ジュリエット、そろそろ悲劇の時間だよ

独白多め。気持ち的に太→主→織



「暫く此処に来れなくなるかもしれない」

ある日、太宰さんは何時ものように私の部屋に訪れたかと思えば、開口一番にそう云った。

「出来る限り戻って来るようにはするけど、調査が難航していてね。思ったより時間がかかりそうなんだ」

はああ、と寝台の横にある椅子に座った太宰さんが重い溜息を吐く。その様子を私は寝台から起き上がった状態で見ていた。
元々彼は幹部という立場もあって多忙だから別段驚きも無く、そうですかとしか返せなかったが、太宰さんの様子から察するに今回はどうやら何時もと事情が異なるようだ。話を聞いていれば太宰さんが手を焼く程の相手らしく、中々大変そうに見えた。

「それで話は変わるんだけど、祈。私と一つ約束して欲しい事がある」

暫く彼の話を聞いていると突然、先程までの世間話をするような軽い口調とは裏腹に、真剣な声で彼はそう云った。

「今ポートマフィアはある勢力に狙われている。現時点で奴らについて判っている事は組織の名前だけ。情報が不足している今、次に奴らが何をしでかすかも判らない状態だ。
だから祈。今は絶対にこの部屋から出てはいけないよ。何時ものように私や中也の不在を狙って外出する事も、任務へ行く事もだ」

判ったね、と有無を言わさぬ勢いでそう云われた。彼の光を宿さない射干玉の瞳が私を射抜く。
それに少しの恐怖を覚えながら小さく頷けば、善い子、と頭を撫でられた。しかし、任務であっても外に出れないという事は、私が想像するより事態はよくない状態にあるらしい。

「却説、そろそろ行かないと」

私の頭を暫く撫でた太宰さんは名残惜しそうに手を離すとそう云って立ち上がった。
こんな時間まで仕事とは、今回の相手は余程厄介な相手らしい。じゃあ行ってくるよ、と自室を出て行こうとする彼の背中を見送る。そんな彼に何か言葉をかけたくなって、思わずこんな言葉が口から飛び出てしまった。

「行ってらっしゃい」

小さな声でそう云ってみれば、太宰さんは扉の前でぴたりと止まったかと思えば、ゆっくりこちらを振り返った。呟きにも近い小さな声だったというのに、彼にはばっちり聞こえていたらしい。
彼を見れば目を見開いて驚いたような、彼にしてはあまりにも無防備な表情をしていた。沈黙が気不味い。もしかして駄目だったかな、と思った瞬間、太宰さんは忽ちぱあああと効果音が付きそうな程表情を輝かせて「すぐに終わらせて来るからね!!行ってきまーす!!」と上機嫌で部屋を去って行った。善かった、何か不味い事でも云ってしまったかと思った。
閉じられた扉の音を最後に自室を静寂が包み込む。太宰さんがああなのだから他の皆も忙しいのだろう。仕方ない。暫くは此処で太宰さん含め皆の帰りを待つしかないようだ。何もしない、何も出来ない退屈な日々が続くだろうが、命には代えられない。
寝台に沈み、今日はもう寝てしまおうと布団を被る。忙しく駆け回っているだろう自分の周囲の人達を頭に思い浮かべながらやがて訪れる眠りに身を任せた。

***

次の日、眠りから目を覚ましても変わらず私は一人だった。
静かなこの自室に居ると何も感じないが、外ではどこかの敵対組織と争っているらしい。否、昨日の太宰さんの口振りから察するにまだ其処までの段階ではないようだが、それも時間の問題だろう。
彼は此処にいろと云ったが、この楼閣も絶対に安全という訳では無い。もしかしたら襲撃されるかもしれない。もしそうなったら、私はどうすれば善いのだろう。
今の私は異能力者でありながら異能を制御できない役立たずだ。折角の身体強化の異能も、暴走によって寧ろ自分の身体を傷つける事しか出来ていない。
仮に制御出来たとして私の異能は誰かを、何かを傷付ける事しか出来ない。腕や脚を強化しても何の役にも立ちはしない。
誰も殺したくないのに、私自身が兇器になれと異能がそう云っているようにしか思えなかった。
自分の手を見つめる。そういえば、と以前作之助さんに云われた事を思い出す。
彼はああ云っていたが、そんな簡単に上手くいくものだろうか。私の意志一つで本当に現状を変える事が出来るだろうか。
特にする事も無い私は、寝台に横たわりながら以前作之助さんに云われた事を今考えてみる事にした。周りがどうとか関係無い。私がしたい事、出来るようになりたい事を。
先ずは、異能力を制御出来るようになりたい。そうすれば態々誰かの手を借りる事もなく、一人で行動出来るようになるから。監視だって要らなくなるし、皆の手を煩わせる事も無くなるだろう。
それで一人で行動できるようになったら、好きな時に行きたい場所に行って、好きな事を色々したい。喫茶処やクレープ屋さんくらい一人で行きたいし、一人で購い物だってしたい。
それから、異能力を制御出来て、一人で生きられるようになったら、彼のように殺しをやめたい。
そうしたら作之助さんのようにいつかポートマフィアを抜けて、もっと別の場所で生きてみたい。彼は海の見える部屋で小説を書きたいと云っていた。銃を捨てて、ペンだけを握って。何て素敵な夢なんだろう。心の底からそう思った。
考え始めたら思いの外楽しくて、想像(この場合は妄想?)が止まらない。未来の事を考えてこんなに楽しくなるなんて初めてだ。夢を持つってこういう事なのか。
それから、何だっけ。私は何処に行こうか。殺しや死から遠い場所は何処だろう。作之助さんにとっての海の見える部屋。其処で私は何をしようか。

ーーーそうだ。この異能力で殺しとは正反対の事が出来たら。例えばーーー人助けが、出来るようになれたら。

嗚呼若しそれを叶える事が出来たなら、何て素敵な事なんだろうか。

作之助さんは凄いな。彼に真意を打ち明けて本当に善かった。彼が人殺しをしないと決めたその心の強さも、その理由も判った気がした。
布団に包まりながら考え事をしていただけだというのに、何だか今なら何でも出来そうな気がする。そんな訳無いのだけれど、そのくらい気分が高揚していた。
それに考えてみたのだが、今異能を制御出来ていないのは私だけで、他の皆は出来ている。それって私が出来ない筈は無いという事ではないだろうか。他の皆に出来ているのなら、私だって異能の制御くらい出来る筈だ。この部屋から出る事も出来ず、する事も無いのだからその方法を探すのも善いかもしれない。
そうと決まれば善は急げだ。包まっていた布団を剥がし、寝台から起き上がる。身支度を整えたら早速自分の異能と向き合ってみる事にした。
支度をしている最中、ふとある事に気付く。そういえば最近、作之助さんと会っていない。
事が落ち着いたらフリイダムのカレーでも食べに行こうか。本部ビルでは中々会う事が出来ないが、其処に行けば大抵彼に会える。子供達にも会いに行こう。お土産は…またお菓子でも善いだろうか。
そしてその時に彼に報告しよう。
私にも夢が出来そうだ、と。

eclipsissimo