私たちが今此処にいる意味

ぺご主人公との邂逅(4/11)
ぺご主人公は2週目以降



乗り換えの為、駅に着いた事を確認し乗っていた電車のドアが開いてから駅のホームに降り立つ。
高校3年生になって早数日。だからといって特に普段の生活や街並みが変わる訳ではなく、私は今日も襲い来る眠気と闘いながら電車の乗り換えをするべく渋谷駅の改札に向かっていた。
目的地である秀尽学園へ行くには渋谷駅を出て銀坐線へ乗り換える必要がある。思わず出た欠伸を噛み殺し、持っていたICカードを改札機に翳して改札を出て銀坐線乗り場へ向かう。
いつもと同じ景色。いつもと同じ人々。人混みにぶつからないよう注意しながら地下通路から駅前広場へ向かう途中、いつもと違うものがある事に気付いて思わず足が止まった。
私と同じ秀尽学園の制服を着た男の子が、スマホと駅の電光掲示板を時折見比べながらどこか落ち着きなさそうにきょろきょろしている。もしかして新入生だろうか。入学式は先週終わったばかりだが、通学にまだ慣れていないのかもしれない。
彼を見ていたのはほんの数秒だけだったはずなのだが、まさかの彼と視線がばっちりと合ってしまった。大きな黒縁の眼鏡越しに目が合う。私の勘違いかと思い辺りを見渡すが、彼を見ている人は誰もおらず、皆改札を抜けてはぞろぞろとそれぞれの目的地へ迷い無く歩いて行く。視線を戻せば彼はまだ私を見ていた。同じ制服着てるし、彼は私に助けを求めているのかもしれない。今更無視する訳にもいかず、彼に近付いた。

「あの、何か困り事ですか?」
「あ、ああ、その……乗り換えの仕方がわからなくて」

私の予想は当たっていた。彼は銀坐線への乗り換えがわからないらしい。確かに渋谷駅の構造は複雑で慣れるまでは迷う事もあるだろう。私も一年の時に何度か迷った。その時の苦労をよく知っているので、私は彼を案内する事にした。

「…もしよろしければ案内しましょうか?君、秀尽学園の生徒ですよね?」
「ああ……多分」

多分て。自分で入る学校なのにどこか他人事だな。まだ学校生活に慣れてないだけかもしれないし、このままにしておく訳にもいかない。

「ここ、慣れていないと結構迷うと思うので今日は私と一緒に行きましょう。一度覚えてしまえば後は簡単ですから」
「……いいのか?」
「全然構いませんよ。目的地は一緒ですし、それにこのままだと遅刻しちゃいますし」
「……ありがとう」

という訳でまずは駅前広場に向かう事を告げ、先頭に立って歩く。きちんと彼が付いてきている事を確認しながら歩き、エスカレーターを使って地上へ向かう。
そのまま次の階段を上り続け、駅前広場に出る。今日は天気も良いから、階段を上り切った瞬間に朝日の眩しさが目に染みた。
着いてきている彼も階段を上り切った事を確認し、すぐ目の前にある帝急ビルの中にある銀坐線乗り場の看板を指差す。

「あそこが銀坐線乗り場です。改札は階段登ってすぐなのですぐわかると思いますよ」
「ああ」

とは言うもののここで「後は頑張れ⭐」は流石に酷だと思うし不自然なのでそのまま「行きましょう」と声をかける。彼がこくりと頷くのを確認して銀坐線乗り場へ向かう。
階段を登れば銀坐線の改札はすぐ目の前だ。ここまで案内すれば彼は一人でも通えるようになるだろう。ここでいいか、とくるりと後ろを歩いていた彼に振り向いた。

「案内はこんな感じですかね。一応確認しておきますが、降りる駅はわかりますか?」
「蒼山一丁目」
「正解です。大丈夫そうですね。どうですか?私の案内で覚えられましたか?」
「ああ、お陰さまで。とてもわかりやすかった」

ありがとう、と彼は微笑んでお礼を言った。黒縁の眼鏡に隠れて見にくいが、よく見ると彼は整った顔をしている。
見慣れない顔だからやはり新入生だったか、と思い彼の制服を見て気付いた。彼は一年生ではなく、二年生だった。この日にこんなに駅で迷って秀尽の文字にもしっくりこないあの反応……もしかして彼は。

「君…もしかして転入生ですか?」
「ああ、よくわかったな」
「君の反応と制服で何となく……そうか転入生か。なら仕方ないか」

彼が駅で迷っていたのも秀尽の言葉に反応が薄いのも。というかそれ以上に私には気になっている事があった。

「……あの、もし私があそこで無視していたら君はどうするつもりだったんです?まぁ、今の時間は秀尽の生徒もよく通るので誰かは助けてくれるでしょうけど」

いかにも渋谷の、東京の交通事情に詳しくなく慣れていなさそうなあの反応は傍から見て少し心配だった。今は通勤・通学ラッシュの時間帯。皆それぞれの目的地へ向かうのに必死で誰かに構う余裕はほぼ無い。そんな状態で彼が無事に秀尽学園まで辿り着けるか不安だった為声を掛けたが、もし私が声を掛けなかったら彼は無事に登校できていたか少し疑問で不安だったのだ。

「君なら、助けてくれると信じていたから」

眼鏡越しに彼の切れ長の漆黒の瞳と目が合った。何故か視線を逸らす事ができない、そのくらい真っ直ぐな瞳だった。
というか初対面の人に向かって信じるとか、よく言えるな君…!まさかの言葉に頬に熱が集中するのがよくわかる。口説き?口説きかこれは。
もしかしてそういうチャラい系の子だったのだったりするのだろうか…。とりあえず気を取り直して「そ、そろそろ電車に乗らないと」と視線を無理矢理外して銀坐線の改札を通る。ピッという音の後に同じ音が続いたので彼も着いてきたらしい。
まぁでも彼は二年生で私は三年生。そうそう会う事も無いだろう。さっきの発言は思い出すだけでも少し気恥ずかしいのでぶんぶんと頭を振る。

「後はもう大丈夫ですよね」
「ああ。道順は覚えた。ありがとう、助かった」
「どういたしまして。あ、あとお節介かもしれませんが最近は例の事件もあってダイヤが乱れやすくなっているので、早めに家を出ておいた方が良いと思いますよ」
「例の事件?」
「精神暴走事件…って知らないですか?結構話題になってるので調べればすぐ出てくると思います」

他愛無い話をしながら駅のホームに立つ。彼は私の後に並んでいた。程なくして電車がやって来てドアが開き、降りる人の邪魔をしないよう少しずれた位置に立ちながら人の流れが収まるのを待つ。
降りる人がいなくなった事を確認し電車に乗り込み、抱えるようにして鞄を持ち人の邪魔にならないように立つ。その後に人の波が押し寄せ、例の彼はというと他に電車に乗り込む人の流れに負けてしまったらしく離れた位置についてしまった。後はもう私の案内無しで一人で学園まで辿り着けるだろう。幸いこの位置からでも彼の顔は見える。彼がこっちを見たタイミングを見計らい、ぺこりと軽くお辞儀をすれば彼もお返しにお辞儀をしてくれた。後はもう大丈夫だろう。
そういえば彼の名前とか聞けなかったな。でも二年生どころか他学年の生徒と関わる機会なんてそんなに無いし彼との出会いもきっとこれっきりだろう。あまり気にする事は無い。
今日は朝から何だか一仕事した気がする。蒼山一丁目で降りるその頃には眠気はもうすっかり無くなっていた。