追いかけて追いかけて世界の果てまで

幼少期設定
小学生になった幼馴染となれてない影山



「なぁ、何やってんの」

ノックも無しにバァンと扉を開けて自室にずけずけと入ってきたこの男の子は影山飛雄。名前の2つ下の幼馴染で、真っ黒の髪と丸い頭、大きなつり目が特徴である。相変わらず両手には彼の大好きなバレーボールが抱えられていた。
対する名前は小学校から出されたプリントの問題を解いている最中だった。小学生レベルのものだから傍から見ればそこまで難しくはないが、以前まで通っていた幼稚園とは違って解いている本人からすれば難しい範疇に入る。量は少ないけどプリントが出るしテストだってあるし、成績上げないと怒られちゃうし…と慣れない事ばかりで不安な所もあるが、それ以上にクラスメイトと一緒に勉強したりお喋りする時間はとても楽しいもので小学生生活はそれなりに充実していた。
明日提出だし早く終わらせたい。とプリントと睨めっこしてるとひょいっと上からまだ丸みのある可愛らしい手が伸びてきてしゅっと抜き取られた。こんな事するの、奴しかいない。

「ちょっと!飛雄くん何するの!」
「何だこれ?」
「学校の宿題!明日出さなきゃいけないから返してくれないかな。まだ解いてる途中なんだけど」
「よくわかんねぇけど、適当で良いんじゃねぇの?こんなん」
「適当で当たった試しが無いから勉強するの!……って、飛雄くん、そのボール」
「ああ。バレーしたいから来た」

やっぱりかーーー!!と叫び出したい気持ちになる。時刻はもう日が傾きかけている夕方。これから晩ご飯とかお風呂とか色々あるだろうし、ご家族は心配しているんじゃないだろうか。そう問えば「一与さんには言ってきた」との返事。

「……でも勉強忙しそうなら。今日はいい」

そうは言いつつしょんぼりと目に見えて肩を落とす飛雄に罪悪感が湧き、思わず「ごめんね。もうすぐ終わるから」と返す。飛雄はボールをその辺に転がすと名前の机を覗き込んで机上に並べられているテスト用紙やら練習ドリルを見つけてむっと難しそうな顔をした。まだ幼稚園生の飛雄には難しい内容かもしれない。

「これいつまでやるんだ?」
「んー……あともうちょっと……」
「もうちょっとってどのくらい」
「もうちょっとはもうちょっとなの。終わったら少しだけバレー付き合ってあげるから。ね、待ってて」
「おう」

と言うが飛雄は名前の傍からは離れようとせずじぃっと名前の手元を睨みつけている。非常にやりづらい。部屋の中でボールを使って遊ばれるよりかはマシだが、飛雄が見ていても楽しいものではないはずだ。

「飛雄くん、座っててもいいよ」
「ん。いやいい。このままでいる」
「見てて楽しい?」
「楽しくはねーけど」
「だよねぇ。でも小学校に上がったら飛雄くんも同じ事をするんだよ」
「……わかんねぇ」
「そのうちわかるようになるって」
「これが出来んならおれよりは多分いい」
「まぁ、飛雄くんよりはお姉さんですから」

そういえば何故か飛雄は更にむっとした顔になって口をつぐませた。唇を尖らせて何やら不服そうな表情を露わにする飛雄に名前は小首を傾げる。
すると飛雄はついっと名前から視線を逸らして不満な様子をありありと見せて何かをぼそぼそ呟いた。

「?何か言った?」
「…………………だよ」
「?」
「……何でおれと同じ歳じゃないんだよ」
「え?」
「同じだったら、勉強もバレーも一緒に出来るのに」

小さな声で紡がれたその言葉に名前は隣に立つ飛雄を見上げてきょとんと目を丸くした。
こちらを見下ろすように伏せられた大きな瞳に睫毛の影が差して、ここからはうまく感情を読み取れない。だが眉が少しだけ下げられていてどこか悲しそうな、寂しそうなそんな印象を受けた。
たった2年、こちらの方が先に卒園して小学校に入っただけだ。それだけの違いだというのに、この子は何を言い出すのか。そんな様子の飛雄が何だかおかしくて名前は思わず吹き出した。

「なっ……何で笑うんだよ!」
「ごめん、なんか面白くって……たった2個歳が違うだけじゃん。すぐに飛雄くんも小学生になるんだから何も心配する事ないでしょ」
「そうだけど!そ、その、勉強も早く追いつきてぇし……一緒に、帰ったりとか、してぇ」

飛雄のその言葉に「え」と名前は固まった。まだまだ人生経験の浅いひよっこの名前でも飛雄のその言葉にドキッと思わず胸が弾んだ。

「そうすれば一緒に帰って、その帰り道でバレーできんだろ」

ああそうだよなそうだ。この子はそういう子だった。飛雄にとってバレーが第一で、世界の中心だった。思わずドキッとしたのが何だか恥ずかしい。何を勘違いしようとしていたのか。
飛雄のその一言に何だか少しガッカリしたような何とも言えない気持ちになりながら名前は苦笑いを浮かべた。

「飛雄くんが小学校に上がったら放課後一緒に帰る事もできるしバレーもきっとできるよ。あともうちょっとで飛雄くんも小学生になれるんだから、心配しないで」
「……ん」

名前のその言葉に飛雄は短い返事と共にコクリと頷いた。その表情はどこか満足気だ


「おれがしょーがっこーに上がったら名前とバレーする時間増えるんだな!」
「うーん……でも飛雄くんは飛雄くんで忙しくなると思うから難しくなるんじゃないかな……」
「おれがお前としたいんだから時間なんて無くたって作る。だから名前も時間合わせて来いよな!」
「えぇーっ、なんて無茶な……」

その後も嬉々として小学生になったらああするこうすると雄弁に語り始める飛雄に乾いた笑いを溢す。でもまた今後も私が先に卒業して飛雄がそれを追いかける構図が暫く続く事は変わらないのだが、今は言わないでおこう。