに集まった新入生たちへ、各寮の寮長が声をかけ始める。
「それにしても学園長はどこに行っちゃったのかしら? やけにそわそわしていると思ったら、式の途中で飛び出して行っちゃったけど……」
「職務放棄……」
「腹でも痛めたんじゃないか?」
「違いますよ!」
勝手に腹痛扱いをされかけた男が現れ、仮面の下の目をつり上げた。彼はこの学園の学園長、ディア・クロウリー。
「あ、来た」
「まったくもう。新入生が1人足りないので探しに行っていたんです。さあ、寮分けがまだなのは君だけ――あっっ!?」
何を隠そう、
「……ミィ」
たった今ころんと扉から転がり落ちた、むにゃむにゃ眠たげに鳴く小さな黒猫の保護者である。
「……仔猫…?」
「なんで扉から猫が……」
「貴女ようやく来たんですか!? 全然出てこないから一体何をやっているのかと思っていたところです! なぜ猫のままなんです、早く元の姿に戻りなさい! ハッ……ちょっと待ちなさい、まさかとは思いますが貴女服は――」
「よいしょ」
保護者の言葉もろくに聞かず、しゅるっと1回転して元の姿に戻ったクレアは、黒いワンピースタイプのルームウェアのままだった。呑気にぐぐっと伸びをする彼女の横で、クロウリーは頭を抱える。鏡の間は静まり返っていた。
「おじ様どうしたの」
「どうしたもこうしたもありません……貴女そんな格好で来てはダメでしょう! ここは男子校なんですよ! ああもう式典服はどこですか!?」
「あるよ」
クレアがぱちんと指を鳴らすと、ルームウェアが一瞬で式典服に変わる。多少しわが寄っていたが、クロエが気づいたのかすぐに直された。
「一瞬とはいえ! こんな! 所で! 着替えをするんじゃ! ありません!!」
「?」
「キョトンとしない!」
「あーあ、怒られてやんの」
「だから言ったじゃない、私ちゃんと起こしたのに」
首を傾げたクレアの頭の左上にノアが顔を出すと、それを追うように右上からはクロエが出てきてすとんと床に降りる。2人は寝起きでぼんやりした顔のクレアの両脇に立つと、寝癖で好き放題跳ねる髪を整え、式典服用の化粧を施した。
準備が整い(黙っていれば)令嬢のように仕上がったクレアを見ると、クロエとノアはその出来に満足げに頷いてスッと姿を消した。
「はぁ……ああ、そうでした。生徒たちに貴女のことを説明しておかないと。この子はクレア、私の娘です。諸事情により私の監視下でないと学校には通わせられないので、特例で入学します」
そう言って肩をぽんと叩かれたクレアは、式典服を軽く摘んでお辞儀をした。そして真横に立つ保護者に向かい、まだざわついている生徒たちを気にすることなく問いかける。
「おじ様、私の寮はどこ?」
「学校では学園長と呼びなさいと言ったでしょう! あといつになったらパパと呼んでくれるんでしょう、お父様でも良いのですが」
「おじ様はおじ様でしょう」
「……」
一瞬しょぼんと肩と目線を落としたクロウリーは、ごほんと咳払いをひとつして闇の鏡を見上げた。
「……汝の魂のかたちは……サバナクロー!」
「でしょうねぇ、ええ、この子はそうでしょうとも。キングスカラーくん、ちょっとこちらへ」
「チッ……」
呼ばれた途端、面倒臭さを隠しもず舌打ちをして歩いてくるのは、サバナクロー寮長のレオナ・キングスカラーである。クレアは彼を見上げて首を傾げた。
「……なんだ」
「この子の部屋はおそらくもう用意ができているでしょうから。くれぐれも! 頼みますよ!」
「………」
溜息を吐きながらクレアを見たレオナは、ついて来い、とだけ言ってさっさと自寮の生徒たちの列へと戻っていく。不思議そうにその背を眺めたクレアは、クロウリーに急かされてようやく後を追った。
「さあ、これで本当に寮分けがまだなのは君だけになりました! 狸くんは私が預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ」
「ふぐぐー!!!」
じっと警戒するような視線を向けてくるふわふわした耳の男子を見つめ返すクレアの耳に、やや疲れたクロウリーの声と、くぐもった叫び声が飛び込んでくる。耳をぴくりと反応させて男子と同時にそちらへ目を向けると、先程クロウリーに連れられて歩いていた生徒が闇の鏡に向き合っていた。
「汝の名を告げよ」
「ユウです」
「ユウ……汝の魂のかたちは…………」
不安げな男子生徒を前に、鏡は沈黙する。
「…………わからぬ」
「なんですって?」
「この者からは魔力の波長が一切感じられない……色も、形も、一切の無である。よって、どの寮にもふさわしくない!」
「魔法が使えない人間を黒き馬車が迎えに行くなんて、ありえない! 生徒選定の手違いなど、この100年、ただの一度もなかったはず。一体なぜ……」
再びクロウリーが顔を覆うと、その隙に抱えられていた狸が逃げ出した。
「もごもご……ぷはっ! だったらその席、オレ様に譲るんだゾ!」
「あっ待ちなさい! この狸!」
「そこのニンゲンと違ってオレ様は魔法が使えるんだゾ! だから代わりにオレ様を学校に入れろ! 魔法なら、とびっきりのを今見せてやるんだゾ!」
それを聞いたハーツラビュル寮の寮長が声を張るのと、狸が思い切り青い炎をふき出したのは、ほとんど同時だった。
「みんな伏せて!」
「ん゛な゛〜〜〜!!」
「うわあ!! あちちちっ! 尻に火が!」
「このままでは学園が火の海です! 誰かあの狸を捕まえてください!」
青い炎が1人の生徒の尻に燃え移り、クロウリーが叫ぶ。しかし、狸を押さえ込むだけの力があるだろう各寮の寮長たちは、なかなか動かない。
「チッ……かったりぃな」
「アラ、狩りはお得意でしょ? まるまる太った絶好のオヤツじゃない」
「なんで俺が。テメェがやれよ」
「クロウリー先生、おまかせください。いたいけな小動物をいたぶって捕獲するという、みなさんが嫌がる役目、この僕が請け負います」
「さすがアズール氏。内申の点数稼ぎキマシタワー」
「なあ、誰かオレのケツの火ぃ消してくれてもよくねえ!?」
「みなさん、私の話聞いてます!?」
クロウリーが怒ったように言ったそのとき、尻が燃えた生徒に突然ばしゃっと大量の水がかかった。驚いたクロウリーは思わず口を閉じる。
「ぶっ! な、なんだ? 水か?」
「失礼、水量の調節を誤りました。すぐに乾かしますので」
「あ、ああ……お、もう乾いた!」
ぱちんと指を鳴らす音と同時に服と体が乾き、笑って顔を上げた彼は、目の前に立つクレアの機嫌の悪い顔にびくりと肩を跳ねさせた。
「お、おい…?」
「せっかくの式典服に火の粉が飛んできて少し焦げたわ……躾のなっていない狸ね……これ、あなたのペット?」
「えっ!? ち、違います!」
「え、違うの? それはごめんなさい、勘違いね」
突然キッと睨みつけられたユウが手と首を大きく振って訴えると、クレアが表情を緩めて謝ったのでユウはほっと息を吐く。
「誰のペットでもないのなら――多少手荒でもいいかな」
「ふな゛〜〜っ!?」
クレアが再び指を鳴らせば、狸に思い切り先程の比ではない量の水がかかる。しかし、ここでクレアの視界もぐらりと揺れた――そういえばおじ様が、入学後はマジカルペンで魔法を使えと言っていたような――彼女はそれをようやく思い出した。
ちらりと見ると、ずぶ濡れで一時的に炎が出にくくなったらしい狸は、けほけほと咽せている。
「そちらの先輩方」
「……僕たちですか?」
「ええ、炎が出にくいうちに捕まえていただけますか? 服が焦げたのでやり返しましたが、想定より反動が…」
「貴女はどうして突然の無茶をするんですか! ただでさえ燃費が悪いんですから、狸は寮長たちにまかせてもう大人しくしていなさい!」
そこで、咽せるのが落ち着いたらしい狸が大声を上げた。
「オレ様は狸じゃねーって何度言わせるんだゾ! 偉大なる魔法士になる男・グリムとはオレ様のことだゾー!」
「威勢のいい小動物ですね。リドルさん、お願いできますか?」
「違反者は見逃せないからね。さっさと済ませるとしよう」
「見ろ! オレ様はつえーんだゾ!」
調子が戻ってきたらしい狸――グリムが自慢の炎を出すが、その勢いも2人の寮長が相手ではそう長くは続かない。
「――『
「ふぎゃっ!? なんじゃこりゃ!?」
あっという間にグリムの首には首輪がかけられ、炎も封じられた。術者があの首輪を外さない限り、魔法が使えないようだ。
クレアはクロウリーに肩を支えられてまだ痛む頭をさすりながら、その見事なユニーク魔法に釘付けになった。首輪のデザインも凝っている。
「…………素敵」
「どうにかしてください! 貴方の使い魔でしょう!? しっかり躾を……え? 貴方のじゃない?」
「さっき、クレアさん? にも言いましたけど……見知らぬケモノです」
詰め寄られたユウはぶんぶんと首を振り、クロウリーは数秒の後に引き下がった。
「……そ、そうでしたっけ? ごほん! では、学園外に放り出しておきましょう。鍋にしたりはしません。私、優しいので。誰かお願いします」
「ぎにゃー! 離すんだゾ! オレ様は……絶対、絶対! 大魔法士になってやるんだゾー……!」
グリムが鏡の間から連れ出されると、クレアはクロウリーに背を撫でられながらサバナクロー寮の列へ戻った。
「少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会です。各寮長は新入生を連れて寮へ戻ってください。さあキングスカラーくん、手を出して」
「あ?」
「クレア、貴女ちょっと猫になりなさい……よいしょ」
「…………」
手のひらに黒い仔猫をのせられたレオナは、何の真似だと問うようにぎゅっと眉を寄せる。その後ろでは例のふわふわ耳の男子生徒がぷるぷると笑いを堪えていた。
「これは体力節約モードです。少し経てば体調も元通りになりますから、寮までこのままお願いします」
「…………ハァ…」
ディアソムニアの寮長が呼ばれていないとか何とか話している周りの声を聞き流し、仔猫の首の後ろを摘んで目線を合わせるように持ち上げると、寮分けのときよりもしょぼついた黒い目がレオナを見た。
いまだに後ろでぷるぷる震えている奴の手に今すぐ投げ渡してやろうかと思ったが、ふわりと鼻腔をくすぐった匂いに目を見開く。思わずスンと嗅ぎ直すと、やはり――。
「――さん、レオナさん? ……なんで猫なんか嗅いでるんスか?」
「…………るせぇな、なんでもねぇ。ラギー、お前寮までこれ持ってろ」
「えっ、ちょっ!」
仮にも雌なのに放り投げるのではと慌てて反射的に出されたラギーの手のひらに、予想に反して黒猫がそっと置かれる。
彼が あれ? と思いつつレオナを見れば、落とすなよ、と念を押され、猫を包むように反対側の手も添えた。
「……とりあえず、今年は面倒なことになりそうッスねぇ……」
何かを考えているような顔で前を歩き始めたレオナに聞こえないように、ラギーは溜息を吐く。手のひらの上でくたりとしている黒猫の世話もきっと自分に丸投げされるのだろうと察して、少しだけこめかみが痛んだ。