03

 翌朝。遅刻させるわけにはいかないからと早めに叩き起こされたクレアは、クロエとノアに髪や制服を整えてもらいながら今にも二度寝しそうになっていた。天気も晴れ、昼寝や散歩にちょうど良さそうだった。

「おーい、起きてるッスか?」
「ラギーだ。どうぞ」
「……お邪魔するッス」

 てっきり自分が世話を焼かねばならない相手が増えたと思っていたラギーは、すでに目を覚ましていたクレアに拍子抜けした。
 慣れたように身支度を整えてやるクロエたちを見て納得したが、寝ぼけ眼でふわふわと笑いながら自分を部屋に入れる無用心さに、保護者が入り口にトラップを仕掛けるのも頷ける、と複雑な思いもした。
 恐る恐る入り口をくぐったが、入室許可を得ているので何も起こらない。

「一応起こしに来たんスけど、そういやクレアくんには世話係がいたッスね」
「ラギー、私男の子じゃないよ」
「え? ああ……じゃあ、クレア」
「うん」
「オレは別にコイツの世話してる気はねーよ、ただ初日から格好がだらしないとか遅刻したりとか〜ってのは見たくないだけ」
「ノアくんだっけ? それを世話焼いてるって言うんスよ」

 自分もレオナを起こさなければならないのを思い出したラギーが立ち上がると、クロエに促されてクレアもベッドから降りた。彼女の制服は特注のスカートで、艶やかな毛並みをした尻尾の邪魔もしない作りになっている。ラギーはなんとなく、ひらひら揺れるそれから目を逸らした。

「食堂の場所まだ知らないでしょ、朝メシ一緒に行くッスよ」
「はぁい」
「まずレオナさん起こすんで、こっちッス。隣の部屋だから」

 クレアを連れてレオナの部屋の入り口に立ったラギーは、さっそく今日最初の溜息を吐いた。適当に脱ぎっぱなしの服やら何やらで散らかる床、半裸で寝ている本人。女の子を連れて入るべきではないかもしれない。引いているのでは、と振り向いたそこに、クレアはいなかった。

「は!?」

 慌てて見回すと、彼女は迷いなくレオナの部屋に踏み込んでいた。

「え、ちょっとクレア、」
「レオナ、起きて! 朝だよ!」
「えぇえ……」

 その人半裸なんスけど、という呆然としたラギーの声など聞こえていないクレアは、レオナの毛布を思い切り剥がして頬をぺちぺちと叩いている。クロエやノアが自分を起こしてくれるときにするのと同じように。
 レオナがぐるると唸り出すのを聞いたラギーは、「あーあ……オレもう知ーらない……」と青褪めた。

「…………おい、何してる」
「あ、起きた! 早く着替えて朝ごはん! あとお部屋が汚いわ!」
「あ?」
「ンッ……っくく……」

 先程まで青褪めていたラギーが、今度は耐え切れずに吹き出した。ばっと後ろを向いて顔を隠すが、レオナの視線は背中に突き刺さっている。
 ベッドから離れて部屋を見回し、クレアは右手でぱちんと指を鳴らす。床に散らばっていた服がふわりと浮き、汚れていないものは畳まれてクローゼットへ、一度着たらしい服はふわふわと浮いたまま。

「洗濯物はどこに?」
「ああ、それはオレがやってるッス」
「じゃあラギーに」

 クレアが呟くと、浮いていた服がラギーの足元にぱさぱさと重なって落ちた。ついでに雪崩が起きそうだった本に左手で指をひと振りして並べ直し、右手でもう一度指を鳴らすと今度は箒が現れた。

「床をお願い」

 さっさと床を掃いていく箒は、クレアが頷いたのを見ると、綺麗になったでしょう? と言いたげにくるりと回転してから消えた。

「こんなものかな」
「………ッス…」
「何か言った? ラギー」
「何この子便利! うちの寮に来てくれて本当にありがたいッス〜〜〜!! 毎朝お願いするッス〜〜〜!!」
「どうして少し泣いているの」

 普段の苦労を思って涙を浮かべるラギーを不思議そうに見ながら、クレアは今度はレオナに向けて指を振った。するとレオナの髪にすっと櫛が通り、いつも通りの三つ編みが作られ、ラギーが「おお…」と声を上げた。
 自分に害があるわけではないのでされるがままだったレオナは、丁寧に編まれた髪を見つめて眉間にしわを寄せた。

「……お前、今の掃除で魔力を消費したせいでぶっ倒れたりしないだろうな」

 あのレオナさんが人の心配を!? あまりの衝撃で真ん丸に目を見開いたラギーの横で、マジカルペンの存在を思い出したクレアが魔法石を撫でた。

「色もくすんでいないし、掃除くらいの魔法なら今は大丈夫みたい。昨日のはコントロールのミスもあったし……夜はちゃんと寝たから」
「そうか」
「それより朝ごはん! 終わっちゃう!」
「……ああ、わかったから騒ぐな」
「………??」

 昨日の入学式の後に考え込んでいたことといい、何かレオナさんの様子がおかしい――とは思うものの、本人に聞いても「なんでもねえ」しか答えないのは確実なので、ラギーは首を傾げた。
 あのレオナでも年下とはいえ女を待たせることには若干抵抗があるのか、本当に渋々とだが、ベッドを出て着替えを済ませた。
 クレアは元から人との関わりが薄かったせいか、目の前で着替えられても特に思うことはないらしい。恥じらいとかないんスかね、とラギーは遠い目をした。

「ごはん、ごはん」
「こっちッスよ。寮から出たら人も増えるから、はぐれないようにココ持って」
「うん」

 ようやく大食堂へ向かう途中、昨日ろくに食事をとらなかったクレアは上機嫌だった。初めて見る物や人ばかりでそわそわと落ち着きのない様子を見たラギーは、まだ大あくびをしているレオナの制服の端を、小さな手に握らせた。

「おい」
「最初に学園長からクレアのこと頼まれたのはレオナさんでしょ、育児放棄しないでくださいッス」
「……はぁ」
「?」

 大人しく制服を掴んでいるクレアに一瞬目を向けたレオナは、振りほどくでもなくそのまま大食堂へ入っていく。それにくっついて歩くクレアに、やはり生徒たちの視線が集まった。男子校に正式入学した女子生徒だ、無理もない――だが、レオナがいると近寄りづらいのか、直接声をかけに来る生徒はいない。2人の数歩後ろを歩くラギーは、レオナの尻尾がゆらりと揺れるのを見た。

「あれ……意外と機嫌良い……?」

 顔はいつも通り気怠そうだが、耳や尻尾の反応まではなかなか隠せない。あの尻尾を信じるのなら、レオナは――。

「おい、ラギー」
「!! っはい!? な、何スか!?」
「何ぼけっとしてんだ、肉」
「あー、ハイハイ。クレアは?」
「自分で取りに行きたい!」
「じゃあこっちッス」

 名前を呼ばれて思考が途切れたラギーはとりあえず、クレアのことが嫌なせいでレオナの様子がおかしいわけではないようだと結論付けた。掃除と身支度の魔法が便利で気に入ったのだろうか。何にせよ機嫌が良いなら、まあそれで良い。
 学園でのことは何でも自分でやってみたいらしいクレアが、かたんと席を立った。レオナは当然のように座って長い脚を組み、早くしろなどと言ってくる。

「お野菜あるかなぁ」
「いっぱいあるッスよ、好きなんスか?」
「うん。小さい頃に先生に直されたし、食べちゃいけないものじゃなければ嫌いなものはあんまりないの。ちゃんと食べるよ」
「レオナさんにもそうなってほしいッスねぇ、あの人野菜嫌がるから」
「食べられるようになったらおいしいよ?」
「クレアを教えてた先生をレオナさんにも付けてやってほしいッス」

 想像よりも多い品数を取る姿に驚いたラギーは、重そうなトレーを持ってやり、先導して人混みをするすると抜ける。クレアは後ろからラギーの制服の裾を掴み、他の生徒とぶつからないように歩いた。

「はい、レオナさん」
「……またこんな不味いモン大量に取ってきやがって」
「全部食べなくちゃ大きくなれないのよ」
「ぷっ……」
「何笑ってんだラギー……俺は十分大きいからそんなに言うならお前が食えよ」

 にやにやと笑いながらフォークで刺したサラダを口元に差し出されると、クレアはぱくりとそれを食べた。肩を震わせていたラギーも固まり、本当に食べると思わなかったらしいレオナ本人も目を見開いた。
 近くの席に座っていた他寮の生徒は、驚いて口に入れ損なった料理をぼろぼろとテーブルに零している。

「えっ普通に食うんスね……」
「? くれたら食べるよ」
「それ、あんま男を相手にやっちゃダメッスよ。勘違いするヤツ絶対いるから。レオナさんのビックリ顔ひっさびさに見たわ」

 何事もなかったかのように自分の料理を食べ始めるクレアを、レオナとラギーはしばらく何とも言えない顔で眺めていたが、これ以上言っても無駄そうだと思い直して自分の皿に手をつけた。

「聞いていいか迷ってたんスけど、量多くないッスか?」
「私?」
「そう」
「多めに食べないともたないの」
「……そういや昨日クロウリーが『燃費が悪い』とか言ってたな」
「ああ、それで」

 ラギーは頷いて続きを食べるが、レオナがクレアのほうにサラダの皿を押し付けるのは見逃さずに阻止しておいた。舌打ちをして睨まれようが、今更気にすることではない。

 この後クレアが面倒事に巻き込まれることになるなど知らないレオナとラギーは、いつもより少し賑やかな朝食を終えるのだった。


 

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