道しるべにからまる融点

※ノーマルエンド後の閲覧推奨
※SQ特記事項5(2人きりで生き残った場合)の内容が含まれます



セツが銀の鍵を使いもう1人の私を連れて扉を潜った後、食堂に戻った私の心の中は悲しみと寂しさでいっぱいだった。
涙を堪えきれずに顔を俯かせていると、それに気付いたジナやオトメが励ましてくれた。もうループする事も無くこの宇宙ではD.Q.Oに乗船しているメンバーがグノーシア汚染される事は無いという安心感はあるが、そこにセツの姿が無い事だけが心に大きな空洞を残した。
パーティーも終わり明日にはD.Q.Oはそれぞれの乗員が望む目的地へ向かう事になり、1人、また1人と別れを告げなければならない。
皆が私はあそこで降りる、誰々と着いていく、といった方針を決める中、私は何も言えないでいた。もしループの謎を解決し、皆と生き残る事が出来たなら私はセツと───。
全ての始まりが私にあったと言えど、心の拠り所も無くなり、私だけがセツを覚えているこの宇宙で生きていける気がしなかった。
私には行く場所が無い。ずっとセツとループの謎を解き明かす事だけをゴールに行動してきたから自分の事も未だにわからない。帰る場所も無い。でもずっとこの船にいる訳にもいかない。
食堂の隅で縮こまっているとオトメがやって来て心配そうに声をかけてくれた。

「キュ……リツさん、とても悲しそうなの。パーティーの時もずっと泣きそうなおとしてたの。あたしじゃ力不足かもしれないけど、何があったか聞かせてくれませんか?」
「オトメ……」

オトメの優しさに涙腺が遂に壊れてぽろりと、静かに涙が一筋堪えきれずに流れ落ちた。それで尚更オトメを心配させてしまったようでおろおろと慌てた様子を見せた。

「ごめんね、オトメ……ありがとう」
「ううん、こちらこそどういたしましてなの。リツさんが悲しい顔をするの、少しでも止められたらなぁって思うのです」
「ありがとう……ありがとう。……あのね、大切な人ともう会えなくなっちゃったの」
「それってもしかして、さっきリツさんが言っていたセツさん?の事ですか?」
「うん……」

服の袖で涙を拭えば少しだけ涙が止まった。それでも視界は滲むばかりで琴線に触れたらまた私はすぐに泣き出してしまうだろう。オトメは申し訳なさそうに目を伏せた。

「ムキュ……でもごめんなさい。リツさんはセツさんがあたし達を助けてくれたって教えてくれたけど……あたしもセツさんの事は覚えていないのです」
「うん……」
「リツさん、これからどうするんですか?リツさんだけみんなのお話に入らなかったから心配なの……」
「私は、行く場所が無いから……どうしようかなって」

視線を下げたまま指先を意味も無く弄る。ジナのように職も、コメットのように夢も目標も無いからこれからの行動なんて何も考えていなかった。きっとループを終えた先でもセツと一緒にいれると思っていた。でもそれも潰えた今、私は路頭に迷っているのと何も変わらなかった。

「ムキュ!それならあたしとククルシカさんと一緒にナダに来ませんか?」
「え……ナダへ?」
「そうなのです!リツさんが良ければあたしと一緒に研究しませんか?ヨシカドさんとても優しい人ですし、きっと歓迎してくれると思うの」

嬉しそうに笑うオトメを見て暫し考える。研究、と聞くととても難しそうだがククルシカも同行するらしいし、私達以外にも意外な組み合わせの人物達が一緒に船を下りるケースも目撃しているのであまり難しく考える必要は無いのかもしれない。
行く宛も無いからそれも有りかもしれない。了承を口にしようと口を開きかけた時、私の目の前にオトメとは違う人影が映り込んだ。

「よぉ、リツ。まだここに居たのかよ」
「沙明さん!沙明さんもリツさんにお話ですか?」

沙明だった。彼は私とオトメをそれぞれ一瞥すると珍しく真剣な表情で私を見下ろした。

「……何の話してたんだ?」
「あの、リツさん、行く場所が決まっていないらしいので一緒にナダに来ませんか?ってお誘いしたところなのです。あたしもリツさんが一緒だと嬉しいなぁって」
「……成る程な。悪ィなオトメ。こいつ行く所決まってんだわ」
「えっ……?」

沙明の言葉に思わず驚愕の声が漏れ出た。オトメもきょとんとした表情で沙明を見上げている。
呆然としていると沙明は私の腕を掴むと無理矢理立たせられた。そのまま食堂の出入り口まで歩いて行こうとする。

「っつーワケでだ、オトメ。ちょいとリツ借りてくわ」
「……あっ、そうだったんですね!キュ!それなら安心なのです!リツさん、あたしはいつでも待ってるので、またお話してくれると嬉しいのです!」
「えっ……う、うん……」

何が何だかわからないまま沙明に手を引かれる。オトメは何だか嬉しそうに私達を見送った。
沙明を見上げても彼は振り向いてくれなかった。掴まれた腕が少し痛かった。

◇◇◇

半ば引き摺られるような形で連れて来られたのは展望ラウンジだった。ラウンジに着いても沙明はなかなか手を離してくれない。彼の指が食い込む程度に力を込められており、多少なりとも痛みを感じていたので咎めるように沙明に言い放った。

「沙明、腕」
「……ん、あぁ。悪ィ」

煮え切らない返事をして沙明は胡乱げに手を離した。彼は背を向けたまま私を見ない。
どういうつもりで私をここに連れて来たのか彼の心情が全くわからない。先程の沙明がオトメに向けて言った言葉も。

「……一体どういうつもり?行く所決まってるって……」
「あ?そのままの意味だろ」
「……揶揄ってるの?悪いけど、その冗談は今は笑えない」
「そうカッカすんなよ。冗談じゃねーっつの」
「冗談じゃないなら何?……私の気持ちも知らないで、勝手な事言わないでよ」

言葉を紡ぐにつれて声が震えていくのがわかった。何を考えているのかわからない沙明に対して怒りが募っていく。
沙明の目を見返してあれこれ反撃したいのに、目線はどんどん下に下がる。下唇を噛んで込み上げてくるものを必死に堪えようとしたが、ぽつ、と床に雫が落ちて弾けるのがわかった。
セツはもういない。会う事も出来ない。銀の鍵が満たされてしまった私は別の宇宙に行く事も出来ない。セツがいないこの宇宙で行く先も無く生を終えるしかないのだ。
一緒にいてよ、と声をあげて泣きじゃくる別の宇宙のSQの姿が脳裏に過ぎった。あの時の彼女と今私が置かれている状況は違うけれど、今ならあの時の彼女の気持ちがわかる気がする。
ズルいとは思わないけれど、私もセツと一緒に行きたかった。でもセツがああしてくれなければ、私は消える以外の選択肢は無く、この宇宙はまた崩壊していただろう。それをセツが助けてくれたのだ。私の未来を守る為に。
セツを救いたかった。セツを延々と繰り返すループから解放したかった。なのに私は、最初から最後までセツに助けられた。
結局私は何も出来なかった。私はどうすればいい?どうやってこの宇宙で生きていけばいい?嗚咽が抑えられなくなるほど涙が止まらない。私はぎゅっと服の裾を握ってみっともなく喉を引き攣らせて泣いた。

「……あー、わかった。ちゃんと話す。話すから……泣くんじゃねーよ」

頭の整理がつかないまま泣きじゃくっていれば突然頬に手が添えられてそっと涙を拭われた。思いのほか優しい手つきだが慣れていないのか少し乱暴気味だった。

「……お前、俺と一緒に来いよ」
「……っ、え……?」

びっくりして涙が一瞬止まった。その間も沙明は「ハハッ、ガキみてぇにみっともなく泣いてんなァ、オイ」と笑いながら私の頬に伝っていった涙を拭っていた。
泣かせたのは誰だと思ってるの。セツの事も別の宇宙の沙明の事も思い出してぐるぐると頭を巡ってぐちゃぐちゃになる。もう何が何だかわからなくて、どうでもよくなってしまって、やけくそ気味に泣きながら沙明の胸をポカポカと叩いた。

「っ、う、うるさい、うるさいうるさい!沙明のせいなんだから……!ぐすっ……絶対に許さない……沙明なんて絶対に敵だぁぁ……!」
「あー、ハイハイ俺のせい俺のせい。つか絶対に敵ってなんだよラキオじゃねーんだから。
……って事でよ。こうしてお前を泣かせちまったワケだし、俺に責任取らせてくれや」
「……っひ、う……責、任……?」
「……こんな時まで鈍チンなのかよお前は」

呆れたような声音で沙明が言う。責任なんて言葉、沙明から聞けるなんて思わなかった。
心外な言葉に思わずムッとなったが、正面に見える沙明の表情が思いの外優しくてそれ以上何も言えなくなってしまった。

「この宇宙で俺と一緒になれっつってんの」

eclipsissimo