忌避すべき慕情

苛烈。
自分の上司に連れられて任務へ赴いた時、"それ"が敵を一掃する姿を見て芥川はそう思った。
敵を蹂躙するその動きには寸分の隙も無く、相手の命を奪う行為に躊躇も無い。一人、また一人と次々に自分に敵対する者を機械的に殺すその姿はまさしく殺戮兵器そのものだった。
これが以前から噂には聞いていた、かの"人形"の姿か。
つい数秒前までその存在になど興味は無かった。あの人の”所有物”。あれに対する評価はそれ以上でもそれ以下でもなく、関わったら最後面倒な事になりそうだと寧ろ忌避していた。
だが今はどうだ。自ら起こした惨状の中心に立ち、倒れる無数の屍を見つめる彼女の姿に目を奪われる。
そしてたった今、芽生えたこの感情は、一体何だ。
あの人が冷ややかにこちらを見ている事を知りながらも、芥川は目の前の光景から目を逸らす事が出来なかった。



「……と云う訳でね。申し訳ないのだけれど引き受けてくれるかい?」

と今回の任務の内容を話した後、やや窶れた顔で申し訳なさそうに首領がそう云った。今回の任務は以前衝突した敵対組織の残党の処理だった。
そして今日は何時もと違い、エリスちゃんが何処にも居ない。どうも私がまた任務へ行くと知って「また祈とケーキを食べられなくなったじゃない!前から約束してたのに!リンタロウの馬鹿!嫌い!!」と云って隣室に閉じ込もってしまったらしいからだった。彼女の機嫌を直そうとあれこれ試してみたは良いが全く効果が無かったようで、首領が先程から落ち込んでいるのもそれが原因だった。
彼女とケーキを食べるのは慥かに楽しみではあったが、仕事が入ってしまってはそちらを優先せざるを得ない。後で私からも詫びを入れておこう。

「今回は君の異能を使うまでもなくすぐに終わると思うよ。現地には既に芥川君が居る筈だから彼の援護をしてくれれば善い」
「芥川?」
「そう。君達と同じ異能力者で太宰君の部下でね……ん?君は以前任務で彼と一緒になった事がある筈だけれど、覚えていないかい?」
「え」

全く記憶に残っていない。太宰さんとの任務は何回もあったし、任務が終わったら終わったで太宰さんがすぐ帰ろうと云うので他の人達がどうとか確認する暇が無いのだ。
詳しく訊けば彼は新人との事。太宰さんの部下らしいが、太宰さんは新しい人が入ったとかそういう事はあまり口に出さないから、こうして話題に上がらない限り私が知る機会が無い。

「そうそう、あとは私個人からのお願いなのだけど、異能力は出来るだけ使わず早めに帰っておいで」

首領はそう云ったが、私を心配しての言葉というよりも、私が怪我して帰って来るとエリスちゃんがまた不機嫌になるから程々にしてほしい、という意味合いの方が強いに違いない。エリスちゃんは余程臍を曲げているようだ。善処します、と答えて執務室を後にした。

***

そういう訳で他の構成員を引き連れて現地へ赴く事になり、敵対勢力の拠点へ乗り込んだのだが、先兵隊が先に粗方片付けておいてくれたお陰か特に手を出す必要も無く簡単に内部に侵入出来てしまった。
しかし芥川くん(勝手にそう呼ぶ事にした)と合流して彼を援護しなければならないのだが、彼は何処に居るのだろうか。
現地に先に来ていた他の構成員達と合流出来たのは善かったものの、芥川くんは何処に居るかと訊けば何と彼は勝手に先に進んで行ってしまったらしい。しかも他の構成員も引き連れず一人で、だ。歴戦の猛者ならまだしも彼は新人だ。無茶すぎる。
傍に倒れていた死体をよく見れば、銃によるものではない変わった傷痕が多い事に気付いた。何かに刺し貫かれたり、引き裂かれたような痕だ。中にはバラバラに切断された死体もあった。恐らく芥川くんによるものだろう。攻撃系の異能を持っているようだが、だとしても一人で対処しようとするなんて危険すぎる。
私の異能で彼の居場所を突き止められれば善いのだが現状それが出来ない為、構成員から芥川くんが消えた方向を聞き出す。どうやら外ーーー倉庫へ向かったらしい。それを聞いて事前に記憶していた情報を思い出す。彼が向かったその方向って慥かーーー武器庫がある場所ではなかったか。
そんな場所が警備されていない筈も無く、急いで彼の元に向かう。一人で突っ走った挙句死んでしまっていたら目も当てられない。



芥川くんが向かった方向へ急げば、そう遠くない場所から銃声が聞こえてくるのが判った。この辺りには似たような倉庫が立ち並んでおり、一見判りにくい場所ではあるが音のする方へ向かえばそこに彼がいる筈だ。
音を頼りに目的地に近付けば、ある一つの倉庫に辿り着いた。この中から銃声と悲鳴が絶えず聞こえてきている。周囲に敵がいない事を確認し、空いている入り口から中に入る。
そこにも先程見たものと同じような死体がいくつも転がっていた。貫かれたり、引き裂かれたような傷痕。それから切り離された身体の部位。顔を上げて辺りを見渡せば、倉庫の奥でその子は私に背を向けて立っていた。
黒外套が特徴的な痩せぎすの少年。外套を異形に変化させ、息をつく間も無く敵を一人、また一人と彼らの手に持つ銃ごと切断していくその姿は恐ろしいの一言に尽きる。凄い子が入ったな、と内心感嘆する。
彼の異能を見た限り、私の異能とは正反対で遠距離からの攻撃を得意とするように見受けられる。今でも十分強力だが、使い方次第ではもっと化けそうな異能力だ。
一人で異能力を使って敵を次々と倒していくその姿はどこか逞しくもあるが同時に危うさも感じる。まるで攻撃こそ最大の防御、を体現しているかのような戦い方だ。
だから隙も多かった。物陰から芥川くんに向かって銃を撃とうとする輩を見つけ、其奴に向かって撃てと構成員に命令する。敵のものではない、別の銃声が聞こえた事で芥川くんがこちらを振り返った。

「貴様は……、!?」

芥川くんの目が驚愕に見開かれるのが見えた。その様子から向こうは私の事を知っているらしい。どうやら以前任務で一緒になったというのは本当のようだ。覚えてなくて本当にごめん、と少々申し訳ない気持ちになった。
ある事に気付いて構成員にまた一つ指示を出す。忽ち銃声がまた一つ響く。こちらを見ている芥川くんの背後で短い悲鳴と誰かが倒れる音がした。

「余所見をしないで」

援護をしろ、というのはこういう意味だったか。芥川くんは教育次第ではもっと強くなれそうな気配はするが、今の彼は色んな意味で隙だらけだった。他にも敵はいないか見渡しながら、残党の処理を他の構成員に任せる。
芥川くんも気を取り直したのか、止まっていた黒い鋭刃を動かして残党を処理していった。が、態となのか何なのか、獲物を横取りするように構成員が仕留めるよりも疾く彼の異能が敵を片付けていく様子が時々見えた。何だろう、敵対心が強いのだろうか。
少しの間敵勢力との攻防が続いたが、それもすぐに終わった。こちらも数名構成員を失ってしまいそのほかの構成員も全員無傷という訳にはいかなかったが、怪我も治療すれば治るレベルだ。芥川くんは無傷のようだった。
私も異能を使わずに済んだし、無事にエリスちゃんとケーキを食べれそうだ。撤収しようと全員に声を掛けた所で、コホコホ、と芥川くんが口元に手を当てて咳き込むのが見えた。
もしかして病気だろうか。放っては置けず、負傷した構成員達は先に戻るように伝え彼に近付く。彼の傍まであと数歩、という所で芥川くんの背後で何かが光るのが見えた。
それは鉄パイプだった。身体から血を流した敵組織の生き残りが鉄パイプを頭上高く振りかぶり、今にも芥川くん目掛けて振り下ろそうとしていた。
咳き込む芥川くんはそれに気付いていない。仮に気付いたとしても今からでは間に合うかどうか。構成員達への指示も出来ない。なら、やるべき事は一つだった。
次の一歩を踏み出す直前で異能力を発動させる。脚を強化し、芥川くんの背後に回り込むように敵に向かって駆け出す。
世界が急速に歪む。視覚も聴覚も、感覚の全てが狂うがそれに構う暇は無い。鉄パイプが振り下ろされるよりも疾く相手に近付き、そのまま回し蹴りで相手を蹴飛ばした。
今は異能を一度発動してしまえばその瞬間に身体が最大限まで強化される状態だからただの蹴りでもかなりの威力が出ている筈だ。お陰で強化した脚の感覚がいつもより可笑しいが、また治療コースだろうか。すぐ治ってくれると信じたい。
相手は既に負傷していたし、今の蹴りでもう起き上がっては来れないだろう。ふらつく身体を何とか立たせ、芥川くんを見る。今の私にはただの人型にしか見えないが、何となく彼がこちらを見ている事は判った。

「芥川くん、怪我は?」
「……いえ、僕は何処も」
「そう……善かった」

ほっと安堵の息を吐く。彼の咳も止まったようで一安心だ。
とは云っても彼の先程の咳き込み方は少し心配だった。彼も先に帰らせた方が善いだろうと彼に向かって指示を出す。

「君も、もう戻って大丈夫ですよ」
「……貴女は、如何なさるのですか」
「まだやる事がありますから。後の事は私に任せて」
「しかし、」
「先程咳き込んでいたでしょう。君は疾く戻って休みなさい」

何故か中々帰ろうとしない芥川くんを無理矢理帰らせる。異能を発動してしまったから色々面倒臭い事この上無いが、私は死体の後処理等まだやる事があるのだ。先ずはすぐに処理班を呼ばなくては。
携帯端末を取り出し、処理班を呼ぶ。そう時間も経たずに此処にやって来るだろう。作業を見届ける必要も無いし、私も帰ろうとして歩き出そうとしたが脚が上手く動かない事に気付く。
……私、自力で帰れるんだろうか。
異能力の暴走というのは、本当に面倒臭い。

後先考えずに行動し不安に駆られていたが、程なくして何処から嗅ぎ付けたのか太宰さんが迎えに来てくれた。何故此処が判ったのだろう。

eclipsissimo