乙女と射手



 コールが存在しなかった世界の機関の城に連れてこられてから数日後、コールに部屋という部屋が与えられた。それまでは無機質な鉄格子
に閉じ込められていたが、どうやらゼムナスからの許可が降りたのか、城内の自由行動の許可も降りたのだ。自由行動の許可が降りた日には、サイクス自ら牢の鍵を開け、コールに城内を案内し、そのまま自室に送り届けた。その時確かにサイクスに「自由行動はゼムナス様から許可された。だがあんまりウロチョロするな」と釘を刺されたのを、コールは覚えている…覚えているのだが…

「なんで城っていつもいつもこんなに複雑なの〜??!!」

 ほんの息抜きのつもりで城内を動き回った結果がこれだ、尚、忘却の城でも同じようなことが起きたことには視線を逸らしたくなるが、サイクスはコールのこの迷い癖を人間時代から知っていて釘を刺したことを、彼女は知る由もない。
 これでもサイクスとアクセルが人間だった頃はレイディアントガーデンで共に何度か遊んだこと(コールに振り回された)もあった。あれから二人は成長し、賢者アンセムの弟子となりノーバディとなってしまったが、予知書の乙女たるコールだけが取り残され、成長せず、いつもと同じ調子でいる。
 そんなコールに苛立ちを感じてるのか、サイクスは彼女を乙女として接している。そんな彼に助けを求めることは憚れ、コールは一人でぐるぐると城内を迷い進むしかなかった。


◾️


 コールは迷いながらも城内を進んでいくと、廊下を抜けた先に大きく広けたロビーが見える。機関の城は忘却の城とは違う無機質さでコールはやっとひらけた場所に辿り着いたことに安堵したが、それも束の間、彼女の方へ、伸びる影が一つ──

「おい」
「びゃっ…?!」

 突如、肩を叩かれてコールは猫が毛を逆立てるように肩を跳ねさせる。「だ、誰?!」と声を震わせながらも振り向くと、そこには眼帯の男、シグバールがそこにいた。コールはこの男が少しばかり苦手である。彼がコールを見る金目はいつだって怪しく光っていて、やけに彼女に絡み、そして機関の城へと連れ去ったのもこの男だ。

「そうビビるなよ、こっちが悲しくなる」
「あぅ…えぇ…っと、シグバールさんが私に何か用デスカネ」

 わかりやすくコールが目を背けカタコトになる姿に、シグバールは目を丸くする。
 身体を変え、名前を変え、遥昔から乙女と共に生きてきたがこんな彼女は“はじめて”である。その仕草はどこか昔、彼女に似た少女に似ている。コールの姿は、“乙女の祝福“によりシグバールの目にはその少女に見えている。そのため余計その少女に姿を重ねてしまう。頭では彼女ではないと理解していても、存在しないはずの心が警告を鳴らしてしまう。

「…」
「あぇ…?」

 目を背けたはずのコールが、今度は目を丸くし、二度、ゆっくりと瞬きをする。
 今の状況がうまく整理できないが、自身の頭に乗せられた温かい手は、見かけによらず優しい。そう思うと、どこかそっけなさの感じる手つきで頭を撫でられる。コールはシグバールにされるがままだが、混乱した「んぇ?あぇ??」という霰もない声が出る。

「手を出せ」

 撫でられていた手が止まり、シグバールのその言葉におずおずと両手を差し出す。
 そこにはどこかの世界ワールドで買ってきたのか、はたまた拾ってきたのか、香ばしい、甘い匂いのする紙袋が手に乗せられる。いったいこれは何だろう?

「開けてみろ」

 シグバールが顎で「お前のものだ」と言いたげにすると、コールはゆっくり不安げに紙袋を開いていく…するとその正体が見えてくる、カリカリサクサクふわふわ…甘い香り。これは──

「カヌレだぁーーー!!!」

 コールは紙袋の正体に目を輝かせ、不安げな表情が一気に明るくなる。
 本来、予知書の乙女は食事を必要としない。予知書、本なのだ、逆に本が食事をするとしたら、それはきっと⦅ワンダーランド⦆の世界だろう。それはさておき、コールは食事を必要としない。あればあるで娯楽として食べる頼の程度である。それでも何故か、コールは甘いものをよく好む。それこそカヌレは彼女の好物の一つだ。でもなぜ、シグバールはこのことを知っているのだろうか?

「わーー!えぇ〜ー!どうしたの、これ?!」
「なに、任務先で嬢ちゃんに土産でも…って思っただけのハナシだ」

 そう言って笑うシグバールは、どこか懐かしげにコールの姿を見下ろす。対するコールはカヌレの入った紙袋を両腕で大事そうに抱え「いつ食べよ〜」「まず保存魔法でもかけとかなきゃ!」とウキウキと独り言を呟いていたが、突如「あ、」と固まり、シグバールに向き合うとどこか恥ずかしそうにもじもじとし始める。

「あのね、えっと、ありがとう。“シグバール”」
『いつもありがとう、ブラギくん』

 ふわりと花のように微笑むコールの姿は、乙女の祝福なしでもどこからどう見ても昔の少女の笑みで思わずシグバールは耐えきれず背をむけ、奥歯を噛む。今シグバールの後ろにいるのがコールではなく、“乙女”そのものであったらきっと乙女は彼のことを指を刺して笑うだろう。そしてきっと『もう二度と会えないのにね、可哀想な“ルシュ”』と言うのだ

「…あ、えっとシグバール?私何かした?」
「いや…さっさと部屋に戻れ。サイクスに怒られるぞ」

 シグバールは顔だけ半分振り向き、コールの表情が不安げになってきているのを確認すると、彼女の自室に繋いだ闇の回廊を開いてやる。コールは不安げにシグバールの表情を伺いながら回廊に入ろうとした時にぴたりと足を止め、シグバールの方に向き直る。

「あの、よかったら今度お話しようねシグバール」

 シグバールがその言葉に応えることはなかったが、顔を逸らしたまま手を軽く振り上げると、コールはまた笑顔になり、安心すると回廊の中へ消えていった。



 闇の回廊が完全に消えるとシグバールは大きくため息を付き、壁に背をつける。

「全く、乙女様の祝福には困ったもんだな」

 
 しばらくして、クツクツと笑いながら、シグバールもまた闇の回廊へと消えた。


◾️


『中々に滑稽な顔をしてたわね、ルシュ。まぁいいわ、今回は“コレ”に免じて許してあげましょう』

 回廊を進み、自室へ戻る最中、コール…ではなく“予知書の乙女”はカヌレの入った紙袋を握りしめる…。余程の力が籠っているのか、紙袋には跡がついている。

『これからが楽しみね、ルシュ。だって“私達”最期まで一緒だものね』

 それに応えるものは今はいない。その代わり、乙女の笑い声だけが誰もいない回廊に響き、乙女は姿を消した。


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