同じかたちの牙をもつひと

伏黒は人気の少ない高専の敷地内を歩いていた。
かといって何の宛ても無くふらふらしている訳ではなく、無論目的があっての行動だった。しかしその目的の人物が見つからず傍から見たら結果的にふらふらしているように見えてしまっているのであった。
あの人の姿を最近見ていない。そう自覚すると殊更会いたいと思う自分は重症だろうか。つい先日会ったばかりだというのにそれすらも遠く感じた。
……今日も任務だろうか。ここ数日律の姿どころか名前も聞かないという事は長期出張に赴いている可能性もある。たった数日姿を見ないだけでこんなにも焦がれるとは、いつから自分は恋愛脳になってしまったのか。いや、思い返せばこの感情は初めて彼女に会った頃から変わらない気がする。
残念だったな、という正直な気持ちは心の中で押し留めてそろそろ戻るか、と校舎内を歩きだしたところ、廊下の向こうから見慣れた銀髪が自分に声をかけてきた。

「恵、何か探してる?」
「……五条先生」

五条と律はお互い先輩後輩の仲で付き合いもそれなりに長い。彼女の居所を聞くなら五条に訊くのが一番手っ取り早いのも確かだったが、何となく今この人には声をかけられたくなかった。彼の口から律の名を聞くのも嫌で尋ねたりもしなかった。なぜこうも抵抗感が生まれるのか、伏黒は中では既に答えはわかっているも同然だったが、それを認めてしまったら埋められない差を見せつけられるようで酷く気分が悪かった。

「……いえ、何も」
「恵にしてはバレバレな嘘つくんだね。アテも無く散歩とかするタイプじゃないでしょ」
「……わかってんならそこどいてもらえますか。今日はもう戻るんで」
「律なら暫く戻って来ないよ」

一歩を踏み出そうとした瞬間に五条の口から出た彼女の言葉に無意識に眉間に皺が寄り、足が止まった。それを見た五条が「お、アタリ?」と意地の悪そうな笑みを見せた。

「当てずっぽうだったんだけどな〜。そっかそっか、恵にもとうとう春が……。
というか昔からだよね。僕から見ててもだいぶアレだったし。何、遂に告っちゃう?告っちゃうの?」
「わかってて言ったんですか。……あと別に、告ったりとかそういう用事でもないです。その言い方もやめてください」
「あれ、意外に奥手?それとも確証得てからいくタイプ?まぁ、なりふり構わずガツガツいくようなタイプじゃないよね恵は。どっちかって言うと外堀埋めてからいくタイプでしょ。でもそんな風にちんたらしてたら横から掻っ攫われちゃうかもよ〜?」
「その話まだ続きますか」

流石に頭が痛くなってきた。早く自室に戻りたい、が目の前の大男が簡単に通してくれなさそうだ。恰好の餌食でも見つけたかのように五条は話に花を咲かせようとしてくるしそれに付き合う体力はもう無い。一刻も早くこの場から去りたかった。

「……で、何だっけ。ああ、律?律なら多分早くても来週……いや、再来週かなぁ戻って来るの。僕も九石家の内情はそんなに詳しくないから確証は持てないし律の気持ちの問題とかあるだろうし。うん、わかんない」
「……九石家?任務とか、長期出張ではないんですか?」
「うん、違うね。ま、そこは色々お家の事情という事で」

いまいち要領を得なかった。任務ならまだしも律の生家───九石家が彼女が不在の理由に関係がある?
九石家は御三家に並ぶ程の家柄ではないが、特殊な家系だと聞いた事がある。何でもその“特殊”なものがある故に強い呪術師を多数輩出している家だと聞いているが、今回律が呼び出されたのはもしや当主問題といったいざこざだろうか。しかし律が当主であったとかそういった話は無かったはずだ。あまり他人のお家事情に踏み込むのもどうかと思ったので律に追及はしなかった。が、今思えば強い呪術師を輩出しているにも関わらず知名度も低く九石家の情報が極端に少なく謎が多いという矛盾に気付く。そして目の前にいる男がそれを知っていてわざと自分に彼女の情報を開示しないという事も。

「恵はあんまり知らないだろうけど律の生家は結構特殊……というか異質でさぁ。お家の事で偶に呼び出されたりしてるんだよね。だからオフの日とか寧ろ会えたらラッキー?みたいな」
「……」
「呼び出しも本人は嫌がってるみたいだけどね。なかなか断れないらしくていつも困った顔してんの。そんな顔するくらいならきっぱり断れば良いのにね。恵もそう思うでしょ?昔よりマシになったとはいえ意思薄弱な所は変わらないっていうかさ」
「……」
「九石家の悲願なんてまだまだ先の話だろうし、家の事とか忘れてもっと肩の力抜いて生きれば良いのにね。家の事は家の事、律の事は律の事なのに何ていうかさぁ、不器用だよねぇ。一層の事縁切って出て行ってしまえばいいのにね。ま、そうしないのも律らしいというか」
「……言いたい事があるなら、はっきり仰ったらどうですか」
「ん?」
「その遠回しな言い方をやめてください。何が、言いたいんですか」
「……あーまぁ、確かに今のは冗長的だったね。ま、でも一応僕から言わせてもらうとすると、だ」

いつものような調子の良い笑みを少し潜め、真剣さを含んだ声音で五条は言い切る。

「教師としても僕個人の意見としても断言するよ。律は恵の手に余り過ぎる」

その言葉に含まれていたのは忠告と、明らかな牽制だった。

eclipsissimo