僕たちはまだ愛を知らない

影山と幼馴染夢主。影山の2個上
幼少期の話
夢主に対しては色々と距離感バグる影山



「なぁ、またトスあげて。今度は高いやつ」

大きなつり目がちの黒目をキラキラと輝かせながら年端もいかない男の子がその体格よりも大きく感じるバレーボールを持ちながら年齢も然程変わらない女の子にそうせがんだ。
女の子ーーー名前には幼馴染の男の子がいた。名前は影山飛雄。近所に住む2個歳下のバレーボールが大好きな男の子。
いつも彼の家の近くを通り過ぎれば庭先で彼のお姉さんやお爺さんがよく飛雄にトスを上げる様子が見られた。ああ、バレーが好きなんだなと子どもながらに感じた。自宅で過ごしていればよく飛雄はバレーボールを持って自宅に遊びに来た。名前は飛雄に比べればバレーに然程興味も無いし技術も無い。バレー経験者のお姉さんもお爺さんもいるのに何で私に頼むんだろうと疑問に思いながらも近くの公園で名前は飛雄に拙いながらもトスを上げていた。
今もまさにその真っ最中でオーバーやらアンダーやらバレーに関してさっぱりわからない名前は飛雄に言われるがまま見よう見真似でぽーんとオーバーで高いボールを上げた。

「あっ」

しかし所詮は子どもの遊びの範疇を超えない拙いもの。ボールはてんで見当違いの方向に飛んで行き、トンと軽い音を立てて地面に落ちた。飛雄は離れた場所に落ちたそれを拾いに行くとたたたっと急いで元の位置に走って戻って来た。

「ごめん!また変なとことんでっちゃった……」
「ん。いい。もう一回やる」

飛雄はそう言うが名前はその言葉に少々げんなりした。再三言うが何で自分より圧倒的に上手い美羽さんや一与さんに頼まないで私に頼むんだろう。上手になりたいならそっちに頼んで貰えば良いのに。
ただ、バレーをする飛雄は好きだ。子どもにしては可愛げのないいつも少しむっとした顔が、バレーの事になると何だかキラキラと輝くものに変わるから。それを見る度に名前は可愛いなと思ってしまうのだ。2つしか違わない、それも男の子に対してこう思うなんて失礼かもしれないけれど。
ぽんと飛んできたボールを飛雄にトスで返す。正直レシーブを続けた腕は痛くて赤くなっているし、今日はもうここでやめたい気持ちでいっぱいだ。けれどラリーが続けば続く程飛雄のバレーに夢中になった表情がずっと見られるから、名前はいつも自分から中々やめようと言えないでいた。
そうして途中途中で落としながらもトスの練習を続けていればすっかり日はもう沈みかけていた。流石にそろそろ帰るべきだろうとボールを受け止めて声をかければ「……ん」とむすっとした表情で不満そうな声が返ってきた。

「そんな顔しても駄目だよ。今日はもう帰ろう?遅いし、皆心配するし」
「……でも」
「また時間があったらやろう?私ももう腕が限界……」
「……………………わかった」

むすーっと不服そうな表情だが長い沈黙の後飛雄は了承した。その様子からは「まだやりたい、続けたい」という欲求が見て取れる。これはまた会った時に長く付き合わされそうだなと苦笑いした。
はい、と彼の持ち物であるボールを飛雄に返して一緒に帰路につく。ぽてぽてと大きなボールを抱えて前を歩く幼馴染の黒く丸い頭を眺めながらその後ろに続く。その間も腕はひりひりするし、今日も帰ったら冷やさないとなと思いながら今まで聞けなかった事を思い切って聞く事にした。

「……ねぇ、飛雄くん。何でバレーの練習にわたしを呼ぶの?美羽さんもいるし、一与さんにも体育館に連れて行ってもらったりしてるって聞いたけど……」
「なんだよ急に」
「本当にバレーが上手くなりたいならわたしじゃない方が良いと思うよ。なにかこう、変なクセ?とかついたりしちゃったら大変かも」
「……そんな簡単にクセなんてつかねぇし。まぁ、そうかもしんねぇけど」

じゃり、と足音を立てながら目の前を歩いていた飛雄がぐるりとボールを持った体勢のまま振り返る。
少しだけ眉間に皺を寄せて唇を尖らせたその様子は不機嫌とも取れるものだったと思ったら、よく見れば頬や耳が赤く染まっていた。決して夕日のせいとかじゃなく、飛雄の、体温で。
そんな何か言いたげにじろりと睨みつけてくるような形相の飛雄はボールをぎゅーっと腕全体で抱き締めながら名前と視線も合わせず俯きがちにこう呟いた。

「そんなの、おれがお前としたいからやってるだけだ」

バレーに関しては遊び相手や練習相手には困らないはずなのに何で?と小さな脳味噌で思考を巡らせ悶々と考えていると早足に駆け去る飛雄の姿があった。ちょっと、はぐれたらどうするの!と悪態を吐きながらせっせと飛雄の後ろに追いつく。
そうしているうちに住宅街に入り込んだようで家の近くまで来てしまった。この十字路を進んだ先が飛雄の家で、名前の家はまだもう少し先だ。
ここまでだ。じゃあまたね、と手を振って去ろうとするとパシッと腕が掴まれた。犯人は言わずもがな。レシーブ受けた箇所が痛いから早く離してくれないかな〜と思ったけどそんなものお構い無しとでも言うように力は込められ飛雄との距離がずいっと近づいて来る。
あ、これはもしや。と思う頃には名前の顔に影がかかった。飛雄の大きな瞳が至近距離にある。

「……今日は……いや今日も、あんがとな。またトス上げてくれ」

ちゅ、と可愛らしい音を立てて頬に柔らかいものがあたると飛雄は満足げな表情をしてボールを抱えて家に帰ってしまった。
今のは……俗に言う、ほっぺにちゅー。しかもこれは珍しい事ではなく日常茶飯事だった。しかし名前にとって飛雄からされるこの行為は特別心を揺さぶるものでも何か理由な特別があるものとは微塵も思っていなかった。何故ならきっとあれは飛雄にとっての「挨拶」だから。
いつもこうして練習が終わるとああやってちゅーされるから感覚が麻痺しかけていたが、誤解を招きかねないし意味も無いのに男の子が女の子にそういう事をするのはちょっといかがなものだろうか。でもああやってちゅーする時の飛雄くん、優しい顔をするんだよなぁ。
飛雄はバレーが大好きだ。もしかしたらいつか本当にバレー選手になって、日本代表にもなって、そしていつかは世界に羽ばたいていくかもしれない。もしかしたらその時の予行練習なのかも、と名前は考えていた。外国人がよく挨拶でこういう事をするってテレビでもよくやってるし。とりあえず彼からの頬のキスに特別な意味は無いはずだ。
だからこそ「そういう事は好きな人とするものだよ」と教えてあげなければ。
自宅の扉の向こうに消え去った幼馴染の姿から視線を彼の自宅に移す。彼の今後の為にもこの考えはきちんと伝えようと決めた。