主人公にもシャワーイベントがあったら

初日の議論が終わり、各自自由行動の時間になった瞬間に私はシャワールームへ駆け込んだ。いつもなら空室があったらシャワーを浴びようかな、くらいで特に時間帯を決めたりはしないのだが、今日は何だか一番に浴びてさっぱりしたかったのだ。
シャワールームに誰もいない事を確認し、衣服を脱いで個室に入る。一番風呂ならぬ一番シャワーだ。潜伏しているグノーシアを見つけ出さなければならないという緊迫した状況ではるのだが、だからこそ偶には違う行動をとってさっぱりしたいという気持ちがあった。
シャワーの湯加減が気持ち良い。偶にはこういうのも良いなと暫く気を緩めていた瞬間にそれは起こった。

「オッホォウ!リツじゃねーの!これがラッキースケベってヤツかぁ?俺もツイてんねぇ、ハッハァ!」
「いやーーーーーーーーっっっ!!!」

電子音と共に背後のドアが開かれ、聞き慣れた声と台詞が耳に入った瞬間に反射的に叫んで自分の体を抱きしめるように咄嗟に隠した。
沙明だ。彼は機嫌が良さそうにニヤニヤと笑っている。湯煙が何とか体を隠してくれていると信じたいが、こんな密閉した空間、しかも出口に異性がそこにいるとなると身の危険を感じてしまい顔がさーっと青褪めていくのを感じた。

「お前ロックも無しにシャワー浴びるとか無防備すぎじゃね?それともそういう嗜好の持ち主とか?俺は大歓迎ですけどねェ。襲われても文句は言えねーってな」
「だとしてもドア開けるのは無いでしょ!?空室なんて他にも……!」
「それが他の個室埋まってんだわ。ロックかかってないのが1つあったからそこ開けたらお前がいたってワケ」

まさかロックをかけ忘れていたとは。腹が立つがここは沙明が正しい。
私が来た時は他の個室空いてたんだけどなぁ。でも乗員は自分含め15人いる訳だし、そういう事も有り得るか。
何て悠長に考えている場合ではない。自分は今、沙明に裸を見られているのだ。今すぐドアを閉めようとするが沙明の手がすかさずそれを邪魔した。少しだけ空いた隙間から見える沙明の手が本気で怖い。

「ちょっと!?何してるの!?」
「何って、こんなにイイ機会を逃すわけねぇだろ?ここは俺とお前で一つ、裸の付き合いといこうじゃねーの」
「いやいや信じらんない!コメットとかジナならまだしも沙明は無い!有り得ない!その手を!は、な、せ!!」
「あー、何?お前ってソッチだったの?だったら俺の事は気にしなくていいからよ。お前はお前でそのままシャワー浴びれるし俺は俺でオイシイ思いが出来るってモンだ。一石二鳥じゃねーか!」
「私が何もよくないしあと私そういうのじゃないから!コメットとジナに失礼だから!えっ、ちょ、力強っ!?」

まずい、このままでは押し切られる。他の個室に入ってる人に助けを求めたいが、これがラキオとかレムナンだったら絶対に助けてくれない。同性でもSQとかだったら「リツ大変そうですなー。応援してるZE!」とか言って見捨てられそうだしコメットやジナも心許ない。やはり頼れる人物は1人しかいない。かくなる上は。

「なぁリツ、俺はお前の───ぐっはぁ!?」
「助けてセ……!!…………あれ?」

声を張り上げようとした瞬間にドアから沙明の手が離れたのと同時にドゴンと大きな物が転がったような鈍い音が聞こえた。それから沙明の呻く声も。
何が起こったのかわからないまま呆然としていると誰にも支えられなくなったドアはひとりでに閉まっていった。するとドア越しに馴染みのある声が聞こえた。

「リツ、そこにいるの?」
「……セツ?」
「ああ。リツの悲鳴が聞こえたから何が起こったのかと思って……。成る程ね、そういう事か」
「おいセツ、顔が怖えーって」
「リツ。ロックは忘れないように気を付けてね。あまり考えたくないけど、もしかしたらって事も有り得るから。後でタオルと着替えを運んで来るから少し待ってくれないか?」
「う、うん。ありがとう」
「オイオイ、何処に連れて行く気、がふっ」
「私は少し用を済ませて来るから、それまでロックをかけて絶対に自分から扉を開けないように。いいね?」
「わ、わかった」

どこか険しい様子のセツのものらしき足音が遠ざかっていく。同時に沙明の声が聞こえなくなった瞬間にズルズルと重いものを引き摺るような音が聞こえたが……。
……深く考えないようにしよう。私はセツが戻るまでシャワーを浴び直す事にした。

◇◇◇

「……リツ、リツ。戻って来たよ。中で倒れたりしてない?」

セツの声が聞こえた事を確認してそっとロックを外して恐る恐るドアを開いて隙間からシャワールームを覗き見る。そこにはセツが安心したような表情をして立っていた。

「……他に人は?」
「今シャワールームにいるのは私とリツだけだよ。タオルと着替え持って来たから。出られる?」
「うん、大丈夫」

セツの手からタオルを受け取りまずは水気を拭き、セツが他の人がシャワールームに来ないか見張ってくれている間に服を着る。着替え終わったよ、と声をかければセツは心配そうにこちらを振り返ってきた。

「リツ、その……沙明に何かされたりしてない?」
「あ、えっとそれが……」
「何かあったの?」
「……裸は見られちゃった」
「……そう。やっぱりこの船から追い出して正解だったよ」
「え?」
「リツ、一度起こってしまった事を忘れるのは難しいかもしれないけど……今日あった事は忘れよう。少なくともこのループではもう二度と起こらないから。でも何かあったらまたすぐに私を呼ぶんだよ」
「うん、ありがとう」

セツは優しいなぁ、とじんわりセツの優しさを噛み締めて、ん?と先程のセツの言葉に疑問符を浮かべる。
二度と、とは……どういう事だろうか。

◇◇◇

ーーー翌日。

「沙明様が見当たりませんね。ログからはグノーシアに襲撃されたという記録は見当たらないのですが……」
「沙明がグノーシアで何処かに消えたとか?」
「おやおや随分間抜けなグノーシアもいたもンだね。こっちとしては残りを炙り出す手間が減って楽になるし良いじゃないか」

……またセツがやってしまったらしい。このまま議論を進めるしかなさそうだ。

eclipsissimo