02

 帰るべき場所がないことを闇の鏡から知らされたユウが、ひとまずオンボロ寮へと案内され雨漏りと闘っている頃――。

「……えーっと……コイツの部屋、レオナさんの部屋の隣みたいッスね」
「………………」

 クレアもまた(寝ている間に)サバナクロー寮に到着していた。彼女を胸に抱えたままのラギーが、冷や汗をかきながらレオナを見上げる。
 彼らを遠巻きに見ている寮生たちも、最初こそ好奇の目をして集まってきたが、レオナの顔を見るなり自室へ飛んで帰る者もいた。

「……なんで隣なんだよ」
「ほら、レオナさんの部屋が一番良い部屋だし、隣のここも結構広くて良い部屋ッスから」
「…………はぁ……」
「あー……とりあえず、アンタは起きるッスよ! もう部屋着いてるッス!」

 ラギーが自分の腕の中で眠ったままの黒猫を軽く揺すると、薄らと目が開いた。クレアは半分寝ているような顔で辺りを見回し、ラギーの腕に前足をかけて伸びをしながらあくびを噛み殺すように鳴く。

「元の姿に戻れそうッスか?」
「みぃ」
「んじゃ、床に下ろすッスよ」

 床に下りたクレアが人間の姿に戻ると、入学式が済んだからか、式典服ではなく最初に着ていた黒いルームウェアに変わっていた。
 レオナは壁に背を預けて2人が話すのを眺めるだけで、一刻も早く寝たいと顔に書いてあるが、一応クレアが部屋に入るのを確認するまで待つ気はあるらしい。

「ここまで運んでくれてありがとう」
「本当ッスよ。タダ働きッス」
「じゃあ、これをあげる」

 クレアが右手を出すと、何もない空間からぽとりと包みが落ちてきた。びくりとしたラギーの手を取って包みを持たせ、今度は左側に落ちてきた飴玉を自分で食べる。もともとクレアの魔法でできているクロエとノアが思考を読んで必要な物を出してくれることは、彼女にとって当たり前だった。

「……それどうなってんの? てか、これ何スか?」
「クッキーだよ、おやつに持ってきたの。でも飴の気分だからあげる。クッキーと飴を出してくれたのはクロエとノア」
「どーも」
「これはノア」
「オレもクロエもこいつの魔法……って、どいつもこいつも男じゃん」
「男子校だもの」

 クレアの頭にずしっと顎をのせた状態でノアの顔が現れると、クレアの部屋からにこりと笑ったクロエも顔を出す。ノアはラギーとレオナ、まだ周りを囲んでいる寮生たちを確認して顔を引き攣らせていた。
 ラギーは手元の包みをとりあえずしまって、自分が名乗っていないことを思い出した。

「ああ、オレはラギー・ブッチっス。そこに立ってんのがレオナさん、ここの寮長ッス」
「クレアだよ」
「知ってる。……さっきから気になってたんスけど、アンタ入学式のときもっと上品じゃなかったッスか? 寮長たちに言葉遣いちゃんとしてたし」
「第一印象は大切だから。あなたたちも敬称を付けて敬語を使うほうがいい? おじ様や先生以外の人ときちんと話すのは小さい頃以来だから、慣れないの」
「……いや、オレは別に好きにしてもらって構わないッスけど」
「よかった」
「そこまでにして、もう部屋に入りなさい。寝る時間でしょう」

 安心してふにゃりと笑ったクレアを、再び部屋から顔を出したクロエが呼ぶ。まるで母親のように腰に手を当てて怒った顔をした彼女は、ラギーとレオナを見て思い出したことを話した。

「そうそう! あなたたち、クレアの部屋に入るときには、“入る前に”、必ず一言声をかけてね」
「……あ?」
「なんでッスか?」
「入り口にトラップがあるから。クレアの許可なく部屋に入ろうとすると酷い目に遭うわ、丸焦げとか」
「トラップ!? 丸焦げ!?」
「この子、こんなんでしょう? クロウリーは相当心配みたい。ノアは男の子でもクレアの魔力でできているから、ここを通れるけれど」

 クロエが溜息を吐く横で、クレアが眠たげに目を擦る。ベッドに入る前にシャワーは浴びろよな、と呆れた顔をしたノアは一足先に姿を消した。

「ほら、寝るよ! っと、その前にシャワーと歯磨きもね!」
「はーい。それじゃあおやすみなさい。ラギー、レオナ」
「おやすみ…………結局レオナさんも呼び捨て……」
「……俺ももう寝る」
「あ、はいッス! 明日は早めに起こすッスからね! ちゃんと起きてくださいよ!!」

 クレアが部屋に入ったのを見るなり、レオナは大きなあくびをして自分の部屋へ入っていく。ラギーが慌ててその背に声をかけるが、返事はひらひらと手が振られるだけで、明朝の苦労を確信して思わず苦い顔になった。

「……オレも寝よ」


 ▼△


 一方、オンボロ寮では――。

「大魔法士グリム様はお化けなんか怖くないんだゾ! ふんな゛〜〜〜っ!!」
「このままじゃ火事になっちゃう!」

 ――グリムがゴーストに向かって吹き出した炎により、火事になりかけていた。

「ん? ……火が出るとき、目を閉じちゃってる…?」
「うるせーっ! オレ様に指図するんじゃねーんだゾ!」
「……追い払えば学園長を見返せるかも。勝利の暁にはツナ缶プレゼント!」

 炎を出すときにグリムが目を閉じていることに気が付いたユウは、なんとかグリムを乗せてこの状況を切り抜けようと必死だった。

「なぬっ………!? ぐぬぬ、オ、オレ様は天才なんだゾ。こんなヤツら1人でも……」
「いーっひっひっひ!」
「オマエらたくさんいて卑怯だゾ〜!」
「ここに! お買い得な人手をご用意しております! 今ならツナ缶もう1缶プレゼント!」
「ぐぬぬ〜〜〜……っ。オイ、オマエ! お化けがどこにいるかオレ様に教えるんだゾ!」
「! まかせて、っ左側に出た!」

 ユウが左を指して叫ぶと、グリムが反応して炎を出す。さっきまで避けられてばかりだった攻撃が、ようやくゴーストに当たった。

「あ、当たった! よぉし、この調子で全員追い出してやるんだゾ!」
「うん! あっ、次は右! 後ろからも!」
「ふな゛〜〜っ!!」

 そうして攻撃を続けていけば、ゴーストたちが次々と逃げ出していく。ユウがすごいすごいとグリムを持ち上げていると、夜食を持ったクロウリーが現れた。
 クロウリーは追い出したはずのグリムがオンボロ寮にいることに驚いたが、たった今ユウと協力してゴーストを退治したことを聞くと表情を変えた。

「おふたりさん。ゴースト退治、もう一度見せてもらえます?」
「えっ」
「でも、ゴーストは全部追い払っちまったんだゾ! それより、ツーナー缶ー!」
「ゴースト役は私がします。私に勝てたらツナ缶を差し上げましょう。私、優しいので」
「……これに勝てば学校に残れるかもしれないし……何よりツナ缶ゲットチャンスですぜ、旦那」
「ぐぬ……これで最後なんだゾ! 今度こそ絶対絶対、ツナ缶よこすんだゾ!?」

 変身薬を飲んでゴースト役をするクロウリーと見事に戦ってみせた1人と1匹が、『雑用係』として滞在許可をもらえるまで、あと少し。


 

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