私たちは恋には程遠い
最近、俺の周りをうろちょろとする人間界からの留学生、トオルはどこか異質だ。憤怒の悪魔である俺を見ても泣き喚きもせずに「演技が薄っぺらい」とただ"笑っていた"。
それに、トオルは毎朝の様にマモンと一緒に家を出たのかと思えば俺の登校中にひょっこりと現れる。なぜここまで彼女に好かれるのかは意味が分からないが、何だか悪い気はしない。何なら彼女のことを知りたいと思った。彼女なら、この気持ちの答えを知るだろう。
◇
トオルを放課後、教室で見つけるのは容易い。人間しか纏わない香りと薄ピンク色の髪、ただいつもと違うのは俺といる時と違っていつもは無邪気な子供のようなのに、なんだか大人っぽく見える。
彼女の名前を呼んで声をかければ、すぐにいつもの無邪気な顔になってくしゃりと笑う。
「お疲れ、やっと放課後だね」
「なぁに、サタンくん、ここまで来て…あ、もしかしてデートのお誘い?」
彼女は、はっと息を呑んで口元に手をやる。その目は期待に満ち溢れていてまるで散歩に行くと言われた犬の様に見えなくもない。どこからか熱が飛んできてほおが熱くなる感覚がするが、俺は頭ごと振り払えば"笑って"みせる。
「いい機会だし、今日は俺に付き合わない?」
その言葉に彼女は目を丸くして息を呑んだ。どこか早い心音が聞こえてきた気がするが、聞かなかったことにして言葉を続ける。
「まだ魔界に不慣れな部分も多いだろうし、案内するよ」
「案内?サタンくんが?…それはもうデートじゃ「行くのか?行かないのか?」ヨロシクオネガイシマス」
そっと彼女の手を取って教室を後にした。先ほど聞こえた心音は先ほどより早くなって、耳障りだ。だが、それと同時に彼女の手は暖かくて、自然と落ち着いた。
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悪魔たちの通っている学校、RADになれた頃。私の気になる彼が、私を教室の前に顔を出し、呼んできて驚いた。まさかサタンくんがデート…じゃなくて魔界を案内するとわざわざ迎えに来てくれるだなんて、一体どんな風の吹き回しだろう? でも今日の彼は、私が彼の素顔を暴いた時以上に穏やか…そんな気がする。
あぁ、でも、何故か心臓の鼓動が気がする。きっとサタンくんのものだろう。てそう思いたい。
◇
サタンくんに手を引かれてまず連れて行かれたのはアートギャラリー。さまざまな絵が、展示が置かれていて魔界の芸術ということもあり、どれも興味深い。何故ここに?と首を傾げる私に彼は笑った。
「気分展開によく来る場所なんだ」
へぇ、と息を吐くと、「トオルもアートに興味ある?」だなんて聞かれる。なんだか下に見られている気がして、ふんと鼻を鳴らして胸を張る。
「そりゃあ、あるさ。ないと思ったのかい、サタンくん?」
「そうなんだ。気が合うかもね」
やっぱり、今日のサタンくんはどこか変だ。演技…いや、作り笑顔とはいえとても上機嫌に見える。逆に寒気がして鳥肌が立ちそうだ。そんな顔をしないでほしい。無理に笑わないでほしいそれが私の目の前だとしても。素の彼が、彼なのだから。
私はそんな感じでそれからの話にまったくついて行けず、サタンくんの話を右から左に流せば「そうなんだ」と笑ってみせた。これには彼も気づいて、また違う処へと私の手を引いた。
手を引かれた道中、小さな猫が私たちを通せんぼをして、小さくにゃーっと鳴く。そもそも、魔界にも猫なんていたんだ。と思うと同時にじっとサタンくんを見つめる。流石に、この可愛らしい子猫をでい、いじめるだなんてしないよね、と想いも込めて。じとーとしてると。サタンくんの綺麗な目が猫から私に向いて残念そうに眉が下がる。
「もしかしてその目は俺が猫をいじめると思ってる?」
はい、図星〜!ハッピーアイスクリーム!はぁい、私の勝ちー!…じゃなくて!ねこちゃん!早く逃げてっ!
「顔見知りの猫だから心配しなくていいよ」
なん、ダッテ…顔見知り…顔見知り?!つまりはこの猫を毎日虐めて…?!
「ほら、ゴロゴロ喉を鳴らしながら俺の足に擦り寄ってるだろう」
なん、ダッテ(本日二回目) 猫ちゃんが、懐いてる、ダト?つまり、つまりだ、サタンくんはこの猫をいじめているどころか、(多分)猫が好きで、可愛がってるということ…それってすっごく、すっごく───かわいい。もうなんか、サタンくんが猫におやつあげ始めちゃったよ。てかサタンくんめちゃさっきと違う笑顔だよ?! 可愛いね?! え、嘘、可愛い、ほんと可愛いなにこれ…ここが天国? 私の心拍数は先ほどより急上昇右肩上がり、にやけ顔を顔に出さずにいるのが精一杯。
話に聞くと、サタンくんは、どうやら顔を合わせるうちに猫用お菓子まで持ち歩き始めたらしい。いや、猫大好きかよ、可愛いかよ。
「猫にとっては天使だね」
「それ、褒めてるつもり?」
あれあれ? サタンくんもなにやら顔が赤いぞ?どうした〜? 思わず撫でたくなる衝動を抑え、「さぁ?」と平常繕った顔で答える。勿論、ギリギリ。
「それにこいつとジャレてると自分の中の空虚な部分が埋められる気がするんだ。」
急に真剣な顔で言われて息が詰まる。ここは何も言えないや、と思って、頑張って動かせた口で「猫の名前は?」と聞く。と、途端にサタンくんはもじもじ顔を赤くして、えーっと、としぶった後に小さく「一応、キャタン」と答えた。サタンくんには悪いけど、そのギャップが面白くて、私は思わず声を出してわらいそうになる。必死に耐える私を見た彼は、恥ずかしさが限界になったのか、「寄り道はもうこれぐらいにしよう」と"キャタン"に手を振ってその場を後にした。キャタンは寂しそうににゃーと鳴いて、尻尾をふって私たちの背を見ていた。
「サタンくん、キミ、可愛いところがあるじゃないか。まさかキミが猫が好きだなんて意外だな」
キャタンとは逆にサタンくんは何も答えずに私の手を引いた。ただ、彼の顔が耳まで赤かったのは、ここだけの話だ。
最後に来たのは、大きな図書館。目に写るのは本ばっかり。検索機に楽譜でもないかと探すが、案の定楽譜はなく、代わりにサタンくんに勧められた音楽史の本がある棚。…音楽史の本なんて読んで、私にどうしろというんだ。全く。
図書館をフラフラしながらサタンくんの後ろをついていくと、大きな肖像画が目に入る。その肖像画の人物は私たちが嫌でも毎日顔を合わせる、ルシファーくんのものだ。何故、こんなところにこんなものが飾られているんだろう。こういうのは自分の館とか、魔王城などにあるものではないのだろうか?
「まぁ、気づかずに通り過ぎる方が難しいよね。あんなに堂々と飾られてるんだから…」
それもそうだ。こんな長い廊下に、自分の背丈より大きいであろう肖像画なんて、目に入らない方が珍しい。肖像画を黙って見ていると、サタンくんは「はぁ」とため息をこぼした。彼とルシファーくん、二人の関係今現在見た感じ、円満、といった関係ではない。きっと何か、ルシファーくんに思うところがあるのだろう。私は何も言わず、サタンくんの様子を見る。
「実を言うと俺とルシファーはもともと一体だったんだ。…しかし、先の戦いに敗れ、ルシファーが羽根を切り落としたとき、ルシファーの中に留まりきれなくなった憤怒が吹き出した。そうして分裂したのが俺だ。」
あぁ、なるほど。彼はルシファーくんから生まれた存在、ルシファーくんの半身。だからこそ、彼に対して思うところがあるんだろう。だが、ルシファーくんとは違う自我を持っていたのならそれは…サタンくんだ。ルシファーくんの中にいた時から、別個体として存在していた。その人の想いは、その人だけのものなのだから。
「すまない。みっともないコンプレックスを晒してしまった。」
「いいや、いい。むしろサタンくんのことを知れた。あぁ、でも、一つだけ言わせてくれ、キミはキミだ。」
サタンくんの顔を除いて私は笑う。先程の心臓の音も、気づいたら消えた。いつも通りの"私"だ。サタンくんは私の言葉に目を丸くして聴き入る。でも、やっぱり真剣な顔というのは私の心の臓と目の奥に焼き付いて離れない。まったく困ったものだ。頭を振り払っては今一度言葉を紡ぐ。
「あのねぇ、キミに自我があったら、キミはキミ、ルシファーくんはルシファーくんだ。それを「ルシファーくんより小さな存在」? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。キミはキミなんだ。私はキミだから好きなんだよ。キミはそれすらも否定するというのかい? 自我も、私の思いも。」
「つまり、ルシファーの一部ではなく、オレ自身だと言ってくれるのか? ルシファーと俺を比べなくてもいい、と」
「あぁ、そういうことだ。なぁんだ。わかるじゃないか。」
私の告白が無視されたのは腑に落ちないが、とりあえず、サタンくんの髪をわしゃわしゃしてみた。割とサラサラでなんだか負けた気分だ…色々と。あーあ、サタンくんはいつになったら私に好きと、言ってくれるのだろうか。残念な反面、なんだか楽しみだ。何だかんだ、今日はサタンくんのいろんな顔が見れた。それだけでもお腹いっぱいだ。人間界に行ったときに猫カフェに誘ってみるのもいいかもしれない。そんなことを考えながら私は再びサタンくんの手を取って、館に帰った。
サタンくんの手は先ほどよりは暖かくて、私は思わず微笑んだ。
◇
「俺の方がトオルと親しくなっちゃって、なんか悪いなぁ」
(サ、サタンくんがルシファーくんにデートの自慢を?!)
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