永遠の箱庭


1


 幾分か、見慣れた小道を歩いていた二人は、海辺から歩いて30分のところにあるファミリーレストランを目指していた。歩いてる間の二人に珍しく会話はなく、そんなコールにヴァニタスは違和感を感じていた。

 先ほどまでのコールの微笑みに対して、確かに懐かしさを感じた。しかし、あの海辺を出てから彼女の顔は貼り付けた能面のようにずっとその笑みのままだった。ヴァニタスの頭はぐるぐるとした頭の中、『コールはこんな顔だったか?』とか、コールの顔が暗闇になるあの悪夢を思い出して、落ち着くことはなかった。
 それは、ファミリーレストランについてから一層強く感じた。ヴァニタスの真正面に座るコールはどこか不気味で、先ほどとは真逆の雰囲気だった。能面のような笑みで店員に注文をする時こそ、恐怖だった。店員には彼女の表情が見えてないのか、和やかに「ご注文は以上ですね」と去っていった。それに加えて、コールは店員の差し出したお冷に口をつけることはなく、ニコニコとヴァニタスのことをじっと見つめていた。

「お前、本当にコールか……?」

 言うつもりのなかった言葉が口から自然と漏れたが、ヴァニタスはもう我慢の限界だった。当の本人は笑顔のままぴたりと、動きを止めた。一度、二度、とゆっくり瞬きをすれば、ギチギチと音を立てそうなぐらいゆっくりとコール(の様な誰か)は壊れたブリキの人形のように首を傾げた。

「なんで、そんなこと、言うの?」

 その言葉がトリガーのように、高いモスキートーンがヴァニタスの耳をつんざく。視界もぐにゃりと歪んできて、まるで嘔吐する直前のような気分に陥る。思わず、頭を抱え、体全体を丸めるようにするが、音と視界が戻ることはない。

「っざ、けんなよ」
「なんで、そんな酷いこと、言うのかなぁ……私、ちゃんとうまくやれてたでしょう? なのに、なんで? わたしは"コール"なんだよ?ヴァニタスの幼馴染で、大事な人、大好きな人。忘れられない人。それは、わたしでしょう?」

 ふわふわと聞こえる少女の声が、麻薬のように頭に響いて気持ち悪い。もはや、少女の声でもないのかもしれないし、今だに歪む視界に映る者は、もはや人と呼んでいいのかさえすらもわからない。それに加え、者に対してバグのように走るノイズは、その者の姿をヴァ二タスの知る"コール"ではない、似た何者かに姿を変えていく。その姿は、コールによく似た少女で、ヒラみのあるケープを揺らして、聖女のように微笑んでいる。



 ───ノイズが走る。その瞳には光を宿すことなく、クビに繋がれたチョーカーからはどこに繋がれてるわけでもない鉄製の鎖が揺れている。
 
 ───ノイズが走る。コールと少し髪型の違う少女が、見覚えのあるピアスを揺らして、優しげに笑う。

 ───ノイズが走る。髪色と片方の瞳の色こそコールであるがコールとは真逆のショートヘアーで、もう片方の瞳の色がヴァニタスと同じ金色で、長い前髪で隠れて不機嫌そうに顔を歪めている。

 ───ノイズが走る。"それ"は一冊の分厚い本で、真ん中には見覚えがある様なマークが浮かんでいる。



 そして、ノイズが走りビデオテープが一時停止する様に、ノイズが上下に走るとどこがと 歪みながら世界の時間は止まった。
 ヴァニタスは一体なんだと目の前に居るものに問いたくてそれを見ようたした。が、目の前の光景は先ほどまでのファミリーレストランではなく、今にも波の音が聞こえそうな浜辺だった。


 ◆

 ヴァニタスを幸せにしてあげたいだけなのに私達はすれ違ってばかりだと、味気のない食事を目の前に、コールは目を伏せる。

 古の時代、私達には身体は無かった。未来を知る予知書の乙女たる私は彼と生きたくて身体を得た。でも記憶の混濁と自我の確立は、難しく私の記憶は変わる変わるリセットされ、"コール"を名乗る、孤独な魔法使いとなる。
 再会するまで、コールは長い時を彼以外の闇と生きた。闇も光も嫌いではないけれど、やはり彼女が美しく綺麗だと思うのは、ヴァニタスだけであった。コールにとって、彼は特別な存在なのだ。
 ヴァニタスと再開してから、予知書としての自我はたまに出てきていた。彼は個となってから私のことを最初は忘れていた。それもそうだ、だって予知書の乙女としての私と"私"は顔と身体こそ同じだが、性格、と呼ばれるものは似ている様で逆に等しい。
 彼が私のことを思い出し、意識したのは再会して何日か経った時だ。あれ程幸せな日々は、無かったと思う。…それなのに、ヴァニタスは私を置いてXブレードになってしまった。これが彼の選んだ道だからと言い聞かせても、納得できなくて光の守護者に無理をして鍵を向けた。
 結果、ヴァニタスは消えた。私を一人置いて、消えた。彼にとっては、これが幸せなのだったのかもしれない。でもちがう。
 ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!!!こんなものが、彼の幸せなはずはない。


 ─────私から生まれた歪んだ感情は、形となって消えたはずのヴァニタスの心を眠りの世界に閉じ込めた。

 私が余計なことを思いつかなければ、考えなければ、きっとこんなことにはならなかった。でも、一時の夢であっても彼が幸せであるならそれでもいいが、だからといって、ヴァニタスを閉じ込めるのはちがう。彼の心は、彼のものだから。眠りから醒めないのならば、私がなんとかしなければいけない。

 目の前にある上等なステーキを節目がちに睨むと、テーブルマナーも気にせずナイフを右手で勢いよく取れば、上からステーキに突き刺す。それは側から見れば、人を殺す光景に見えるかもしれない。肉を突き刺す感触を確かめて、私は席を無言で立ちあがる。

 行かなくては、彼の元に、きっと今からなら間に合うから。


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