月と乙女

存在しなかった世界の城のロビーには以前なら機関のメンバーがそこに集まり、任務を受けていた。しかし、機関メンバーの大幅の消失と任務に出ているのか今その場にメンバーはおらず、シグバールによって城に連れてこられた予知書の乙女──コールだけがロビーの大きな窓から外の景色を眺めている。
 円卓に行くため、ロビーを通ろうとしたサイクスは、外を眺めるコールを見つけると怪訝そうに彼女に声を掛ける。

「こんにちは、サイクス」

 振り返ったコールは、いつもの幼さが残る無邪気な笑顔とは変わって、憂いが残る聖女のように微笑む。サイクスはその様子を見て何かに気づいたように息を呑んで、改まったように軽く頭を下げる。

「予知書の、乙女でしたか……」
「"私"がお世話になってるわね。いいのよ、そんなに固くならないで」

 くすくす、と笑う姿はイタズラを企む子供のようだとサイクスは思ったが、顔色ひとつ変えずにじっとコールをみつめる

「そういう訳にはいかない…ゼムナスから乙女は丁重に扱うようにと言われています」
「あら、つまらないのね。貴方は言われた通り動くままで…ノーバディというより"人形"とそうかわらないじゃない。…そうは思わない?」
「……」

 相変わらず笑うコールに、サイクスは真逆に黙ったままだが、微かに奥歯を噛み締めているのか、顔がこわばり始める。その様子を見たコールは「面白い」というようにさらに笑い。呆れたように目を伏せたサイクスは「私はこれで」とその場を後にした。
 予知書の乙女が予知書から心や自我を宿したように。ノーバディにも心が宿る。それはもう分かり切ったことの筈なのに、心がないと言い張る13機関に乙女は滑稽だと言うように声を出して笑い始めた。
  



 暫くして笑いが収まると乙女はハートが集まり怪しく光り始めるキングダムハーツを眺める。

 彼らにはすでに心があるのだから、ハートなんか集めても、意味などないのに。戦って、争って、闇を纏って心のないふりなんかして馬鹿馬鹿しい。

「…今日は月がとても綺麗ね」

 皮肉を呟いた乙女は、玩具に興味をなくしたように、その場を去った。


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