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渋々学校に来るようになったヴァニタスとは逆に、学校に来なくなったのはコールだった。最初は少し休みがちな程度だったが、あれから三ヶ月は経った夏休み前、コールはめっきり来なくなった。
席替えをせず、未だにコールと隣の席であるヴェントゥスは、コールのいない教室はまるで何かが欠けたようなのに、クラスメイトたちが”何事も無かった様に過ごす様を見て”時が流れるのを感じていた。
「今日もあいつは居ないのか?」
気づいた外はもう夕暮れ時で、教室の前の扉からヴァニタスがいつものように顔を覗かせていた。ヴェントゥスはうたた寝していたため、まだ眠い目を擦って「コールなら今日も来てないよ」とあくびをする。ヴァニタスは小さく舌打ちをすれば、ヴェントゥスの隣の誰もいない席を見つめる。
あれほど自分に学校に来るように引っ張り出されたのに、今度はその引っ張り出した張本人であるコールが学校に来ないことに、ヴァニタスは苛立ちを感じる。勿論、いつも笑ってる彼女が学校来ないということに心配な気持ちはあるが、原因が自宅に連れ込んだ"帰りの事"が原因なら話が違う。
「ヴァニタスはコールから何か聞いてないの?」
「……」
「……ヴァニタス?」
あの時のことが原因で、もし彼女が自殺などしていたら?もう二度と会えないような儚い瞳を揺らした姿が目の裏に張り付いて離れたい。頭でそれは自分の妄想だと振り払っても、どんどんと血の気が引くだけで、ヴァニタスはふらり、とよろけそうになり咄嗟に教室の扉の淵に捕まる。
「だ、大丈夫?!顔色良くないよ!」
「あいつが…コールが居なくなったのは俺のせいかもしれない」
よろけそうになったヴァニタスを心配したヴェントゥスは駆け寄って顔を覗き込む。ヴァニタスの顔は思ったより顔色が悪く、冷や汗をかいていた。「とりあえず座りな」と近くの机と椅子に案内して座らせたが、ヴァニタスの冷や汗は止まることなく、心臓の音がヴェントゥスの方にまで聞こえてくる。
双子の弟を心配しつつ顔を上げて時計を確認すると、時刻は十七時を過ぎていた。食べ盛りの弟たちは、夕食の準備をしながらお腹を空かせて待っている時間帯だ。
「ヴァニタスとコールの間に何かあったのはわかった。今はまだ、話さなくてもいい。けど落ち着いたらちゃんと話してほしいな!」
こいつは本当に眩しいな。と言うように苦しそうだったヴァニタスは目を細める。どう足掻いても、この男は自身と双子であるが一応兄なのだと改めて自覚した。「それよりお腹すいちゃった!」…と子犬のような笑顔を向けるまでは。シリアスな空気をぶち壊した兄に、ヴァニタスは「っざけんな!」とヴェントゥスの頭に拳骨をくらわす。行動とは真逆にヴェントゥスのこういうところにヴァニタスは救われている。
「一応タクシー呼ぶからさ、はやく帰ろう!弟たちもお腹を空かせて待ってる!!」
おいまて、と言うまでもなく先程は心配して座らせたくせに、今度は手首を握って引っ張って立たせる。いくらなんでも横暴である。
でもその姿が、コールと重なってヴァニタスは息をしている感覚をなくした。正確には息はしていたかもしれないが、息が詰まるようで上手く息ができなくなった。目の前が眩んで、立ち上がったが、ヴェントゥスの胸目掛けて倒れ込み、意識が途切れた。
◆
真っ暗い部屋の中に、コールは体育座りである一点を見つめていた。よく見ると暗闇の中にスーツケースが一つあり、それは彼女の目線の先にある。不気味に月明かりを反射するプラスチック性のスーツケースは閉じられており、しっかりロックもかけてあるため、開くことはない。
「結局逃げて来ちゃった。ヴァニちゃんは私を見つけられるかな?」
誰もいないであろう部屋に、答えるモノは勿論いないが、どことなく、目線の先にあるスーツケースがガタガタと震えるような音を立てる。
コールはスーツケースの中身を知っているのか、驚くことも、怖がることもせず飽きもせずスーツケースだけを見つめている。
「貴方はどう思う?…この世界にヴァニちゃんを閉じ込めた
張本人さん」
今度はスーツケースから音がピタリと止んで、部屋のどこかにあるちっちっちと時計の秒針の音だけが聞こえる。
無言は、ヴァニタスをこの世界に閉じ込めたことを肯定するモノだろうと、コールの顔は珍しくもニコリとすることはなく、ただ虚無に浸っていた。
コールは、この世界の住人ではない。
ヴァニタスの痕跡を追って眠りの世界に降り立ったのだ、彼の心を繋ぎ止めるのは、コールしかいなかったし、そうするしかなかった。いつか復活することを願い、コールの心の中で眠らせるつもりだったが、ヴァニタスの心はそのまま眠りの世界に落ちてしまったらしく、今に至る。
"学生"という身分の違う自分と共に、"兄弟"と笑いあって暮らす幸せな世界。確かにこの世界は闇と光が共存し、争いもない理想の世界であるが、この世界は眠りの世界であり、本来コールとヴァニタスがいるべき世界ではないのだ。早く助けなければ、目覚められなくなる。それは分かっている。でも、ヴァニタスが自ら目覚めないと意味はないのだ。
「私を見つけて、ヴァニタス。私の元へ戻ってきて・・・はやく、はやく」
この世界のものではない少女の嗚咽だけを残して、どこかにある時計の針が静かに動いていった。
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