硬い床に転がされていたコールは重たい体を起こし眠たげに目を擦り、視点を合わせるためにゆっくり瞬きをすれば、この場所が居候先の不思議な塔の地下ではないことは理解できる。
「ここは……?」
周りを見渡せば、小綺麗に整った家具が目に映るだけでコールの声に反応する人はいない
ここはリビングのような
小屋の外を眺めるために試しに窓の外を見ようと、窓を覗くが、強い魔法で保護されており、曇ったように見えてしまい、今ここがどこの
この時初めてコールは今自分が監禁されているということを理解したが、無理にこの小屋にかけられた魔法を解いて外に出ようとは思わなかった。どうせ隠居しようとしていた身、逆に見れば住居まで提供して貰えて幸運では?と思ってしまう。問題は食糧だが、その心配はすぐ消えた。
「やっと乙女サマのお目覚めか」
目の前に突然現れた闇の回廊と、旅立ちの地で最期に目にした仮面の少年に、コールはまた「びゃっ」と驚きそのまま尻餅をつく。そんなコールを見下ろせば少年は彼女に「こんなものか」と言いたげに鼻を鳴らす。その姿にまた一喜一憂と表情を変え、ガーンと効果音がつきそうな表情でショックを受ける。
「うっっうっ…ひどい!何もできない女の子に!!」
「そうだな。お前は今キーブレードを持てない。だがお前は脅威だ」
涙目になってきた目を擦っていたコールの動きがぴたりと止まる。
「なんで…何でそんなこと言うの?」
「本当になにも覚えていないんだな、“予知書の乙女”サマは。…呑気なものだ」
コールにはなにもわからずその場で固まったまま困惑するだけだった。目の前にいる仮面の少年は、今どんな気持ちで自身を見てるのだろうか?どこか突き放す……嫌悪するような……。
その姿を見てケラケラと仮面の少年は頭を抱えて笑い出す、その姿はまるで馬鹿馬鹿しい、滑稽だと言いたげだ。コールはなぜ彼が自分の知らない“自分”を知っているのかは知り得ないが、たった一つ、理解したことがある。
「……貴方、私のことは傷つけないんだ?」
「は?」
先ほどまで小動物のように困惑して固まっていた筈なのに、急にコールは音もなく立ち上がり、少年が気づいた頃には仮面の外側を至近距離で覗き込まれており、殺気が明らかにないそのエメラルドの瞳の異様さに飲み込まれそうになり、思わず後ろに飛び退く。
「あぁもう!逃げないでよ!!」
「くそっ…!」
仮面の少年はコールのことをはっきり言うと舐めていた。マスターからは「予知書の乙女を侮るな」と言われていたが、もはや闇との戦いに耐えきれずキーブレードも握れない乙女など、それはただの“人”である。だがキーブレードが握れないからなんだと言うのだこの女は!今まで隠していたのか異常な魔力を持って今も無言詠唱でファイアを連発で打ち込んできている。そのせいで家具の所々に焦げ跡が残るが、そんなことは彼女にはどうでもいいらしい。
「そんなに動けるんだったらあの時も避けられたんじゃないか?」
「うるさい!うるさーーい!あの時はもう浮かれてたの!!」
一向にコールの攻撃に当たらない仮面の少年の姿にもう!と頬を膨らましたが、ほんの数秒わざと見せつけるようにキーブレードを出現させ、驚いたその瞬きの間一瞬をついて両手を彼の頭の後ろに回してはそのままキーブレードの先を頭の後ろに突きつける。…つまり身体は実質抱きつくのに近い形であり、かなり密着している。その体制におい。と声をあげ、身体を捩るが対するコールは何も思ってないのかただ勝ち誇った顔をしてわざとらしく、いや、無自覚に身体をわざと密着させる。
「ふふん、どう?私って強いんだよ?」
「……今すぐその手を退けろ」
「うーん、どうしよう……。キミが仮面を取って名乗ってくれたら考えようかな」
わざとらしくにっこりと笑うコールに、はぁ。という大きなため息の後、わかったと言う低く唸った声の後、仮面の少年は被っていた仮面を脱ぎ捨てる。
「…ヴァニタスだ」
嫌々と名乗られた感が否めないが、それよりもコールは仮面の少年、基、ヴァニタスの素顔を見て目を輝かせた。
藍色の髪はツンツンと跳ねており、マスター・ゼアノートと同じ金の瞳が怪しく輝いている。今まで顔が見えなかった相手の表情が見えることを、コールは何より嬉しく思った。
「…わかったらとっととその手を下ろせ。そして離れろ。……どうせ長くは持たないんだろ」
「あー…バレちゃったか」
コールはヴァニタスが約束を守ってくれたことで、キーブレードの持つ手を下ろしはしたが、身体が思ったよりぐったりとしてしまい、力が入らない。彼から身体を離すことが難しいことに気づき、困ったようにへへ、と笑う。
「ちょっと遅かったみたい……」
「はぁ?!」
「お願い。もう少しだけこのままでいさせて」
あーーくそっ、っと舌打ちをするヴァニタスを他所に、コールはできる限りキツく彼を抱きしめる。
それは今二人一緒に倒れない為なのか何か自身に特別な情でも湧いたのか、ヴァニタスは知る由もないが、彼女の身体は華奢で、自分が強く抱きしめたら壊してしまいそうだ。
「私、自分が予知書の乙女だとか…あんまり自覚ないけどね、貴方のことは少しわかった気がする」
こんな身体で、こんな短時間で、この女は何を言っているのだろうか?
先ほどからこの女はどこか“おかしい“とヴァニタスは感じる。
「…キミ、“純粋な闇”でしょう」
それが答えだと言いたげにその言葉にヴァニタスが応えることはなく、ただコールの苦しそうな息遣いと、彼女の耳につけられた黒い王冠のピアスの揺れる音だけがヴァニタスの耳に聞こえる。
「ふふ、私、別に貴方を恐れてないし怖くもないよ。だって貴方はここに連れてくる前に私を気絶させる時以外は手を出してない…」
──貴方は誰よりも
そう、聞き覚えのある落ち着いた凛とした声にヴァニタスはハッとしたがそれも束の間、コールの意識が“彼女”に代わっていると気づいたその時、彼女がすでに寝息を立てて意識を手放していることに気づき、暫く一人で頭を抱えた。“彼女“の温もりだけが、ヴァニタスの身体に残り、暫く離れる事はない。
◾️
「まぁいい。また“乙女”が出てきた時にでも問いただせばいい」
ヴァニタスはコールの身体をベッドルームまで抱え、ベッドへと運び、その辺にあったタオルケットを軽くかけてやる。
暫くコールは寝たきりになるだろうが、その間大人しくしていれば外に出てもいいとマスターからの許可共にとこの小屋の玄関ドアの扉が開かれるだろう。そうすればきっと“乙女”が出てくるだろうとヴァニタスは考える。
彼女には聞かねばならないことがたくさんあるのだから。