05
まあ、連れて来ちまったモンはしょうがないっしょ。さっさと終わらせて帰るしかないって――エースが溜息と共に吐き出したその一言に、全員が同意した。
ユウに背を摩られて震えが落ち着いたクレアは人の姿に戻り、小屋や付近を調べつつ、まだ話したことがなかったエース、デュースと互いに簡単な自己紹介をした。
2人とも入学式でクレアの魔法を見ていたらしく、「お前のことは一方的に知っていた」「てか知らない奴いないっしょ」と話した。クロエとノアについても興味津々なようだったので、顔を見せておく。
「こっちがクロエ、こっちがノアだよ」
「おお……本当に出てきた」
「おもしれー、マジで何もないとこから出てこれんのな」
「うちの子をよろしくね」
「私が宿主なんだけどなぁ……クロエのほうがお母さんみたい」
「うげ、また全部男じゃん」
「もっかい言うけど男子校だからね」
そして、魔法で水をかけてしまったグリムにだけは改めて名乗っても警戒されていたが、クレアが「じゃあコレで許して」指を鳴らしてツナ缶を取り出せば、「お前なかなか良いヤツなんだゾ」と彼女の頭に乗るほど上機嫌になった。
「オレ様が隊長だ! オマエらついてくるんだゾ!」
クレアの頭から降りたグリムがややムキになって言い、皆が後に続いて鉱山へ入っていく。少し歩いたところで、何かを察知したデュースが立ち止まった。
「何か……いる!」
「ぴゃっ!」
「ヒーッヒッヒ! 10年ぶりのお客様だあ!」
「ゆっくりしていきなよ。永遠にね!」
襲いかかってくるゴーストに魔法で応戦しながらなんとか撒くが、デュースがまだ奥に何かいると言い出した。何かと彼が仕切っていることにエースが噛み付き、言い合いになっている。
途中、太めのゴーストが息切れしていたのを見てからくすくす笑いが続いていたクレアも、デュースが指していたであろう気配を察知するとぴくりと耳を動かした。
「おい、クレア。こりゃちょっとまずい雰囲気だわ」
「……ノア、これは私もさすがに嫌な予感がする」
「クレアも? 奇遇だね、オレもだよ」
「何かあったらよろしくね、ユウ」
「……君のほうがオレより強いんだけど」
じとっとした目でユウが返したとき、奥の暗がりからヒトのものとは思えない声が聞こえてきた。
「……さぬ……うぅ……ぬ…………い……し……ウゥウウ…………オデノモノ……」
「こ、この声……は?」
「なんか……だんだん近づいて……」
「イジハ…………オデノモノダアアアアアオオオオオオ!!!!」
「「「「「で、出たああああ!!」」」」」
現れたのは顔のない巨大な怪物で、命の危機を感じた4人と1匹は力の限り叫んで走り出す。家庭教師を相手に魔法の適切な使い方を学ぶための易しい戦闘でしか攻撃魔法を使ったことがないクレアも、どうしたらあれを倒せるのかパッとは浮かばなかった。
「あんなのいるなんて聞いてねーんだゾ!! はよ逃げろ!」
「めっちゃエグい! でもアイツ石がどうとか言ってなかった!?」
「えぇっ!?」
「イジ…イシ、ハ……ワダサヌ……!!!」
「!! やっぱりここに魔法石はまだあるんだ!」
どうしても退学にはなりたくないらしいデュースが攻撃をするが、あっさりとやり返される。見兼ねて前に出たエースも逆に怪物から攻撃を受け、グリムの炎も効いていない。
クレアも思いつく限り攻撃魔法を試すが、せいぜい怪物を一瞬怯ませる程度で、時間稼ぎにもならなさそうだ。他の方法を考えている彼女の隣で、ユウが何かに気づいた。
「……!? 今、何か光った!?」
「あいつの後ろ! 坑道の奥でなんか光って……」
「あの光は、魔法石……!?」
「っでも、これ以上近づけなさそうだね」
「ォオオオオオヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!! ワタサンゾオオオオ!!!」
「オイ、ユウ! ひひひひとまず逃げるんだゾ! このままじゃ全員やられちまう!」
グリムの言葉に頷いて、全員揃って外に出る。そのまま足を止めずに走って最初にいた森のあたりまで戻ってくると、各々息を整えながら鉱山を振り返った。
「ここまで来れば大丈夫か?」
「とりあえず追ってきてはいないみたい」
「はあ、はあ……世界には、怒ったおじ様より怖いものってあるのね……」
「大丈夫? 顔色があんまり良くないよ」
ユウはしゃがみ込んで咽せているクレアの背を撫でてやりながら、荒い口調で言い合うエースとデュースに声をかけた。
「どうしよう……あれって、魔法でなんとかならないの?」
「先ほど学園長が言っていた通り、魔法は万能ではない。強くイメージできなければ、魔法は具現化しないんだ。大掛かりな魔法や複雑な魔法の使用には訓練が要る」
デュースが答えると、その後にエースが説明を加えた。
「だから魔法学校があるんだけどね。パッと思い浮かべた通りに魔法を使うには、かなり練習が必要ってワケ。ぶっちゃけ、テンパッてるとミスりやすい」
「皆テンションで使ってるんだとばかり……だからグリムは火しか出せないんだ」
なるほどと納得するユウにグリムがぎゃあぎゃあ言い返す間に、何としても魔法石を持ち帰りたいデュースと諦めて早く帰りたいエースとがまたもや言い合いになる。クレアもまだ立ち上がれないし、こめかみを押さえたユウは少し声を張った。
「ああもう、じゃあ全員仲良く退学ってことで!」
「「えっ……」」
「オ、オイユウ。いきなりキツいこと言い出してどうしたんだゾ」
「そんなだから2人とも歯が立たないんだよ、もう少し協力し合おうよ」
気が弱そうに見えたユウがそんな言い方をするとは思わなかったのか、言い合っていた2人はぎょっとして、グリムでさえも恐る恐る顔色を窺う。クレアも目を丸めた。
「ちゃんと作戦を立てるべきだと思う」
「作戦? それって皆で仲良く協力しろってこと? ハッ、何ソレ寒ッ。よくそんなダッセェこと真顔で言えんね」
「同感だ。こいつと協力なんかできるわけない」
「でも……。入学初日で退学って、もっとダセー気がするのだ」
「……確かに。……ちょっと待って、もしかして私も退学になったりする?」
嫌な顔をしていたエースとデュースはグリムの正論で黙り、この状況に巻き込まれただけなので自分は関係ないだろうと思っていたクレアはもしかしてと焦り始めた。
「そんなことになったら、全然クールじゃない! というわけで、1つ提案があるんだけど……」
「………はぁ。わぁったよ。やればいいんでしょ、やれば! ――で、どんな作戦?」
ユウが考えた作戦を聞きながら、再び鉱山の入り口へ向かう。本当に上手くいくのかとグリムが不安げに問うが、すでに腹を括っているらしいユウの表情は硬い。
各々が持ち場につくと、グリムが震えながら入り口の前に立った。
「やい、バケモノ! コ、コココッチなんだゾ!」
「グルルルル………ガエレェエエエェエエエエエエ!!!」
「ギャッ! 来た! ユウ〜!」
「こっちだ、バケモノ!」
グリムの合図で今度はユウが怪物を呼ぶ。ユウに気づいた怪物は腕を振り上げ、ユウの側に控えていたクレアが魔法で盾を作り上げる。重い一撃ではあったがなんとか防いだ。
「ぴゃっ! あんなパンチ当たったらひとたまりもねぇんだゾ!」
「すごい……ありがとう!」
「っけど、一時的なバリアだからもうもたないよ、走って!」
「うん、なるだけ洞窟から引き離そう!」
「………だいぶ洞窟から離したんだゾ!」
「今だっ!」
ユウの掛け声で、構えていたエースとグリムが並ぶ。
「オッケー、お任せ! いくぜ、特大突風!」
「アーンド・グリム様ファイアースペシャル! ふな゛〜〜〜〜っ!」
「グアアアア!!?」
「効いた!?」
動きを止める怪物を見上げてクレアが言うと、エースが得意げに笑った。
「どーよ! グリムのショボい炎も、オレが風で煽ってやればバーナー並の火力だぜっ!」
「ショボくねーっ! ほんっとにオマエ、一言多くてムカつくんだゾ!」
「炎の竜巻でモンスターが怯んだ! 今がチャンス!」
「デュース!」
今度はデュースがマジカルペンを構え、しっかりと頭の中でイメージを固めてから魔法を繰り出す。
「落ち着け……よく狙うんだ…俺が知る中で一番大きく……重たい…………いでよ、大釜!」
「グアアッ!?」
「やった! 上手くいったんだゾ!」
怪物が大釜に潰されて動けないうちに、全員で洞窟の中を進む。先導したデュースが魔法石を手にすると、取り返すために怪物が大釜を押し除けようともがいた。
焦るエースとグリムに急かされたデュースは、重しを追加しようとペンを振るう。
「い、いでよ! 大釜! あとは、えーとえーっと、大釜!? それから、大釜っ!」
「お前、大釜以外に召喚レパートリーないわけ!?」
「うるせえな! テンパッてんだよ俺だって!」
「魔法石はゲットした! ずらかるんだゾ!」
「了解っ!」
「――!! 後ろ、後ろー!」
森へと走り出しながらクレアが振り向くと、怪物が重しを押し除けたところだった。その猛追に喉がひくりと鳴り、もう間もなく追い付かれそうだ。
「で、でもだいぶ弱ってる! 今なら……こうなったら、やるっきゃない!」
「あーっ、もぉ! やったろーじゃん! チビんじゃねーぞ、真面目クン!」
「お前こそ!」
「オレ様の真の力、見せてやるんだゾ!」
「ガードは任せて、皆は攻撃に集中して!」
先ほど攻撃魔法の効きがいまいちだったクレアは、一番無防備なユウの隣で防御に徹することに決め、怪物の反撃を魔法で防ぐ。巨大なツルハシを振られればさすがに盾にヒビが入ったが、なんとか持ち堪えた。
防御を気にする必要がなくなったエースたちは、攻撃を全力で怪物に叩き込む。
一斉に魔法を浴びせかけられた怪物は、とうとう大きな叫びを上げて姿を消した。
「やっ……た?」
「か、勝った……オレ様たちが勝ったんだゾ!」
「よっしゃあ!」
「やったあ!」
「勝利のハイタッチなんだゾ〜!」
「私も、私も!」
「はいはい、お前もな」
「……皆すっかり仲良しだね」
もうどこにも怪物の姿が見えないことを確認すると、4人と1匹で自然とハイタッチが始まった。男子が手を上げてしまうと手のひらに届かないのでクレアが声を上げると、エースたちは少し低めに手を出した。
「雨降って地固まる、ってやつかな?」
「………あっ。ち、違う。別にこれは、そういうんじゃない!」
「そ、そーそー! 変なこと言わないでくんない?」
「オッ、オレ様が大天才だから勝てたんだゾ! 力を合わせたから勝てたわけじゃねーんだゾ!」
「えっ、これで皆友達だと思ってたのに……ユウはもう友達だよね!?」
「……うん」
「お、お前らトモダチとか痒くなることよく言えんね!?」
仲良しを否定されたクレアは耳をぴんと立ててショックを受け、今回一番側にいたユウの腕を掴んだ。ユウは一瞬驚いたが、元の世界に戻れる日がいつになるかは分からないし、友人がいれば心強いだろうと頷いた。
エースは首裏をがしがしと掻いた後、諦めて認めるように息を吐いた。
「……って、言い訳すんのもダサいか。悔しいけどユウの作戦勝ち、かな」
「……ああ。ユウが落ち着いて指示を出してくれたから、こうして魔法石を手に入れられた。これで退学させられずに済む。……本当に良かった」
「皆が協力してくれたおかげだよ。無事で良かったよ」
そうして声をかけ合っていると、グリムが足元に何かを見つけた。顔を寄せ合ってそれを見ると、黒い石らしかった。クレアがすんすんと嗅ぐと、なんとも言えない匂いがしたのでユウの後ろに隠れた。
「なんだかコレ、すげーいい匂いがするんだゾ……」
「うそだあ!?」
「さっき匂いを嗅いだクレアは逃げたじゃないか」
「よく分からない匂いがしたから」
「アイツが隠し持ってた飴ちゃんかもしれねーんだゾ! うう〜っ、我慢できない! いただきまーす!」
「あっ……ホントに食べた!? コラ! ペッしなさい! ペッ!」
「ゔっ!!!」
冷や汗をかきながらユウがグリムを揺するのを見て、デュースは心配し、エースは呆れている。少しして口を開いたグリムは、満面の笑みで言った。
「う……うううう……っっっ、うんまぁ〜〜〜い!! まったりとしていて、それでいてコクがあり、香ばしさと甘さが舌の上で花開く……まるでお口の中が花畑だゾ!」
「……モンスターって雑食なんだぁ……もうすでに飲み込んじゃってるけど、本当に大丈夫かな?」
ユウとエースとデュースが引いている横で、クレアは考えていた。明らかに食べ物の匂いではなかったし、自分が聞いたことのある宝石などの類でもなかった――しかし、もう食べてしまったものは仕方がない。
「――さぁ、気を取り直して。この魔法石を学園長に届けに行こう!」
デュースの声で石について考えるのをやめたクレアは、学校に戻ったら保護者から怒られるかもしれないことを思い出し、ひとり青褪めていた。